桜散る
一章二



風に吹かれてゆらゆらゆらり。龍の背に乗って空を渡るのは二回目だけど、前は星月夜だったから景色を楽しむのはこれが初めて。高所恐怖症の人には拷問でしかないだろうけど、久し振りに高い所からの景色を楽しんでいた私は、かなり御機嫌だった。こんな風に遊覧飛行でもしてるような気分でいられるのは、みんな穏形術を使ってるからだ。勿論、私もちゃんと隠形を使ってる。そうでなきゃ、明るい空を飛ぶなんて出来っこない。

「ん〜、晴れた空から見渡す景色って贅沢だよね〜」

鞍馬でリズヴァーンと別れてから直ぐに北へ向かっているけど、どこに辿り着けば良いのかは不明。炎尾は紋様の変化で判るんじゃねえ?なーんて気楽な事言ってたけど、全然変化無しってのは――。もしかして、疾っく通り過ぎてたりとか……しないよね?

「微弱だが…結界が張られているな。姫、紋様に変化はあったか?」

袖を捲り上げて両腕を見ても、朝から光の増減すら無いまま。痛くも痒くも無ければ色の変化も無い。そもそも、そんな変化が起こるのかすら判らないんだから。

「何も変化無し」

「このままじゃ海に出ちまう。どうすんだ?」

確かに。この時代に本州から出るのは、かなり拙いだろうな〜。紋様が変化しないんじゃ、どこに行って良いのやら……的確なナビが欲しい。

「もう少し下を翔けてみよう。何か変化があったら、直ぐに言うんだよ」

「解った。そうしよう」

大体、急に腕が熱くなって光り出したと思ったら”北へ”って感じただけで、その後なーんにも変化無し。手掛かりの無い捜索なんて勘弁して欲しい。

「うわ〜ジオラマみたいだ」

「じおらま??……っ?!飛べ、天姫!落ちる……っ」

長年の癖は抜けないな〜なんて思った時。放り出される感覚と、飛べだの落ちるだの――――もしかしなくてもまたですかっ?!

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大きな邸の広い庭、鯉の放された池の上。……に浮かんでいるんだけど、やっぱり違和感のある既視感。でもまあ一応、今回は浮遊術で落ちずに済んだ。けど、前回も今回も、私の見たものとは全然違うのはどうしてだろう?あの時、私は実在していなかったからかな?場所は間違い無い。なら、あの子を探さなきゃ話にならない。池の上で塀と睨めっこしてても見付からないだろうと思って隠形を執って振り返ったら……。

『ぅあ―――っ?!』

今更ながらに驚いた。隠形を執った時には遅かったんだろうし、声を殺した事だって無駄でしかない。何せ、赤茶の犬と一緒に黒髪のあの子が此方を凝視してるんだから。

「……」

でも、その子は何も言わない。……気付いていなかった?なんて――流石に有り得ないよね。低く呻り声を上げながら今にも飛び掛かって来そうな犬、瞬きすら忘れたみたいに目を剥いている男の子。驚き過ぎて声も出せないんだろうなぁ、なんて思ったのは間違いだった。

「銅……行け」

「ぅをんっ!!」

え?――って、いきなり大型の成犬を嗾けるなーっ!!いくら寒い季節じゃないからって、これはあんまりでしょうよ。派手に水飛沫を上げて尻餅をついた私の上で、嬉しそうにじゃれ付く犬。攻撃するつもりは無いみたいだけど……重いってば!40kgはあるでしょ君?!押すな!舐めるな!落ち着きなさいって!!あ〜もう!……四方陣――っ。

「お前は……陰陽師か?」

池の淵に大人しく座り込んだ犬を見て、ついさっきまで私の居た方向に声が掛けられる。その男の子は――ずぶ濡れの身体で真横に居る私に気付いていない。四方陣は簡単な結界だと言っても、姿を隠せるだけじゃなく物質の出入りを禁じる特性を持たせることが出来るから。髪や服からぼたぼたと落ちる水は、外からは見えずに私の足元へと落ちて行くだけ。

