桜散る
序章六



居心地が良いと思える空間では、そうではない場所を忘れる。その時だけであろうとも、忘れていられる。では、その逆の時はどうなるのか――。答えは簡単。そんな時は、それ以外の事を考えられる余裕なんて、全く無い。

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何もやる事が無くて暇そうだ……なんて、読みが甘かった。儀式までの丸三日、そこら中を歩き回った。私の気を馴染ませる為だと言われ、毎日がハイキング状態。儀式前日は”次代様方は所用が”と、氷月ちゃんと一緒に。その夜、氷月ちゃんは悲愴感を滲ませて私に言った。

「天姫様……どうか、無事にお戻り下さいませね?」

今にも涙を零しそうな彼女に返せる言葉は、”うん”という一言だけだった。儀式は明日早朝――。眠れるんだろうかという考えは、杞憂に終わった。

「おはようございます、天姫様。お迎えに参りました」

着替えと食事を済ませてぼんやり空を見上げていると、門の方から誰かが来て――見送りに出てきた邸の人達に”行って来ます”と声を掛けると、次々言葉を掛けられる。”行ってらっしゃいませ。どうぞご無事で。儀式の成功を祈っております。”その声を背にして泉へ向かう――それ程遠くない場所まで。

「泉はこの先に御座います。ですが、私はここより先へは参れません。天姫様、どうぞあちらへ。そしてどうか……無事にお戻りを」

そう言われて、歩き続ける事数分。見えた物は、一面の桜。あんまり綺麗で、感嘆の声も出ないくらいだ。思わず立ち止まって眺めていると、守人達がやって来た。 

「あ……ごめん。急がないとね」

「急ぐ必要は無いよ。儀式は此処でやるんだからね」

「どうかしたのか?何かに気を取られていたな」

桜が綺麗で……と言おうとして、ふと気付く。ここって春?私が居た所は真冬だったのに。ここは全然寒くなくて、どこへ行っても花が咲いてた。季節が止まってるんだろうか?突然黙り込み、驚いたように辺りを見回すは考え込んだきり俯いてしまった。それを見ていた守人達の方が余程驚いていたのだが。

「天界では季節が止まってるの?」

勢いよく顔を上げ、そう言った彼女に更に驚かされてしまう。どうしたら、そんな考えが浮かぶのかと。

「いや…天界で季節が止まる事など無い」

「なんでいきなりそんな事言ってんだよ」

「だって桜が咲いてるよ?!私が此処に来た時って真冬だったよね?」

慌てふためく彼女と何を驚いているのか判らず首を傾げる守人達を助けたのは、簡単過ぎるほど簡単な天帝の説明だった。

「此方へ来た時に時を越えたのだ。此処では桜が満開を迎える時期だ」

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みんなして泉の前まで歩く。――これから此処で、降臨の儀が始まるんだ。泉に映る桜は覗き込めば引き摺り込まれてしまいそうな美しさで、綺麗なのに恐ろしく感じて……。これまで見てきた事のある桜と同じ花だとは、とても思えなかった。

「丁度良い時期に来たんだね、私」 

こんな凄い数の桜、初めて見た。桜並木なんて可愛らしいものじゃない、桜の森とでも言うのがピッタリだと思う。

「よっぽど桜が好きなんだね、お嬢は」

「え?うん。多分、花の中で一番好き」

優しくて儚げなのに、力強くて潔い憧れの花。子供の頃は、学年が上がる度に見惚れていた。大人になってからは夜桜を見に行くのも好きになって、よく一人でふらふら出掛けるようにもなったっけ。

「ならば天姫、体調が戻ったら花見をするか?」

「その頃には散ってるよ……きっと」

咲き誇る時は短く、散る時はあっと言う間。だからこそ美しく、人を惹き付けると言われている花。そんな綺麗なものじゃないけれど……。私の何かも、これから消えてしまうんだろう。感傷に浸るつもりは無かったのに、やっぱり過去を振り返る。

