桜散る
序章七



長い間悪夢に魘されて過ごしたお姫様は、王子様に助けられて目覚める。二人はその後、幸せに暮らしましたとさ……めでたしめでたし。小さな頃に読んだ童話は、何の弊害も無く幸せな未来を指し示すものばかり。でも、きっとそれは有り得ない。目覚めたその時こそが、始まりの時なんだから。

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「次代様!天姫様がお目覚めになられたそうです。至急、邸へ――」

「そうか…今向かう」

「何ぃ?出るぞ!」

「よし、直ぐ出るよ」

「解った。今行く!」

降臨の儀から五日目の朝。守人達の一日は、ほぼ同時刻にけたたましい側仕えの声で始まった。

「朝餉を持って参りますから……。どうぞ先に湯殿へ」

その頃邸では――懸命にを慰めていた氷月が、沈み切った表情でその場を後にしていた。そして、一人残された彼女もまた……。

「頑張った――つもりだったのになぁ」

忌々しげに髪を握り締めて持ち上げてみても、目に映るのは黒一色。

「失敗、か……」

どうせ失敗するなら、跡形も無く消えれば良かったのに。中途半端な結果。

「みんな、がっかりするだろうなぁ」

結局、私は役立たずだった。悔しい。こんな悔しさ、初めて味わった。

「お風呂……行こうかな」

五日も寝込んでたって言ってたな。身体中が汗でべたついて気持ち悪い。

「はぁ……何だかなぁ」

あちこち掻き毟ったんだろうな。腕もヒリヒリするし。あ……この紋様、消えないんだ。うわ、胸が一番酷い。――ん?何だろ、これ。傷じゃないし痣でもない。一ヶ所だけ、やけに目立つ線。触っても……痛くない。蚯蚓腫れみたいになってるのに。それを指でなぞりながら複数の足音に気付いた時。部屋に駆け込んで来た守人達の驚きようは、耐え難かった。

「姫…その姿は」

「起きたか嬢っ!」

「お嬢、無事……かい?」

「……っ?!天姫?」

ああ、やっぱり――。落ち着いてからじゃなきゃ……駄目だ。きっとまた――当り散らす。

「ごめん。話は湯殿から戻ってからにして」

驚いてたなぁ……みんな。当然か。大変な思いで探した人間が失敗したんだから。これから私、どうなるのかな。どこでどうやって生きていくんだろう。元の世界に帰されるのか、この世界に放り出されるのか……。

「はぁ〜あ……考えても無駄だね。なるようにしかならない!うん、取り敢えず落ち着かないと」

あ……お湯、沁みるかなぁ。また痛いのか……温めなら大丈夫かなぁ?着替えが置いてある。私が起きるまでずっと準備してたんだろうな。みんな待ってくれてたのに。

「良い湯加減。あんまり沁みないし気持ち良い。……髪、洗わなきゃな」

黒いままだった髪。忌々しくて――切ってやりたい。良いかも……切って貰おう。さっさと上がって氷月ちゃんに頼もう。家に戻ったら__が驚くだろうな?

「え?__が驚く――っ、なんで?名前……誰、私?」

ちゃんと誰だか解ってる。旦那、犬、親、兄弟、甥、姪、友人、その子供。でも――名前は?!私は?自分の名前は??……判らない。なんで?駄目だ。幾ら考えても全く……誰かに聞かなきゃ。こんなのあんまりだ。みんなの期待を裏切った挙句、記憶が変になってるなんて!

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びしょ濡れの髪で戻った彼女は、開口一番掠れた声で叫んだ。

「……ねえ、私は誰っ?!」

守人達が呆気に取られて固まってしまったのも、無理は無いだろう。彼等には、彼女が慌てている事自体が理解出来なかったのだから。

「変なの!……私、名前が思い出せない!」

そして、言い直された言葉に、漸く言の葉を紡ぎだす。

「では…私の名は?判らぬのか?」

「は?なんで――霧鎖でしょ?」

「じゃあ、俺は?忘れちまったのか?」

「炎尾。なんか怒ってる?」

「まさか俺の事、忘れてたりしないよね〜?」

「当たり前でしょ?風牙」

「それで、私の名は覚えていないとでも?」

「雷矢……凄むと恐いよ」

「ならば我の名も、覚えておろうな」

「え――?」

今度は彼女が固まる番だった。全員の顔付きが変わった直後一気に脱力したのは、あまりにも場違いな……緊張感の無い疑問を口にした彼女の所為だろう。

「名前――知らない。……天帝って、役職名とかじゃなかったの?」

「そのお声は、やはり……」

天帝の後ろでは口を半開きにした氷月が何やら呟いて納得したように膳を下ろし、に駆け寄り抱き付いた。

「天姫様、良う御座いました!本当に――あの、天姫様?」

氷月が抱き付いた衝撃で、彼女の視線は自然と下へ向けられた。それに釣られてさらりと流れ落ちた髪は、嫌でも彼女の視界に入る。その目に映ったのは、あの美しい極小の月と同じ淡藍銀の髪。

