桜散る
序章一



大した意味も無く、ただ日々を繰り返すだけの人生なんて……退屈極まりない。何かに没頭すればいい。でも、何に?暴動にでも?そんなものに興味は無い。必要とされず、信頼もされない。それなら、こちらもそうすればいい。極力関わりを持たなければ、嫌な思いをする事は激減するから。勿論―――良い思いも。

++++++++++++++++++++

かれこれ一週間ほど妙な天気が続いている。真冬だっていうのに、台風でも来たのかと思える空模様。「…地方を中心とした気の乱れは依然収縮せず、最近の異常気象も気の乱れに因るものかと思…」こんな情報、意味が無い。同じ事ばかり一週間……繰り返すだけなら、オウムにでも任せられそうだ。

「尚、付近では怨霊の活発化も見られる為、周辺区域の住民には最低限の装備装着が呼び掛けられており…」馬鹿じゃないだろうか?六十年も前に鎮まったと伝えられている怨霊騒ぎまで持ち出すなんて。

けど、子供の頃に一度だけ。それらしきモノを見た事がある。誰も信じてくれなかったけど―――。その時だ。自分が体験した事全部をありのままに伝えるのは、無謀な事だと悟ったのは。

++++++++++++++++++++

母方の実家は山麓に広がる集落で、山と竹林の合間にぽつぽつと民家があった。届け物を頼まれて妹と向かった先は、大人なら十分も掛けずに辿り着く隣の家。自分の住む街との違いに興奮して、はしゃいでいる内に……竹林を彷徨っていた。夕方と呼べる時刻は疾うに過ぎ、暗闇を怖がる妹は泣きじゃくるばかりで。それでも妹の手を引いて、笹の擦れる音を聞きながら、ただ明かりを探していた。何故か、怖いとは思わなかった。―――ただ咽喉が渇いて、お腹が減って。このまま死んでしまえば、もう学校に行かなくても済むのに……。そんな事を思っていた。

そして、もう明かりを探さなくてもいいと思った瞬間。薄い藍色の滲んだ銀色に輝く光の塊が現れた。小さな小さな月のように見えた塊は私の頭より少しだけ大きくて少しだけ上にあって、触ってみたいと思ったけれど、近付くと―――ゆらりと逃げた。不思議に思いながら何度も手を伸ばしても、その度に逃げられる。そんな事を繰り返している内に、いつの間にか竹林を出ていた。

そこに待っていたのは、大勢の大人達。一緒にいた妹は『何も見てない』と泣くだけで。”お前は嘘ばかり言う”そんな言葉に涙を零せば、”都合が悪くなるとすぐに泣く”と責められた。自分の見た物を、あの綺麗な塊を信じてもらえない事が悔しくて、涙が零れた。”嘘ばかり吐く子は怨霊に攫われる”必死で泣くのを堪えれば、”叱られるとすぐ不貞腐れて”どうすれば良いのか判らずそのまま見遣れば、”お前は本当に可愛くない子だ”と。

怖い―――と、思った。学校で虐められる時よりも余程怖くて、消えてしまいたかった。もしあの塊が自分を攫いに来た怨霊だったとしても、そこに居る事よりは怖くなかった。寧ろ、心地良い安心感すらあったのだから。けれど……私を攫いに来てくれるかと思った小さな月は、それ以来現れなかった。