「姫、桜は…そう簡単に散りはしない」

「天気が崩れたら五日も保たないでしょ?」

何日寝込むかも判らない。それどころか、成功するかも判らない儀式。もしかしたら、これが見納めになるかもしれない。そう思うと、最後に見る景色がここで良かったとさえ思う。今はもう、私が居なくなった時に悲しむ人も居ない。好きな花を目にして死ぬのなら――。

「天気ぃ?何言ってんだ嬢、崩れる訳ねぇだろ」

「なんで?”神様の言う通り”なの?」

そんな風に腹を括っていた私は、子供の頃の虐め文句を思い出した。勝手の良いように使われた言葉、神様――その頃から大嫌いだった。なのに、此処に居るのは神様ばかりで、私は大切に扱われて……その力を今から受け取る。

、天界では必要以上に天候を変えぬ。桜は一月以上楽しめるのだ」

は?――何それ、情緒も何も無い。ホント、此処の神様ときたら――。

「そうだよ。せっかく大好きな花なんだ、楽しまなきゃ」

「早く体調が戻れば、それだけ長く満開の桜を楽しめる」

暖かで、優しくて、思わず顔が綻んで。

「何度も見るのなら…趣向を変えよう。氷月に話せば…喜んで支度するだろう」

「良いな、それ!面白そうじゃねぇか」

「氷月か。存外、良い案やもしれぬ」

能天気で、強引で、無茶ばかり言って。気持ちが軽くなっていく。此処の神様達は嫌いじゃない。信じられるんじゃないか、って。

「そう、だね。天姫様になれたら――花見、しようか」

天界へ来て初めて神々に向けられた彼女の微笑は、ぎこちなく引き攣りそうな……とても褒められた物ではなかった。が、それが本心から生まれた笑みである事は誰が見ても明らかで――だからこそ、美しく感じられたのだろう。

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、此方へ。これより降臨の儀を執り行う」

その一言で守人達は四方へ散り、呪を唱えた。完全な、外部との隔絶を成す為に――。風も音も無い結界の中、天帝に手を取られ身体を泉へと浸していく。思ったより冷たくなくて、冬じゃなくて良かった……なんて、気軽な事を思いながら。

「済まぬが、そなたは只、堪えてくれ」 

「解った。最後まで堪えてみせるよ」

痛いのには慣れてるから……堪えられる。沈痛な面持ちで告げられる言葉に、天帝だけでなく自分にも言い聞かせるように答えた。その直後。口と胸、心臓の反対側辺りに手を当てられて、儀式が――始まる。

「天姫が器。の空きへと、我が神力を移し給う――」 

朗々と響き渡る天帝の声と共に、徐々に腕の紋様が疼いて熱くなっていくのが判る。

「我が参眼よ、その神力をもってこの者の虚空を埋め尽くし――」 

腕の熱が上がって、紋様が蠢くような感覚を益していく。まるで何かが腕に入り込んだみたいで、思わず目を腕へと向けた。

「我が寵姫と成さし召せ。……天姫を、今此処に降臨させん」 

鈍く光を放つ紋様を視界に捕らえた瞬間、爆発したみたいな閃光に変わって……目が眩むかと思った。

その時に全く動じず、当然の事として受け止めていたのは天帝のみ。些か動揺したものの、予測の範疇だったと受け止められたのは北と西の守人。予想外の動揺を隠せず、受け止めようと懸命になっていたのは南と東の守人。当事者である彼女は、既に痛みと戦っていた。

何これ、痛いなんてもんじゃない――腕が弾けそうで……熱い。

動揺する間も無く、それを受け止めざるを得ない状況。切れ切れに漏らされる声は、呻きなのか嗚咽なのか。それは長く続く事も、意味を為す言葉となる事も無く、只その音だけを響かせていた。