「何これ、――私の……髪?」

呆然としたまま、数本の髪をぷつりと引き抜いた。

「いっ、たぁ〜……現実だー」

「まさか…今まで」

「気付いてなかったのかよ?!」

「本当に気付いていなかったのかい?」

「何を今更」

「現実だ。その姿、間近で見せてくれような?」

相変わらず動じないままの天帝が彼女に近寄り、両手で彼女を上向かせ、穏やかに微笑む。そこには、酷似した相貌の相反する表情が向き合っていた。

「私、天姫になれたんだね」

「そうだ。そなたは我が寵姫、天姫と成った。無事で何よりだ」

「そっか――それで、か」

「そうだな……代償に名が失われたか。すまぬな」

その言葉で、二人の表情は逆転する。

「大丈夫。あ……でもないか。私に名前、頂戴?くれるでしょう?」

「我が、か?……そなたの名は『』。他に無かろう」

「そうなの?でも良いね、ちゃんと馴染む。……前もこの名前だったの?」

「そうだ。それはそなたの為の名だ」

漸く穏やかな表情が並び、静観していた面々も安堵の息を漏らす。

「じゃあ、天帝の名前は?天帝になる前は何て呼ばれてたの?」

「天帝と成る者は、生まれし時より参眼を持つ。故に次期と呼ばれ、いずれ天帝と呼ばれる。それが天界の常。我の名を呼ぶ事の出来る者は、我の他におらぬのでな」

何でもないような顔で告げられる言葉は彼女にとっては意外なもので、少し寂しく感じながらもが返した言葉に、誰もが表情を綻ばせた。

「私も呼べないの?名前じゃなきゃ――あ、兄さんって呼んじゃ駄目?」

「我が――そなたの兄 ?ふふ……可愛らしい妹御が出来たものだな」

「そりゃ、兄さんに似てますからね!」

長く眠っていた彼女が天姫となり、周囲の者達と談笑するまでになった。それは彼女だけでなく、彼等も望んでいた事。互いに気を許し、喜びに溢れたその場所で彼女の腹の虫が鳴くまでの間、彼等はその身体を取り囲んでいた。

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一心地ついて着替えて、ご飯を食べながら今後の行動を聞いた。直ぐに人界へ行くのかと思いきや、体調を整えてから。というか、私がこの身体で動く事に慣れてから人界に行くように言われた。

「先ずは衣と武具を揃えよ。我は執務に戻らねばならぬが、無理はするでないぞ」

最後にそう言って、兄さんが出て行った。衣って服?……これ以上要らないから武具を揃えに行くって言ったら氷月ちゃんはぶつぶつ言ってたけど、簡単に着られる物を三枚選んでおいてほしいと言ってみたら、喜んで承知してくれた。で、武具庫に来たのは良いんだけど……。

「馴染む物って、中々無いものなんだねぇ」

歩きがてらに武具選びのコツを色々聞いて、身体に馴染む物を選ぶという結論に達した。それから何処の港かと思うような倉庫をうろつく事、数時間。防具は人界で揃える方が無難そう。何て言うか、的にしてくれと言わんばかりの豪華な物しか並んでない。こんな目立つ格好を出来るような根性、私には無ーい。そんな訳で、結局しゃらしゃらと軽い音のする薄い鎖帷子と鎖袴だけを手にしていた。あとの問題は武器。

「では…どれにする」

「……って言われてもなぁ。判らないんだよね」

「槍や大太刀よりは、曲刀や太刀のが扱い易いぜ?」

「んー……少し短く感じる」

「鉤爪手甲や三節棍はどうだい?攻防を兼ね備えているけど」

「あ、それ良いかもね」

「棍や錫杖、弓という手もある」

「刃の無い物は威力が劣るでしょ?弓は矢の補給が面倒じゃない?」

どんな武器にするのかすら決まらない。正直言って、お手上げ状態。槍や大太刀はリーチと威力があっても乱戦になると辛い。曲刀や太刀が一番馴染むけど、長さと重みが足りない気がする。鉤爪手甲や三節棍は嵩張るし、棍や錫杖と弓は単独行動の時には心許無い。初めて触る物だから、何を使って良いやらチンプンカンプンだ。