それからの私は、どんな人間も怖いものだという認識を持った。子供だろうと大人だろうと、私は邪魔な生き物として見られているのだから……と。

++++++++++++++++++++

「東どころか、北も南も居なかったんだぜ?西に居ると思うか?」

「さあな。ここに居なければ諦めるしかないが、きっと居るだろう」

「この辺りに居るが…まだ月も出ていない。探ったとしても…無駄だろう」

「ご尤も。影響の所為で月が出ない訳じゃないんだから、少し待てば良いさ」


――― 嵐の中で何かを探す男達 ―――


「確かに。すっげえ嵐になってんな。放っといて大丈夫なのか?これ」

「軸の無い状態で四方が人界に揃えば当前の事だ。急がないと拙いな」

「西の天帝には承諾を得ている…始末は請け負うと言っていたそうだ」

「まあ、心配するほどでもないよ。月も御目見えだしね?直ぐに済むさ」


――― 只事ではない様子だが、緊張感は皆無で ―――


「んじゃ、そろそろ行くか!ちゃっちゃと探して戻らねえと拙いだろ?」

「そうだ。事態がこれ以上悪化する前に一刻も早く……ん?これは」

「近い…間違いないだろう。思ったより大きな器だ。空きも…かなり大きい」

「まぁ、小さいよりは良かったんじゃないかな?月も揃ったようだし―――」


――― 仄かに見えた月を合図に空を翔る ―――


「お先〜ぃ!!」

「時間が無い、急げ!」

「そう…だな」

「それじゃ、行きますか」

++++++++++++++++++++


旦那は出張中だし、ゆっくりDVDでも見ようかと電源を入れた時にTVから聞こえてきたニュース。

「なんで嫌な事ばっか思い出すかなぁ」

もう三十年近く昔の事。正確には……何年前だったかな?もうはっきりと思い出せないくらい前だ。思い出したところで何の特にもならない事を考えるのも馬鹿馬鹿しくて、何を見ようかとタイトルを追いながらテーブル上の煙草を取ると……中身は二本だけ。買い置きは無く、時刻は午前二時。こんな時間じゃ自販機は使えない。DVDでも中断したくはないから、仕方なく財布と鍵を手に車へ向かった。銘柄に拘らなければ歩いて一分のコンビニにも売ってるけど、敢えて車で十分ほどのコンビニへ。暇潰しにもならない時間の無駄遣いっていう、ある意味贅沢な過ごし方を選んでた。

飲み物と煙草を買って店を出た途端に豪雨なんて……ついてない。慌てて車に向かったけど、ほんの数秒で大粒の雨が音を立てながら身体中に降り注ぐ。ばちばちと音のする車に乗り込んだ途端に風まで強くなっていて、勘弁してよと言ったところで状況は変わらない。いや、更に悪化したみたいだった。

突然辺りを照らした雷光に少し機嫌を良くして、エンジンを掛けてアクセルを踏む。いつものように、いつもの如く。久々にドライブっていうのも良いかもしれない。そう思った時には、家とは真逆の方向にハンドルを切っていた。

時間帯と嵐の所為か殆ど車を見かけないし、暫くするといつもの半分以下の時間で国道まで出られた。流石に大型トラックは通るけど、やっぱり空いている道路を走るのは気持ちが良い。

「コクイチがガラ空きなんて、こういう時くらいだね〜」

雨音をBGMにして上機嫌で運転している内に、いつの間にか雨脚が弱まって……濃い霧が出始めた。ドライブを諦めざるを得ない状況を惜しみつつ家路を辿る途中で見えたのは、見えない筈の奇妙な光景。

「なんでこの状況で月が見えるの??」

家まで数分の距離で、後は帰ってお風呂とDVDだと暢気に考えていた時。眼に映ったのは―――雨、風、雷、雲、霧。あらゆる障害物に覆われた空に、薄っすらと浮かび上がる夜空の主。

「妙だけど……綺麗」

ここまで来れば急ぐ必要も無いし、じっくり見ようと思って道幅のある場所で車を止めた。見上げた夜空は、一言で言えば異常。―――それに負けない、異様な月。

「冗談……でしょ?」

慌てて外に出て、ごしごしと目を擦って――再び冗談ではない景色を目の当たりにした。それを確認した途端、開け放してあったドアから運転席に転がり込んで……上手くエンジンをかけられなかった。

「なんで月が二つもあんのっ?!しかもこんな天気で月が見えるって異常でしょーよ!違う月が二つって…何なの?どう考えたって変―――全く……訳解んないっ!!」

空にあるのは糸みたいに細い尖った月と、驚くほど大きな満月―――月齢までもが違う。今朝見た暦に記されていたのは下弦の月……いや。上弦だったかもしれないし、半月ですらなかったかもしれないけど。ともかく、こんな両極端な月と間違うようなものじゃなかった事だけは確かだ。

