十三夜の月の夜に




「………嘘だろ、おい…。」

まだ閉店まで3時間以上はあるだろうに。

あと2日で満月になる、十三夜の月が見え隠れする、夜がまだ更けて間もない時刻だ。
月明かりも目立たない、ネオンや営業中の店内から漏れる光で溢れる駅前通りでたった1つ。
真っ暗な店内が見える、ガラスの扉に掛けられた『CLOSED』の札。
その下に張られた張り紙には、
『誠に申し訳有りませんが、店主都合で月曜日までお休みさせて頂きます。』
とあるのを信じられない思いで何度も何度も確認する。
そして………。

ゾロはそのドアの前で呆然としてしまって、持っていた鞄と温泉饅頭の入った紙袋を落っことしてしまった。




思い返せば今週の初め、月曜日に出社した時の事だった。
豪く慌しいフロアに首を傾げつつ、ゾロが「おはよ〜っす。」と上司に声を掛けた時だった。
ゾロに背を向けて電話をしていたから気付かなかったが、振り返った上司は顔面蒼白で。
こくこくと頷きながら引き攣る上司に、へ?と疑問の顔をしたゾロだった。

何でも取引先で先週詰めていた仕様が引っ繰り返ったとの事。
それも、全ては先週1週間病気で休んでいた先方の部長が出社したなりの一言だったと言う。
「この仕様じゃデータが足らんだろう。」と。
あれこれと言われている内に、データベースも弄らないとダメ、帳票も1から作り直し、FPにもデータを落として欲しい等色々
追加事項を増やされて、取引先に行っていた担当者がパニクってしまっているらしい。
上司も上司で、決まっていた仕様を元に人月の調整及び予算をくみ上げて、今日にも取引先と交渉しようとしていた矢先
だった為、こっちもこっちで一杯一杯なようで。
「頼むからお前行ってくれないか?2・3日で大丈夫だと思うから。」
と上司に泣きつかれ、その必死な様子に思わずこくこくと頷いてしまったのだ。

それが、全然帰れなくなるとも知らずに。

着替えをマンションに取りに行き、電車で目的地に向かう途中、サンジには電話を入れた。
本当は店に寄って直接声を掛けようと思ったのだが止めた。
顔を見たらきっと行きたくなくなるだろう。
会社に断りの電話を入れてしまうかもしれない。
そんなゾロに、サンジが呆れてしまうだろう。
「仕事もまともにできねぇのか、てめぇは!」と怒られる事必死だ。

サンジの前では一人前の男でいたいから。
サンジの自慢になる、ちゃんとした男でいたいから。

それでも電話口でしょげるゾロ相手に、サンジは笑いながら言った。
「なんだ、熱海なら結構近いじゃねぇか。昔は新婚旅行のメッカって言われた、折角の温泉地だ。楽しんでこいよ。」
「新婚って………仕事なんだぞ。温泉なんぞ、入れるか。」
「まぁ、2・3日なんだろ?週末はウチに居るんだし。」
「そりゃあ、そうだけどよ。………サンジ、寂しくねぇのかよ?」
「ば〜か。平日だろ?居ても居なくても一緒じゃねぇか。」
「…………。」

確かにそうだ。
平日は仕事で遅くなる日が多くて、帰れば大抵朝早いサンジは寝てる。
ゾロが就職した端は起きててくれてたが、ゾロが断った。
翌朝サンジが辛そうだからだ。
ただでさえ、ゾロより早く起きるサンジなのだ。
土日はまともに寝かせてやれてないし。
夕飯もレンジでチンで構わないと伝えたら、最初は渋っていたサンジだったがゾロの説得に応じた。
「……オレのせいで疲れてるアンタを見てらんねぇ。」
とゾロが言ったから。
「バカだな、ゾロ。」
そう言って、サンジが嬉しそうに笑ったのをゾロは今でも鮮明に覚えている。

「ま、頑張って来いよ。……土曜日の夜、楽しみにしてるぜ。」
サンジが励ましの言葉の後に、色っぽい台詞を小さい声で囁いてくれて。
そのバックから、やんややんやの大歓声が聞こえる中、ゾロもサンジの耳に直接語り掛けるような声で囁いた。
「待ってろ。アンタん中、オレのでいっぱいにしてやる!」