「う〜ん――ん?この短剣、丁度良いかな」

ベルトみたいな物に、薄い両刃の短剣が――計十二本。真っ黒で柄が短くて、手に馴染む。これと大太刀を併用すれば良いかな?でも、大き過ぎるんだよね〜。太刀と大太刀の中間があれば丁度良いと思うんだけど。

「武器があるのは此処で全部?」

「そうだ。後は…個人の所有物だ」

「個人所有物かぁ」

「気に入った得物が見付からねぇのか」

「この短剣以外ね」

「う〜ん。投擲や護身用には使えるだろうけどね〜」

「太刀と大太刀の中間の武器って無い?」

「ここには無いな。この際……」

「次代様方っ!天帝様が至急天宮へ参ぜよとの仰せです。どうぞお急ぎを」

どうしたものかと頭を抱えそうになっていたら、扉の方から大声が飛んできた。あんなに血相変えちゃって、一体何事なんだか。

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結局あの後、私は邸に返された。取り敢えず氷月ちゃんの見立ててくれた服を見せて貰おうと思っていたら、門を潜る前に”出立の支度を”って……。連れて行かれたのは、私に宛がわれていた部屋。荷造り中の氷月ちゃんに話を聞くと、なんだか慌しい事になってるらしい。

「私も詳しくは存じませんが……。天帝様は、今宵出立させねばならなくなったと仰っておられましたわ」

「え?まだ武器も決まってないのに…」

なんで急にそんな事になってんの?何か……拙い事が起きてるのかもしれない。勘と憶測だけど――きっと当たってる。荷物なんて殆ど無い。氷月ちゃんの見立ててくれた服と先日の服、あとは短剣。武器が無い。この際、槍か大太刀を持って行こうか?無いよりは良い筈。うん、武具庫に行って来よう。短剣だけじゃ碌に身も守れないんだから、我侭言ってる場合じゃない。あの子達を助ける前に自分が殺られてちゃ意味が無いんだし、人界に行って足手纏いになるのは絶対に嫌だ……って、門に居るのは?――多分、みんなだ。けど、妙に深刻そうな顔をしてる。

「どこかへ…行くつもりか」

「武具庫に行って来る!」

「気に入る得物は無いんじゃなかったのか?」

「納得いかない武器じゃ使いこなせないよ?」

「素手や短剣よりはマシでしょ?」

「天帝に相談して駄目なら、人界で探す手もある」

「天宮へ…急ぐぞ」

「だな。あんたは邸で大人しくしてろよ?」

「ちっちゃな子供じゃあるまいし――って、私だけ後で人界に行くの?」

「違うよ。俺達にも、こっちでやっておく事があるんだ」

「夕刻には迎えが来る」


は?……や、え??なんか、みんな豪い勢いで行っちゃったけど……。


「全然説明になってないでしょーよっ!!」

だが、どれだけ大きな声で叫んだところで彼女に答えをくれる人は既におらず、春の宵に向けて傾き始めた陽の光だけが、彼女に投げ掛けられるのみ。

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みんなの遣っておく事って何だろう?夕刻に迎えが来るって事は、夜には人界へ行くんだろうな。それまで私は何をすれば良いんだろう?独りで出来る事。少しでも身体を慣らす……にしても、邸から出ずにどうやって?

「そっか。手頃かもしれない」

目に捉えたのは、見事な庭と邸。背伸びして手を伸ばしても掠りもしない枝に跳んでみると、難無く枝に立つ事が出来る――凄い運動能力。案外簡単に調子に乗ってきて、庭木と屋根を飛び移る。身体を慣らす為に動き回っていると、いつの間にか氷月ちゃんに呼ばれた警護の人達が良い練習相手になってくれた。と言うよりも、鬼だらけの鬼ごっこをしながら夕方を待った。