やっぱり、ね。結界を重ねたのは正解だった。けど、これは……。

危険じゃないのか?結界内の気が揺らぐなど、信じられん。

抑えきれない程の嵩だとは。何の為の…九字円陣なのだ。

参眼の神力に敵わねえ?!ざけんなっ……!守人の名が廃るぜ。

身体中が軋む。頭が沸騰しそう。私、ちゃんと……立ってる?儀式、受けてる?堪えるだけで良い――私は約束、した。立ってなきゃ駄目。倒れちゃ駄目。最後まで堪えるって言ったんだから。

その、音でしかなかったものが一際大きな叫びとなった時。そこに居る全ての者が、異常なまでの神力の流れに気付いた。先ほどまでは何ら動じる事無くあった天帝さえもがあからさまに表情を歪め、事態の危険性を認めて。

急激に嵩が増すとは。受け入れたのか……否、急いたか?

嫌だ。動くな、動けない。まだ終って……ない。終るまで、身体――保って。私は、もう役立たずになんかなりたくない。失望されたくない……だから、お願い。

声の限りに叫ぶ彼女を見て、守人達は困惑した。”結界を保てねば降臨の儀を中断する。その時はを我より遠ざけよ”それが天帝の命。結界は辛うじて保ってはいるが、これ以上揺らぎが増せば乱れる事は明白。参眼による乱れならば、一瞬にして結界を崩すだろう。そして、それは”人”には耐え切れない波動を齎す。

儀式を中断するべきではないのか?と。

参眼の乱れが天界に及べば、被害もそれなりのものになるのだ。だが、誰もが全員の目に同じものを見て取った時――それを止めたのは、他ならぬ彼女自身だった。

「私っ―――立ってる。だい、じょうぶ……だからっ」

その声で場に繋ぎとめられ、何故彼女が自分達の行動を察知出来たのかと躊躇う。それは気付いたのではなく、自分自身を保つ為の言葉だったのだが……。そうとは知らず呆然と中央を見つめる守人達を、更に混乱させる一言が紡がれる。正気を疑わんばかりの守人達を解り切っていて、それでも成功を確信しているかのように穏やかな表情で。

「やはり急いたか……良い。このまま結界を保て。、今暫く堪えるのだ。そなたが倒れれば、儀式は即刻取り止める」

「わかっ――た……っ」

天帝との遣り取りはその一言で終わり、その後は彼女の呻き叫ぶ声だけがその場に響き続けた。それから儀式終了までの時間は然程長くはなかったが、守人達は気の遠くなるような時間を過ごす羽目になる。

流れ込む神力が大き過ぎる。何故そんなに急ぐんだ……お嬢が、壊れてしまうかもしれないのに!

呻き声は時折堪えきれずに叫びへと変わり行く。

立っているのが精一杯――。天姫の状態は……恐らく、そんな生易しいものじゃないだろう。

泉に浸かっているのは腰上までだというのに、髪までもが雫を落とす。

姫の中に蓄積される神力は…一体どれほどの嵩になるのか。それまで結界は…あの身体は保つのか?

熱と痛みに耐える身体は小刻みに震え、握り締められた拳は色を失って。

結界を保つぐらいで神力が減るんだぞ?早くしねぇと……嬢が死んじまうじゃねぇか!!

その身を支える事すら許されず、ただ只管に時を待つ。

これ程嵩を増しても、未だ空きを埋め尽くせぬとは……。我が祖よ、何卒我が寵姫を――?

最も恐れていた事態が脳裏を過ぎった時、彼等は微かな異変を感じた。

狂ったように声を上げていた彼女が倒れた刹那。守人達は場を離れ、結界が消えた。泉へ沈むかと思われた身体は吹き抜ける風に抱かれ、静かに地面へと下ろされる。それは、誰もが案じていた儀式の失敗――。だが、彼女は消滅せずに済んだ。守人達にとっては、それだけが救いだった。意気消沈した守人達が佇む中、天帝だけが動き出すと、歩くのもやっとという様子で彼女の傍らに膝を着く。そして、その疲れきった表情に似つかわしくない満足気な声で、ぽつり、ぽつりと声を落とす。