「姿を見せろ!」

邸の周りに張られていた結界の術者は、多分この子だろうな。習いたてのような弱い結界を通り抜けるのは容易かった。でも、その結果は……。この子にしてみれば、私は結界を越えて侵入した挙句いきなり姿を消した不審人物だ。陰陽師という結論を出すのも当然の事だろうけど、どう答えれば良いのやら。……陰陽師じゃないって事は確かなんだけど。

「何者だ答えろ……名は?!」

このままじゃ埒が明かない。真後ろに回って結界を解き、両肩を押さえた。そのまま動くな――と念を込めて。流石にこの格好じゃ情けないし、このまま話をするのは無理そうだから今日はさっさと帰ろう。そう決めて、邸の上から今にも突っ込んで来そうになっている守人達に目を遣りながら声を出す。

「陰陽師ではないよ。私の名は。……またいずれ、お会いしましょう」

そうして男の子への術を解いた瞬間には、空へ浮いていた。

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怪しい者が居た。いや……居たと言うよりは、空から降ってきたと言うのが妥当だろう。結界に弾かれず、地に叩き付けられる事も無く、水面に浮かんだ姿は数瞬後に消えた。幻かと目を疑ったが、警戒を解かず呻り続ける銅を試しに嗾けてみれば、派手な水飛沫が上がった。暫くして水音がやむと銅は大人しく足元に座り、先ほどの場所に向かって何度か声を掛けてみても返事は返らず、姿も見えぬまま――。恐らく逃げられたのだろうと思った時、身体が硬直して後ろから声が響いた。それから身体が自由になるまでは、正に瞬きの間。振り向けば人の影と、その足元に水の跡。やはり、あれは幻ではなかったのだと知る。僅かに眼にした後姿と、極楽浄土にいるという迦陵頻伽を思い起こす声。そして……恐ろしく強い術者としか思えない、数々の出来事。四半刻にも満たない出会いは、俺にとって忘れ得ぬものとなった。

、と言ったな。――では、あれは……女だったというのか」

その翌日。俺は郎党に命じ、を探し始めた。性別すら不確かとはいえ、大陸の衣を纏ったあの身なりは平民のものではない。探し出すのは容易だろうと思っていた。事実、夜には幾つもの噂が耳に入り、どうやらこの数日で平泉を訪れたのだと知る。だが――その正体を知る者は誰一人おらず、どこに居を構えているのかも知れなかった。そして、それから数日。市で見掛けたと言う者、猟の最中に見掛けたと言う者は何人も居た。その情報の殆どは、を若い男だと断じるものばかり。あの声を覚えていても女だと言える確証は未だ無かったが……力を得る為なら、それはどうでも良い事だった。

「その者を見付けたら、池で会った者が会いたがっていると伝えろ」

郎党の中でも手垂れの者を使い、を探させるようになって更に数日。届けられた報告は、耳を疑うようなものばかりだった。突然視界から消えたというなら、この目で見た事だ。だが、一撃で気を失う程の拳を受けたとは……。かなりの手垂れを使った筈だ。ならばやはり男なのかと思い、更に優秀な郎党を送ったのだが――結果は同じ。最後には、数人で編成された部隊を送る事態にまでなった。しかし戻った者達は散々たる有様で、辛うじて口の利ける者が一人。俺は、その郎党から告げられた言葉に驚愕した。

「……彼の者は、『会いたいのなら己が動け。次からは容赦しない』と……」

これが容赦した結果だという、信じられない事実を突き付けられたのだ。この者達を相手に、身体に触れさせる事すら無く――唯一人戦ったと?あれだけの術を使い、これだけの武を見せ付けるなど……一体何者なのか。それに加え、俺に会うつもりが無い訳ではなく、望むのなら自ら来いとは。