「家に帰って、お風呂入って、落ち着いて、ネットで調べれば何か判る……かも」

身体が震えていたのは雨に濡れた所為か、或いは他の何かの所為だったのか。家までほんの少しの距離が、やけに長く感じた。


++++++++++++++++++++

「おい……幾等なんでも、あれごとってのは拙いよな」

「出て来るまで追うしかないな。しかし、あの速さは一体?」

「このまま追い続けるか…念の為、式神にも追わせておこう」

「あまり時間が無いし、離れない方が良いだろうねぇ。俺は先に行くよ?」


――― あれは東世界には存在しないモノ ―――


「んな判り切った事言ってんじゃねーよ。俺もこのまま追うぜ」

「私は離れると言った覚えはない。追えない速さじゃないだろう」

「忙しないな…視界が悪い、用心に越した事はないだろうに」

「ん〜?止まったねぇ―――出ては来ないけど……どうしようか」


――― 必要なのは中身だけ。殻なんて要らない ―――


「止まってんだったら、俺等が降りてきゃ出て来んじゃねーの?」

「待て、いきなり現れて此方に来いと言っても驚かせるだけだろう」

「確かにそうだが…いつ姿を現そうと、驚かせる事に違いはない」

「当然だね。そもそも、いきなりじゃない方法で現れるなんて出来ないし」


――― 数瞬雨に打たれた中身は、既に殻の中 ―――


「だよな!」

「仕方無いな」

「ん?…待て」

「あ〜ぁ。追いますか」


++++++++++++++++++++


なんとか平常心を保って帰宅したと思ったのに。車を降りて空を見上げ、改めて二つの月に唖然としていると……人影が見えた。

けど、それは問題じゃない。

問題なのは……二つの月と、私を結ぶ間に人影が在るって事。つまり、空中に浮いている人間―――な訳無いっ!けど、怨霊でもない。気配が違う。じゃあ、あれは……何?

「やっと御出ましか―――って……なあおい、本当にあの”人”なのか?」

「恐らく。いや、間違いないだろう。全員が探ったんだ、間違う筈がない」

「これ以上大きな空きは…感じない。これ以上の器は…他に無い」

「確かに。みんな揃って間違ったのなら、それはそれで凄い事だけどね〜」

やいやい言ってる怪しい四人組に気付かれずに鍵を二つ開けるなんて、どう考えても無理。だったら、下手に刺激しない方が良いんだろうな。それにしても、随分変わった格好をしてる。映画や漫画でしか見ないような変わった服装。色が綺麗で装飾も多いけど、歴史的情緒溢れる民族衣装ってトコかな。やたら背の高い男ばかり。でも、やっぱりあれは……人間じゃない。

「で?結局どうするんだよ。そろそろ時間、拙いんじゃねーのか?」

「どうもこうも無い。あの”人”を連れて戻る。此処が最後なんだぞ?」

「間違いでは…ないだろう。皆そうならば…問題無い筈だ」

「代案も無いよ。これ以上の器が居ても、見付からないんじゃ……」


我が器―――其の者だ


「何?器って……っていうか、誰?」

奇妙な感覚―――脳内に直接情報として入ってきたような言葉。その後は、記憶の洪水に襲われるようにして……その場に崩れ落ちた。

「やだ…やめてよ」

「なんだあ?俺等はまだ何も…もしかして天帝が直接やったってのか?!」

「だろうな。時間が無いからだろうが、無茶な事を―――いや、同じ事か」

「そうだな…連れ去る時、苦痛を感じる事に違いは無い。運ぶか」

「月が消えかかってる。拙いな――しっかり掴んでおかないと流されるよ!」

頭の中は走馬灯状態で、誰かに引っ張られる感覚があるだけ。聞こえる声は、きっとさっきの四人組だ。私、どうなるのかな?煩い、頭の中――鎮まってよ。

「南方将神次代、炎尾が命じる。炎の大陽よ……ここに集まれ」

「東方将神次代、雷矢が命ず。雷の小陰よ、我が下に集い来たれ」

「北方将神次代、霧鎖が命ずるままに……霧の大陰よ、此処に集え」

「西方将神次代、風牙が命を受け……風の小陰よ、我が下へ参ぜよ」

四方将神次代が揃いて天帝が下へ馳せ参ずる。理知らば、東天界へと道を開け。


漸く器が…。我が願い、聞き給う”人”が……来る。


真冬の嵐の夜だった。次第に収束しつつある風雨は、いつもの夜明けを齎そうとしていた。西の人界より東の天界へ召喚された女が居た事など、ちらとも感じさせぬまま。……清々しい夜明けを。



       

************************************************************


あまり緊張感のない人達ばかりでしたが、 (そなたの所為であろう)
如何でしたか?これにて西世界とはオサラバ!次回からは天界編です。オリキャラしか出てないし、名前変換無いし…あ、序章はオリキャラだらけで話が進みます。(我等では不服とでも申すか)
名前は数回の内に出てきます。ネタの内なので、ご勘弁を。

今回の一言:呪を考えるのは難しい。 (そなたではな…)
お相手は天帝でした。それではまた。(我も暇しよう。ではな)





橘朋美







FileNo.001 2006/8/12 ※2010/9/21修正加筆