「良くぞ……堪えた。――否、我が寵姫。天姫よ」

それを耳にした守人達は一斉に口を開こうとしたのだが、続く天帝の言葉に驚きを隠せず声を失う事になる。

を邸へ――――我も……既に保たぬ」

その一言で邸へと急ぐ道。熱を持つ彼女の身体を霧が覆い周囲の温度を下げると、幾分か呼吸が落ち着いたように見えた。

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「成功、したんだね……。一時は本気で失敗するんじゃないかと思ったよ」

「そうだな。失敗して身体が残る筈もない――。杞憂に終ったか」

「あの嵩は…尋常ではない。天帝が疲弊するまでの神力を要したとは」

「それだけ強いって事だろ?良いじゃねえか。成功したし、生きてるんだ」

これで漸く落ち着く事が出来る。誰もがそう思っていた――。今は意識を失っている当事者の二人を除けば。

「あれだけの神力を受けたなら、お嬢の参眼が開く事も有り得るかもしれないな」

「まさか。幾等強い神力を持とうと、天姫の参眼が開かれる事は――」

「ない…とは言えない。膨大且つ急激な神力を受け、天帝を疲弊させた程だ」

「おい、なんか……拙いみたいなんだけど――俺、」

彼女を抱き抱えていた炎尾の言葉は普段の彼からは想像出来ないような弱々しいもので、その顔は血の気を失った病人のようだった。

「ん?じゃあ俺が代わるよ。お嬢を――っ?!この乱れは……拙いな」

「どうした、何が拙い?まさか、天姫の身体に異常があるのか?!」

「やはり姫も…か。天帝の神力も…僅かに乱れが生じている」

「はあ?神力に――乱れって、何だよそれ」

その手の事に敏い風牙と霧鎖が気付いたのは、神力の乱れ。それはその持ち主の身体を通して伝わる微かなもので、雷矢だけが信じられないという表情で居た。

「多分、俺でもそう長くは持たないだろうね。邸まで近いのが救いだよ」

「そこまで酷い乱れなのか。大丈夫なのか?無事に治まるんだろうな?」

「天帝は…それ程ではない。大丈夫だ。二人共、目覚めれば…治まるだろう」

「目覚めれば、かよ――だったら嬢は、当分治まらねえって事だな?」

その後、邸に辿り着く頃には全員が血の気を失っていた。の帰りを今か今かと待ち侘びていた氷月は慌てふためき、それまで水を打ったように静まり返っていた邸内は、俄かに騒然となる。

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翌早朝、寝ずの看護を続ける事が出来ずに退室していた氷月がの眠る部屋で見たものは、甲斐甲斐しく彼女の世話をする守人達だった。

「次代様方……?まあ!何をなさっておられるのです?!天姫様の御召し替えは私が致します!」

有無を言わさず締め出された守人達の顔には、疲労感が色濃く表れていた。が、その遣り取りだけは常と変わらぬまま。言葉通りに捉える者にとっては、些か不謹慎とも思えるものだった。

「あ〜ぁ、やっぱり怒られちゃったねぇ」

「だからこうなると言っただろう!」

「だが…病にまで見舞われては困る」

「まあ良いじゃん。今は氷月がやってんだし」

悪びれもせず会話を続けられるのは、自分達に出来る事を理解しているからなのだろう。だが、軽口を叩いていなければ不安に駆られるという理由からでもある。

儀式直後に意識を失った彼女は、そのまま魘され続けている。他の者達とは桁違いの神力を持つ守人達は、身体に触れなければ何の異常も来たさずに居られたのだが……。邸に居る者達では、同じ部屋に居るだけで、四半刻も経たぬ間に倒れる。彼女の受けた神力は、あまりにも強大だったのだ。そしてその乱れは、天界を統べる者の持つ神力をも狂わせた。時を同じくして臥した天帝も未だ目覚めず、何かしようにも出来ない状況。下手に策を講じようものなら――と、彼等は最悪の結果を恐れていたのだ。