それが今週の初め。
そして今は土曜日。

なんと6日間も掛かってしまったのだ。

相手方の部長を説得し、どうしても今回入れたい仕様を話し合い、双方の意見を取り入れて。
途中から上司も交えて人月の調整と予算を決めて。
途中でサンジに連絡をいれようにも、中々開放してもらえずに。
いつも気付けば夜中。
電話してサンジを起こすのも忍びなくて。
漸く今朝早く、起きているだろうサンジへとマンションに電話をしたのだ。
「まだ、帰れそうにないんだ。」と。

きっとあっさり、仕方ねぇなとか言うのかと思った。
自分より大人のサンジだ。
仕事だから頑張れとか逆に励ましてくれるのかと思った。
でも………。

「…………そっか。」
とひと言だけ。

その口調がヤケに哀しげで。
今までに聞いた事の無いような寂しげな声で。

「わかった。帰ってくる時に電話くれ。」
そう言ってゾロが何か言うのを待たずに、電話が切れた。
その途端、ゾロの中でカチッと外れた。
サンジへの気持ちを必死で封じ込めていた大きな大きな恋袋の留め金が。

与えられた仕事をいつもの3倍のスピードでこなし。
上司と担当者に全て引き継いで。
止める彼らに、週明けには戻ると告げて。
慣れぬ土地で迷子にもならずに、一心不乱にただサンジに会える事だけを考えて。

漸く戻ってきたっていうのに。

真っ暗な店内を幾ら外から必死になって覗いても、人影も無い。
本当にサンジは居ないのだ。

取引先を出た時点で、喫茶店に電話をしたら何回コールしても出なくて。
携帯に電話しても、留守番サービスに接続されてしまう。
マンションも当然留守電で。

気が抜けた身体を喫茶店のドアに凭せ掛けて、ゾロは空を見上げた。
薄雲の掛かった夜空。
時折覗く大きな月が、サンジを髣髴させてゾロの胸が痛む。
早く見つけたい。
見つけて、抱き締めたい。
なのに………。

サンジの行き先なんて、マンションと喫茶店の往復しか自分は知らない。
思い出の場所といっても、サンジと初めて会ったバラティエくらいしか思い付かない。
そのバラティエも、ここ最近はとんとご無沙汰のはずだ。
第一、サンジの休みは1週間に1日しか無い。
大抵前夜の熱い情事が祟ってか、昼頃までベッドでゴロゴロして過ごしてしまう。
其処から出掛ける事など、中々出来なくて。
それでもゾロが学生の時は、毎日一緒に居られた事もあって満足していたのだが。

ゾロも時にはどこかに連れて行ってあげたいとは思うのだ。
サンジから話を聞いてれば、ゾロと付き合うまでは日曜日は出掛けた事が無いというのだ。
育ての親はレストラン経営の為、日曜日など暇になったことが無いと。
自分が喫茶店をやり始めてからは、それこそ喫茶店のメニューを試行錯誤していたと。
それを笑いながら話すサンジを見て、思うのだ。
自分と色んなとこへ行って、色んな思い出を作ってやりたいな、と。
にも拘らず、中々そんな機会は訪れない。
自分も仕事で疲れていたり、何よりサンジが立てなかったり。

(そんなオレに厭きちまったのかな?)

自虐的な考えが頭を過ぎった、その時だった。

「お、ゾロじゃねぇか。サンちゃんには会えたか?」

翳った月を見て溜息を付いているゾロに声が掛けられて。
声のした方を向くとそこには常連客のシャンクスが立っていた。

「シャンクスか。………??どういう事だ?」
「え?会ってねぇの?」
「サンジがどこ行ったか知ってんのか?」
「あ、いや……今日いつもみてぇにエースとお茶しに来たんだけどよ。」