「天姫様、降りてきて下さいませ!迎えの者が参りましたわ」

太陽が紅に染まりきった頃。屋根の端から灯篭へ飛び降りようとしていた時に呼ばれて、反対の端に向かって走って門を越えたトコに着地したら……誰も居なかった。

「ん?と、反対だったみたいね」

やっぱり、身体の感覚にはまだ慣れない。跳んだ時、着地した時の方向。動く時、止まる時の加減。何処までが平気で、何処からが駄目なのか。――訓練するしかない。考えても判らないんだから、頭じゃ駄目。身体が覚えるまで動くしかないんだ。

「天姫様、くれぐれもお気を付けて――。ご無事を祈っております」

真剣で、泣きそうな顔になってる氷月ちゃん。困らせてばかりだったけど、楽しかった。だから今は、只素直に感謝の言葉を。

「ありがとう、氷月ちゃん。ほんの少しでも、ここで暮らせて楽しかったよ」

「私もですわ。天姫様と過ごせて……楽しゅう御座いました」

ほろほろと涙を零す。頬を染めて、綺麗に微笑んで。だから最後の言葉は、その頭を撫でながら。再会出来るかなんて判らないけど、再会出来ないって決まってる訳じゃない。可能性は限りなくゼロに近くても、それはゼロじゃないから。

「行ってきます」

手の平の下で自分を見上げる存在に、救われるような気がした。あの子達も、こんな風に笑ってくれれば良い。私は多分、その為に天姫になったんだから――。

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連れて来られたのは、儀式に使ったあの泉。眼に映るのは満開の桜と薄い雲、柔らかな色の満月。夕陽の消えた薄暗い空に抱かれたその場所は、以前来た時よりも寂しく感じる。

「人界へ行く、かぁ」

あの子達を助ける。自分でそう決めた。初めは無理矢理でも、断るという選択肢はあった。自分を求め、受け入れてくれた事が嬉かった。代償と引き換えに、その為の力を与えられた。忌み嫌うものでしかなかった神の力を。使いこなせるようになるまで、どれくらい掛かるんだろう。

「ま、慣れるまでやるしかないでしょ」

碌な武器も無いまま戦う事になったら、どうすれば良いのか。そもそも戦いなんて経験した事も無い。人を斬り、場合によっては殺す。――そんな事が、私に出来るのか。能力があっても、精神が伴わないと出来ないだろう。それだけは、何となく解る。そんな湧き上がる不安に気を取られ、気付いた時には夜も更けていた。

「まだ来ない……どれくらい経ったんだろう?」

月の光を浴びる桜の森は、何もかもを呑み込んでしまいそうな雰囲気と魅入られてしまいそうな妖しさを湛えてる。昼は清廉、夜は妖艶。同じ物とは思えないくらいだ。月と桜を交互に眺め、幾分か落ち着いた頃。ゆらり、視界が翳ったその先に……。

「龍、だよね?……どう見ても」

黄金色に輝く一体を中心にして四方に浮かぶ濃緑の龍。

「え?ちょ……っ、突っ込んで来る気?本気で?!」

正にその通り。なんて答えは返って来なかったけど、避ける事なんて出来ないくらいの速さで向かって来る。滅多な事で死にはしないと思っていても、あんな大きな龍に衝突されるなんて!!と、思わず眼を瞑った時には見覚えのある面子に囲まれていた。

「遅くなった。すまない」

「遅れて悪かったな」

「ごめんね〜遅くなって」

「待たせたな。うん?どうした」

「遅参が過ぎたか。すまぬな

「――あーのーね〜ぇ……驚かさないでよ!潰されるかと思ったでしょ?!」

冷静に考えれば予測出来ただろう事態。それでも、あの状況で冷静に考えろなんてのは無理でしょーよ?!少しくらい縮んでも余裕のある寿命だろうけど、精神衛生上良くないって。

「時間が無い。、これを」

そう言って差し出されたのは、大きな太刀が二本。それを受け取った途端、兄さんは金の龍になって天高く舞い上がった。

「そなた達の行く末を見守っておる。……我が妹御よ、息災で。吾子を頼む――我が寵姫、天姫よ」

「時渡り…か」

「離れんなよ?」

「しっかり掴まっていて」

「放すんじゃないぞ」

「は?何言って……ちょっと、痛いって!」

大の男四人に羽交い絞め状態にされて、身動きすら出来ない。人界に行くの?今直ぐ、碌に言葉も交わさずに?