「次代様方。いくら天姫様を守護する守人様方といえども、相手は意識の無い女性ですのよ?以後御気を付けなさいませ !」

般若顔の氷月が姿を現しそう告げると、みな一斉に視線を逸らしたのだが……。彼女の意識があれば、意識があろうと無かろうと気を付けなさい!という横槍が入った事だろう。天界でも高位にある彼等を捕まえ有無を言わさずぴしゃりと言い放ち、そのまま他の者達に指示を与え始める氷月の姿はなんとも頼もしい限りである。

「ははは、言われちゃったねぇ?」

「相変わらず物言いの厳しい奴だ」

「我等と同じく…心配なのだろう」

「ああ。特にあいつは天帝以上に過保護だからな」

軽口を叩きながらぞろぞろと部屋へ入って行くと――忽ち現実を突き付けられる。熱と、恐らく激しい痛みに魘され、荒い呼吸を繰り返す。横たえられた彼女の身体は額から首元に掛けて玉のような汗が浮かび、肌蹴られた袖からは鈍い光を帯びた牡丹唐草が覗く。儀式の最中、眩いばかりの光を放っていたそれは徐々に眩さを弱め、命の灯火が消え逝くのを表しているようにも見えた。

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あ つ い

身体中が焼かれてるみたいな熱さ。誰か……水を。冷やして――欲しい。なんで……みんな知らない振りするの?どうして……そんな眼で私を見るの?何故私は――。

い た い

全身が弾け飛ぶんじゃないかと思うような、切り刻まれるような痛み。なんで……こんなに痛いの?君達は――誰?解っているのに判らない。これは何?思い出せない。熱くて痛くて。何故判らないのか――思い出せないんだ。


私は早く行かなくちゃいけないのに

ど こ へ ?

私には遣らなきゃいけない事があるのに

な に を ?

私を待っている人達が居るのに

だ れ が ?

どうして……思い出せないんだろう


魘され続けるが突然ひっと息を吸い込んだ直後、痙攣を始めた。身体中が強張り、熱で熱い筈の肌が土気色を濃くしてゆくのが見て取れる。

「なっ?!これは……どうしてこんな」

「これは一体――どうなっているんだ?危ない……のか?」

「違う!いや…ある意味そうかも知れん」

「どういう事だよ?!解るように説明しやがれ!」

まるで壊れてしまったからくり人形のような動きをする彼女の口に手拭いを噛ませ、手分けして四肢を押さえれば……。彼等は一瞬にして、その状況を把握した。

「判っただろう?乱れが酷くなっているんだ。それも……急激にね」

「何故だ?!今までの比じゃないぞ」

「これが続くようなら…拙い事になるだろう」

「なんとか……ならねえの、かよ」

「次代様方!天帝様の御呼びに御座います。即刻門へ参れとの……っ?!天姫様の事は――どのような容態にあろうとも案ずるなと仰っておられました。どうぞ、早く……此方へ」

急激な神力の乱れに抗う術は無く、朦朧とする意識の中で聞こえたのは、徐々に途切れてゆく氷月の声だった。そして、ふらつきながらも庭へと降り、門へと向かった守人達がそこで天帝から告げられた言葉は……最悪の事態を示していた。