「ご苦労だった。もう探さずとも良い」

諦めようとは思えず俺自身が探しに出れば、は直ぐに姿を現した。逃げも隠れもせず、攻撃するでもなく、ただ俺の前に立っているだけ。口を開く事も無く、俺を見る。――先にその沈黙に耐えられなくなったのは、俺だった。

「お前は何者だ。何の為に平泉へ来た?!」

「言ったでしょう?私は。君に会いに来た」

初めて見たその顔は、無表情なまま淡々と語る。声と後姿から容易に想像出来る美しさだったが、その表情だけは似つかわしくない。俺はその時、どうでも良い筈の事を考えていた。

「俺に……?それこそ何の為だ」

「……敢えて言うのなら、終焉を覆す為」

そう言って初めて表情と言えるものを見せたが俺の師とも言うべき存在になったのは、翌日の事だ。俺以外の人間と顔を合わせない事、自分への詮索をしない事。それが条件だった。

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「……判った。一度だけなら会うよ」

「そうか、すまない。では、近い内に連れて来る」

との条件を曲げる事になったのは、それから二年程過ぎた頃だった。陰陽道に詳しい訳ではなく、人に物事を教えるのは苦手だと言いながらも俺に術を使わせ、それを破る事で成長を促す。師と呼ぶ事は禁じられていた。

「戻ったか小次郎。して、答えは如何に」

「はい。一度きりならばとの諾を頂きました」

その原因は些細な事だった。指南役が俺の成長に疑問を持ち、時折姿を晦ませる事を父上に進言したのだ。人嫌いな人物に指南を受けていると話せば一度話をさせるようにと言われ、は先ほど、それをあっさりと承諾した。

「そうか!そなたの師と会う日を楽しみにしておるぞ」

「はい。そのように伝えます。では、私はこれで」

思ったより早く、その時は訪れた。あまり人の入り込む事のない一角へ向かい、いつものように結界の前に立ち、声を掛ける。

、小次郎だ。父上をお連れした」

「そなた、師を呼び捨てておるのか?!」

父上にとっては当然の叱責だろうが、それは自身の言葉に従っての事。俺がそう言うより早く、結界の中から声が届いた。

「私がそう呼べと言ったんですから構いませんよ。どうぞお入り下さい」

「ううむ……そうであったか。では、失礼するぞ」

何も言わずに部屋へ入ると、常日頃とは違う趣の衣を纏ったが立っていた。初めて会った時に着ていた大陸風のそれは、狩衣姿よりも威圧感を感じるが……。恐らく、その所為ばかりではないのだろうな。

「小次郎は出ていなさい。必要なら式神を送る」

「しかし、それでは……解った。では、失礼する」

の言葉は拒否を許さなかった。修行中の気迫に勝るとも劣らぬもの。日常でこの気迫なら、修行中の気迫は――俺に対する手加減というわけか。

「あの者は、正しく師と仰ぐに相応しい。良き師を得たな、小次郎」

「はい。有難う御座います」

一刻半程の後、そう言った父上は満足気に笑っていた。だが、父上との間でどのような会話が交わされたのか――両者とも口にする事は無かった。

++++++++++++++++++++

月日が流れ、元服を終えた後。名を呼び違える事の多かったに気付き、その出自が貴族や武士ではないのだと知った。の使う術は陰陽術ではないと教えられたのは、昨年の事だった。

「私は――神術だって教えられた」

そう言って、穏やかに微笑んだ。人に教える事は出来ないと加えて。この数年でについて知り得たのは、その程度でしかない。どこから来て、どこへ行くのか。それが何の為なのか。知りたいと思っても追求する事は出来ず、今に至る。