証に導かれ、全ての者の根源を辿るが良い。どうか……無事であれ。

「っ――ありがとう兄さん、行って来ます!」

声の限りに叫ぶと同時に、光に包み込まれていた。目に映ったのは、天に舞い上がる桜吹雪と、その波間に泳ぐ綺麗な金の龍。桜散る――天に拡がる花の海

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肌に感じるのは、薄い布が濡れて纏わり付くような感触だけ。


「やめて!誰かっ…助けて!!」

「ぅわあああああっ」

「見える…駄目だよ。私達の世界を…やめて…」


眩しかった光は針の先ほども無く、闇とすら思えない漆黒に包まれていた。


「あなた、お逃げなさい。ここは……私が」

「あぁっ…火が―――っ」

「あなたの事、忘れないわ……絶対に」


何も映さない筈の視界には、在り得ない筈の光景が次々浮かび上がる。


「名前?名前って…何?」

「あなただけは…生きて」

「…あなたに、ずっと恋をしている」


時折感じる胸の痛みは、自分のものとは思えない類の強さを持っていた。


「判んねぇか、俺だ。忘れちまったか?」

「くっ―――結局、俺は何も守れなかったってのか」

「今だけ…だからな」


逸る心は、何かを求めて彷徨い続けているとしか思えなくて。


「そこの者!何をしている!」

「くそっ…俺は―――何の為に」

「後悔するくらいなら、始めから口にしないさ」


次々と入れ替わる痛ましい光景に眼を覆おうとも、それは意味を成さなかった。


「初めまして。よろしく、姫君」

「こんな所で…終わりなのか―――っ」

「ずっと楽しく暮らそうぜ」


困惑、絶望、悲哀、離反、懇願、恐怖、最後に感じたのは、強い願望。


「ええと、そちらの可愛らしいお嬢さんは…」

「僕は…罪を贖うことすら、出来ない―――のか」

「でも、こればかりは君に乞うしかない」


みんなを守りたい――それは、たった一つといえども大きな願い。


「つっ…平気です。このぐらい、大した事ありません」

「何で…こんな―――せん…ぱ……」

「攻撃は最大の防御……ならば!」


打ちひしがれても立ち止まらずに進むのは、希望を失わずにいるから。


「あれっ?見かけない顔だね〜」

「これが…オレに与えられた罰―――か」

「この人は……自分の大切な…人だったんです」


数多くの結末を知りつつ繰り返される現在は、人と神の――世界の均衡を崩す。


「あなたにとっては良い敵だと思う」

「私はここで―――消えるのだな」

「それは、こういう意味なのかもしれない」


複雑に絡み合った無数の残骸は、時空の狭間を漂い続けるばかり。


「どこへ行くつもりだ?この先は怨霊がいるだけだ」

「お前たちは逃げて―――生き残りなさい」

「選んだのはお前か、避けられなかったのは私か―――」


それを纏め上げる為に何度も違う道を探して、違う結末を迎え……その度に、幾度も痛みを受ける。


「さあ、宴の時間だ…楽しもうぜ?」

「これ以上、見るべきものは……何もないな」

「来いよ。俺を……手に入れたいんだろう?」


知らない間に見えない所が綻んで、歪められた箇所から侵食が始まる。


「人の姿を取って降りられたのですか?」

「力及ばぬ私を……どうか…お許しください…」

「あなたが…何よりも…美しい」


最初の時から最後の時まで、導かれる者達を護り続けるのが役目。


「失礼した。ご容赦願いたい」

「思ったよりは…遅かったくらいだ」

「いや―――行くか?俺とともに……」


あの子達全員を死なせない。それが私の――成すべき事。

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不快に纏わり付く何かに遮られながら、流されていた。守人達の姿は見えなくなって、身体に触れる感触すら無くなっていた。焦って視線を巡らせた私が漆黒だった空間から見たものは――濃淡の暗闇だった。



     

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漸く、天界編脱出〜 。次回からは、人界編です。一話に二人ずつくらいのペースで。でも、最初は1人だけ。天姫様は少しのんびりしてもらって。 (それが宜しいですわ)
と言っても、裏では忙しいんですが。 (休ませて差し上げたいのに…酷いですわ!)
一章が進めば、番外編も書ける〜♪という訳で、 (どういう訳ですの?)
本編の進行を遅らせ過ぎないように、気を付けねば…では、また。

今回の一言:序章終了〜♪
相方は氷月ちゃんでした! (失礼致します、天姫様。お帰りをお待ちしておりますわ)





橘朋美







FileNo.007 2006/8/26 ※2010/9/23修正加筆