シャンクス曰く、余りにも上の空のサンジにエースと2人で詰め寄ったらしい。
それでも中々、サンジが口を割らなくて。
エースがゾロの携帯に電話して聞くと言ったら、急に慌てだして。
その時、聞いてきたというのだ。
「なぁ、出張ってそんなに大変なのか?」と。
シャンクスもエースも出張の経験は両手で足りないくらいある。
ただ、ゾロとは違い、営業畑だから出張に行った先で延長ということは余り無いのだけれど。
ゾロの場合技術職だから、仕事が終わるまで帰れないって事もあるのだろうと伝えてくれたのだと言う。
「………電話も出来ねぇくらいか?」
「う〜ん、缶詰にされちゃうとそういうこともあるんじゃねぇ?」
「ヘタしたら、メシ喰う暇もねぇ事もあると思うぜ。」
2人して珍しくゾロ側に付いてサンジを励まそうにも、まだ納得いかない様子だったらしい。
そんなサンジにエースが、ならさと提案をしたのだとか。
「サンちゃん行ったげたら?喜ぶんじゃねぇ?」
「………邪魔になっちまうだろ。」
「そりゃ、仕事先には行けないけどさ。行く時落ち込んでたんだろ、アイツ。サンちゃんが待っててやればゾロも頑張れるん
じゃねぇ?」
「………そっかな。ありがと、エース。」
そう言って、漸く笑顔を少し見せたのだとか。

「周りの常連さんも勧めてくれて、早々に店を閉めて帰ったとかって聞いてるぜ。」
「じゃあ、じゃあ、サンジは………。」

もしかしたら…そう思って、ゾロはもう一度鞄を持って駅へと走る。
見送るシャンクスに、土産と言って温泉饅頭を放り投げ、後ろ手で手を振りながら。

急いで切符を買って、駅構内を走る。
そして、先程乗ったのとは反対方向行きの電車に飛び乗った。

車窓から見える海原をみながら、ゾロは唯只管祈った。
どうか、どうかサンジがそこにいますように、と。




もう、既にとっぷりと日が暮れた温泉地。
駅を降りて、タクシーに飛び乗って、付いたのは海岸。
何でも『こんじきやしゃ』とか言う有名な小説があるらしく、それに出てくる人物の銅像がデンと置いてある。
其処まで来て、ふうと溜息を吐いた。

思わず来てしまったけれど、本当にサンジは此処にきているのだろうか?
周りを見渡しても、見慣れた痩躯は見当たらない。
海岸に面した遊歩道を一通り見て廻っても、視界に入ってくるのは壮年のカップルとか犬の散歩をする地元の人だけで。
もう一度、銅像の傍まで来て、そこに手を付いて息を整える。

やっぱり、サンジはここへは来なかったんじゃないのか?
実は、全然連絡も入れなかったゾロに怒ってどこかへ誰かと行ってしまったのだろうか?

そう思うと、妙に悲しくなってその場にペタンと座り込む。
そもそも人気者だったサンジ。
それが自分なぞに振り向いてくれた事自体、奇跡だったのに。
いい気になんてなってなかったけど、サンジにはそう映ったのかもしれない。

遠く海に映る月に、サンジの面影を見る。
遠くで光り輝く憧れの、それを。

傍に居るのが当たり前になりつつあった昨今。
それでも、眠っているその顔を見る度に幸せな気分にさせてくれた年上の恋人。
そこに居るだけで、胸が一杯になるほどの喜びを与えてくれた最愛の人。

一緒に居る時は気付かなかった。
自分から離れてしまうんじゃないかという不安が、常に胸の何処かに潜んでいた事を。
それが1週間の出張という不可抗力の出来事で、こんなにも大きく膨らんでしまって。
今にもゾロの胸を突き破って、ゾロを内側から破壊しそうなほどで。

打ち寄せる波を見ながら、遊歩道脇の欄干前で跪く。
俯いて、零れ落ちそうになる涙を必死に堪えて。
ギュッと膝の前で拳を握り締め、自分自身への苛立つ思いをそれに込めて。

「………サンジ……。」

手放したくない、何よりも自分に必要な人の名を呟く。

そんなゾロを月の光から遮断する、1つの陰。
その手に、こつんと当てられた革靴の先っぽ。

きょとんと見上げれば、先程の憧れの輝きが直ぐ目の前にあった。

「どした?ゾロ?」
「………サンジ?……サンジ、か?」
「おう、来ちまった。………って、おい!ゾロ?!!」

自分の前にしゃがんで笑うサンジを、ゾロは思い切り抱き締める。
会えなかった1週間を取り戻す為に。
抱き締めたかったその身体が目の前にあると実感する為に。
………サンジの温もりを、匂いを感じ取る為に。