……どういう事だ。ここを去るのか?」

昨日まで……。俺の術を次々と破り術の上達を褒めていたは、出会った時と同じ場所に居る。違うのは――今が夜であるという事のみだ。見た事の無い漆黒の装束に映えるその髪は闇に浮かぶ三日月の如き鋭さを醸し出し、充実した日常を切り裂いてゆく。それに抗う術など俺には無く、中空に登り行くを、ただ見上げる。

「君は平泉を守り抜くんでしょう?私にも護り抜くべき人達がいるからね」

穏やかな声音と共に、一陣の夜風に靡く淡藍銀の髪は先ほどまでの鋭さを消し、清かな川の流れを思わせるが……。その言葉で、永久不変のものなど在りはしない。これは必然の別れなのだと、俺は理解した。

「そうか……。、達者で――」

くすりと小さな笑い声の後に、懐かしい言の葉が紡がれる。

「泰衡。……またいずれ、お会いしましょう」

いつかまた、出会う事があると言うのなら――。守り抜くべきものの為に、学ぶべき事を学ぶとしよう。書物を読み漁り、馬を駆り、武を鍛え、いつか再び見えた時には、これが俺の守り抜いたものだと胸を張れるように。

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比叡の徒党と遣り合っている最中に、奇妙な事が起きた。相手の太刀を受け流せず後ろへ倒れ込んだ時だ。眼前に現れた人影は、月の光を反射するような薄い色の髪と、闇のような装束を纏っていた。そして、俺には目もくれず呟いたんだ。

「やっぱり……か」

味方ではないその声に立ち上がり、斬り掛かると同時に意識が遠のくのが判った。そして、気が付けば寺で寝かされていた俺は、あれが夢ではなかった事を知らされた。夜中に雷が落ち、門に凭れ掛かって気絶している俺が発見されたという。

「一体何があったというんだ?!」

徒党を組んでいる奴等に事情を聞けば、あいつに斬り掛かった直後、俺は姿を消し、その後――。あいつに向かって行った奴等は全員斬り殺された……だと?俄かには信じられない事だと返せば昨夜の場所を見に行けと言われ、俺は床を抜け、ここまで来たんだが……。

『生き残った奴等は、そいつに氷炎鬼って字名をつけたぜ』


氷の如く鋭く冷たく

炎の如く激しく熱く

鬼人の如きその姿

故に、氷炎鬼――と。


「っ――これが、人一人の仕業だというのか?」

そこに転がっていたのは、折れた刃と敵味方入り雑じった数十体の屍。足元には、地に染み込み切らない血が拡がっていた。これが武者装束ですらなかったどこの誰とも判らぬ男の仕業だというのなら、氷炎鬼という字名も強ち間違ってはいないのだろう。

++++++++++++++++++++

太刀を構えて振り下ろそうとすれば、あの時の事を思い出す。斬り掛かろうとしていた俺を、斬り捨てなかったのは何故なのか。あの惨状を生み出した人間が俺を殺さなかった理由は、一体なんなのか。

「大した余裕だね」

誰も入れない筈の、修行の為に誂えられた先生の結界の中に響く声。先生と俺以外には見えぬ筈のこの場所に――それよりも、何故俺はこいつの気配に気付かなかったのか。肩越しに覗く、この刃を見る今まで。

「お前は……何者だ!」

漸く口にした一言に、刃が消えた。

「人に名を尋ねる時は自分から名乗るものでしょう?遮那王殿」

驚きに眼を瞠り、振り返る。

「……何故だ。何故お前は俺を斬ろうとしない?!」

僅かに口端を上げたそいつの声。間違える筈などない、あの夜の声と同じ……。

「斬る?太刀筋を曇らせたまま修行するような君を?私に斬られたいとでも?」

俺の名を知る、得体の知れぬ男に警戒して太刀を構える。

「ならば何故、俺に近付く?!」

疑問を募らせる言葉ばかりが返って。

「少しは現状を把握して迅速且つ的確に行動しなよ。リズヴァーンに何を学んでるの?」

信じられない人の名を耳にした時、湧き上がったのは何だったのか。

「お前――女、なのか?何故先生を知っている?!一体何が目的だ!!」

恐らくそれは――。驚愕、疑問、そして……僅かばかりの恐怖だったのだろう。俺を見る目が逸らされる事は無く、睨み付ける此方の視線を気にもせず、長い太刀を構えて告げられた言葉と共に、氷炎鬼という名の意味を思い知る。