「主等ですら、その有様か。やはり、の参眼が開き掛けておるようだ。恐らく……我の参眼に呼応してな」

「やっぱりね」

「そんな馬鹿なっ!」

「やはり…そうなのか」

「拙いんじゃねえのか?」

の身体が未だ”人”である限り、参眼が開かれれば滅する。だが、我が去れば……或いは。我はこれより宮へ戻る。その後も事態が好転せぬようならば――氷月を遣せ」

余りの事態にいつもの如き返事は咽喉に貼り付き声となる事は無く、彼等は真剣な面持ちで頷くに止まっていた。

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天帝が去った後。邸内には最低限の人数のみが残されたが、の部屋には氷月でさえ近付かぬよう命じられ、その周囲は守人達の結界に覆われた。だが――時が経つにつれ、守人達の神力に拠る結界は意味を失くし、彼等も部屋に近付くだけで精一杯という状況に陥った時。昨日の異変から、既に丸一日以上が経過していた。それから間も無く。氷月を天帝の許へ――誰とも無しにそう告げ、皆がそれに応じた。持ち堪えられなくなるほどの乱れを鎮めていられる内にと苦渋の選択をし、気が遠くなるほどの時を過ごす。そして――それは、空が夕日に染まるのを見止めた頃に起きた。ゆらりと乱れが和らいだと思うと、瞬時にして消えたのだ。

「っ……お嬢!」

「天姫!何が……っ」

「姫…無事か?!」

「くそっ……嬢、返事しろ!」

誰の脳裏にも最悪の事態が過ぎり、挙って階を駆け上がる。そのまま部屋へ傾れ込むと……土気色の肌を曝したが居た。

「ちゃんと居る。じゃあ、さっきのは……どうして」

「息が荒いままだ。まだ治まらないのか」

「素に戻ったのだ。これは…あちらで?」

「何だよ?これでも良くなってるってのかよ?!」

てっきり彼女が消滅したものと思い込んでいた守人達は、そうでない事に安堵した。が、しかし……そこに横たわるの様子は、喜べるほど良いものではなかった。

「多分、天帝の方で結界を張ったんだろうね」 

「互いの神力を絶つ為にか?」

「恐らく当代達がな…天帝の命だろう」

「だったら、もう心配ねぇんだな?」

あとはが目覚めるのを待てば良い。その身体と精神を、天姫たる神のものとして。彼等は、彼女が魘されながらも僅かずつ色を戻してゆくのを、ただ見守り続けた。夜半に氷月が戻るまで、そこを離れる事も無く。

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天帝様の神力を抑える為に、四方の将神様方が天宮内部に結界を施されました。天姫様が御目覚めになるまでは解かぬとの事です。次代様方には、各々の館へ戻り休息せよとの命を受けて参りました。どうぞ御引取りを。顔を見るなり告げられた氷月の言葉。否、天帝からの言伝は、守人達にとって承服し難いものだった。その言葉に対する返答は誰もが同じなのも、また然り。

「この状況で休息って言われてもねぇ」

「休める筈が無いだろう。ここを動くつもりは無い」

「戻ったところで…何も変わらぬ」 

「そうそう、どうせ気になって休めねぇだろうしな」

が――。それに対して突き付けられた現実には逆らうことを許されておらず、相手が一枚も二枚も上手である事を思い知る。

「そうですわね、皆様がそう仰るのも無理無き事。ですが……天帝様より、もう一つ言伝が御座いますわ。”己が姿をしかと見よ。我が寵姫目覚めし時、心痛を与えるを好しとするか”と」

悠然と微笑みながらも、逆らう事は許されませんと言外に告げる氷月。何を言っても無駄だと悟り、渋々ながらも館へ戻る事となった守人達。丸三日以上も不眠不休を続けた彼等は死んだように眠り、儀式から五日目の朝。側仕えの者に起こされるまでに、丸一日以上が過ぎていた。



     

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漸く儀式終了〜。さぁて、さくさく行きましょう! (ほんと、早くしてくれない?)
序章は次回で終り…というか、終らせます!いい加減、八葉と遊びたい…じゃなくて絡みたい?う〜ん…とにかく、そんな感じです。 (どういう感じよ?!)
早く八葉と会わせないと、番外編が書けないんですよ。 幾つか”素”が出来てるっていうのに。くぅ…っ、頑張るぞ〜。 (だったら、私を死に掛けにする事ないでしょうに)

今回の一言:ダークシリアスは維持出来ないらしい
ではこの辺で!相方は天姫様でした。 (え?あ、じゃあまた次回、お会いしましょう)





橘朋美







FileNo.006 2006/8/26 ※2010/9/22修正加筆