「……遮那王殿、お相手仕る」

その言葉と同時に抜かれた太刀と向けられた殺意は、紫電一閃のもの。俺は、訳も解らないまま叩きのめされた。身体ではなく、精神をだ。衣は細切れにされあちこちに散らばっているというのに、身体には掠り傷一つ無い。相手は飄々と俺の攻撃を避け、息も乱さず汗すら掻いていないというのに。

「っはぁ、……はぁー。お前と先生では、どちらが強いんだろうな?」

手も足も出なかった悔しさは……どこか、先生に一撃すら与えられない修行を思い出す。これ程の腕をもつ女性がいるとは、今まで思いもしなかった。

「さあ?今、本気で仕合ってみたら……どうだろうね」

当然俺は先生の方が強いと思っていたし、まさか返事か返ってくるとは思っていなかったんだが。否定も肯定もしないその言葉に、心底驚いた。本気で仕合うと言う事は、少なくとも、これまでに先生と戦った事があると考えて間違い無いだろう。たとえ同等の力量をもっていたとしても、剣技のみでは到底敵わない鬼の一族である先生と。それなのに、どうだろうと事もなく言う氷炎鬼。こいつは、俺の勝てる相手ではない。

「頼みがある、先生が京に居ない間だけで良い。俺に修行をつけてくれないか?」

俺が赤子の頃に母上と離され、鞍馬に身を置くようになってから十年以上。周囲から僧籍に入る事を勧められても、ずっと受け入れる事がなかった。強くなりたい、そう思い始めた頃に父上の恩人だと紹介された先生から教えを請うようになり、修行を始めた。そして、俺は今――もっと強くなりたいと思っている。

「修行ねぇ……。相手ならしても良いけど」

「そうか!ありがとう、氷炎鬼。俺の事は遮那王と呼んでくれ」

「ひえんき?…っ…て、何それ?」

初めて表情を崩した時の氷炎鬼は、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。その名の由来を説明した後、そんな二つ名は要らないと笑うこの女性の名が、だという事を知った。

++++++++++++++++++++

「同じ攻撃を繰り返されて鬱陶しいって思うのは解るんだけどね〜」

先生が旅に出ると、との手合わせに向かう。剣技よりも精神面を鍛えろと、常に二人から言われる。現状の把握と迅速且つ的確な行動を心掛けろと言うと、常に冷静で在れと言う先生。どちらも同じ事だと言う二人。

「挑発に乗って隙を見せると、命取りになるよ?」

は先生に事の次第を話さない事を条件に、修行に付き合ってくれている。ふとした時に感じるその太刀筋は先生のものとよく似ていて、俺の兄弟弟子ではないかとその存在を確かめた事もあるが、先生には俺の他に弟子はいないと否定された。

、一つ聞いても良いか?」

「聞くだけなら幾等でもどうぞ?」

にやりと笑っているのはいつもの事で、個人的な事を聞いてもまともな答えがあった例は無い。何処の生まれなのか、何を生業としているのか、何時から太刀を振るうようになったのか。ふざけている訳ではないようだが、はぐらかされるばかりだった。俺がこの二年で知ったのは、という実の名と氷炎鬼という字名。あとはその強さくらいだ。

「お前は誰から剣術を学んだんだ?」

「うーん……強いて言うなら――兄弟?」

小首を傾げて少し悩んだように言う姿は、太刀を振るう時とはまるで違う。覇気も無く、とても年上とは思えないような受け答えもだ。

「自分の事だというのに、はっきりと判らないのか?」

「そうだなぁ……血の繋がらない兄さんと、兄弟みたいな仲間達ってトコだね」

ふわりとしたその微笑みは氷炎鬼という字名からは想像もつかないもので、思わず顔が火照るのが判った。だが、それだけじゃない。は、大切なものを大切に扱っている――そんな気がしたんだ。その時、俺は漸く自分に足りないものが解ったんだと思う。そして同時に、その時から思うようになったんだ。自分の大切なものを見付けたい、その大切なものの為に生きて行きたいと。

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いつものように修行の場へと向かう。自分の大切なものを見つけた今、京を離れる前に会っておくべき人の元へ。一昨日、先生はどこかへと旅立たれた。決意を告げた俺に、己の決めた事を成し遂げろと仰って。

「俺が今日聞くのは、か氷炎鬼か……どちらの言葉なのだろうな」

阿闍梨からの話で、俺の父上の事が判った。そして、兄上が居る事も。その為に、俺には出来る事がある。俺にも大切なものが出来たんだ。だが、今はその時ではないと言うのなら――。その時を待つ為に、身を隠す。

「俺は、俺の進む道を決めた。仕度が整い次第、奥州へ行く事にする」

微風と共に現れたはいつものように調子は?とは尋ねず、どこか寂しげな笑を浮かべて佇んでいる。以前、自分の進むべき道を見付けたいと話した時。それは自分自身で探し、己の意思で決めろと言われた事があった。あの時苦笑いを浮かべていたが、いつか見た柔らかな微笑みになって言う。

「自分で決めたんだね」

「そうだ。またいつか、何処かで会う事もあるかもしれない。……達者でな」

もう二度と会う事は無いかも知れないが。……とは言えなかった。

「何よりも先ず、生き抜く事を優先して戦うんだよ。どんな時でもね」

そう言った時の表情は氷炎鬼のもので、いつも言われている言葉と重なった。


現状を把握して迅速且つ的確な行動を執りなさい

常に冷静で在れ


きっと俺は、最後まで二人の師に言われ続けた言葉を胸に生きるだろう。剣技だけではなく、様々な事を教わった。どこか似た二人の師に出会い、学んだ事を誇りとして、それに恥じない自分で在ろう。そう誓い、鞍馬を後にした。

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遮那王の幼名は、牛若丸。――後の源義経。それくらいの事は知ってる。その人が辿る運命は、私の元居た世界でも有名過ぎるほど有名だったから。天狗に武芸を習ったとも言われる八艘飛びの武者、九郎判官。兄である源頼朝に疎まれ、同胞である梶原景時に陥れられ、幼馴染である藤原泰衡に裏切られ、自害したとも、国外へ逃げたとも遺されるその人。

「私の成すべき事は、あの子達を死なせない事なのに……」

どうすればそれを成し遂げられるのか。考えたところで良い案は浮かばないまま、ただその場に立ち尽くす。誰も居ない鞍馬の庵近くで、牡丹唐草が光と熱を放っていた。



     

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字名=あざな(あだ名・二つ名の事)本当は、”字”一字のものです。
今回は2人登場〜。日本史って結構好きな方だと思っていたけど、話の為に色々調べてみると諸説諸々で雄叫び上げそう。 (上げなくても騒がしいようだが?
キャラの生存年数なんて、ばらっばら…うひゃぁ〜。 (……言った傍からのようだな)
ノートに書き出して捏造設定調整中!纏まったら設定に追加しようかと思ってるけど、どうでしょう?言い訳年代表、要りませんかね? (フッ…お前の好きにする気だろう?)

今回の一言:主人公を落っことすのは楽しい♪
相方は泰衡でした!ではまた。(私に用があれば訪ねて来るが良い。失礼する)





橘朋美







FileNo.009 2006/9/16 ※2010/9/25修正加筆