涙ぐんだ情けない顔を見られたくなくてサンジの肩に押し付けたら、サンジがポンポンと背中を優しく叩いてくれた。
そして、ゾロの心中をわかっているのか、こう呟いてくれた。

「どこにも行かねぇよ、ゾロ。」
「………サンジ…。」
「オレはどこにも行かねぇ。てめぇも……。」
「………………?サンジ?」

そこでサンジが言葉を止めるから、ゾロが顔を上げようとしたら。
後ろに廻した手で、サンジがギュッとしがみ付いてきて。

「てめぇも、行くなよ。」
「………おう。」

その声に、自分だけでなくサンジも寂しかったのだと悟る。
だから、ゾロもサンジの身体を思う存分抱き締めた。
腰を強く引き寄せて、項に顔を寄せて。

ふと見上げれば、先ほどまで薄雲の掛かっていた月が顔を出していた。
その淡い光の温かさに感謝する。
さり気なく、それでもしっかりと照らし出してくれる柔らかな光に。
今自分の腕の中にいる、愛しい存在に似たその明かりに。

そんな淡く光る月の下、どちらからともなく寄せられた唇が重なり。
その陰はいつまでも離れる事無く寄り添っていた。




チャプンチャプンと湯が湯船の縁に当たる音が、夜の静寂の中響き渡る。
その音に混じって洩れる、押し殺した吐息と喘ぎ声。

「………ん……ふっ……ぁうん……。」
「声、出してくれ。聞きてぇ。」
「ば……っ………あっ……隣、に……やっ…………響く…ぅん……。」

サンジがそう心配するのも無理はない。
2人が交わっているのは、ベランダに設置された個室用露天風呂なのだから。

あの後、無言で手を取るサンジに連れられて着いたのは、近くの結構豪奢なホテルだった。
「お帰りなさいませ。」と声を掛けられて、サンジがそのホテルにチェックインしていた事に気付く。
フロントで鍵を受け取り、話す事無くエレベーターに乗り、部屋の鍵を開けて。
室内に滑り込んだ途端、電気をつけるのも忘れて抱き合い、キスをした。
舌を絡め合い、その場で互いの服を脱がし合う。
その場で性急に押し倒そうとするゾロをサンジが必死で制して。
全裸のまま、サンジが導いたのが、その小さな露天風呂だったのだ。

ベランダの手摺に上体を預け、片方の膝をその縁に上げて。
うっすらピンク色に染まった双丘を背後のゾロに向けて。
クチクチといやらしい音を立てる、その間に蠢くごつい指先に中を抉られながら。
声を殺そうと必死で自分の腕を噛むのだけれど、その度にサンジの陰茎を弄っているゾロの手が離れてサンジの頬を撫でる。
それが嫌なのか、弄って欲しいのか、口を開いて、腰をくねらせて。
必死で嬌声を堪えるサンジが、堪らずゾロを振り返る。

「やぁっ、やめんなっ……ゾロ、ゾロっ……声洩れちまうっ!!」
「いいじゃねぇか、聞かせてやれよ。まぁ、そうやって声殺すアンタも最高にそそるけどな。」
「んんんっ……も、ゾ……ロっ……挿れっ……!!」
「ああ、オレも我慢出来ねぇ。」

サンジの中を弄繰り回していた指が抜かれ、熱い塊がサンジの太股を撫でるように滑り上る。
そして、熱の籠もった両掌で双丘を押し開き、ゾロは一気に己の肉棒をその中へと突き入れた。

「ぐぅっ…………!!」
「っ………キチィ…っ!!」

久々の挿入に互いの接合部分が悲鳴を上げる。
それでもその痛みが、きつさが今までの自分達の心の悲鳴と合致して。
徐々に、徐々にそれが快感と変わっていく。

「あっ、あっ……ゾロっ……イイっ!すげぇ…、イイっ!!」
「ああ、オレもだ、サンジ!」
「もっと…もっと、……ゾロ……突いてっ…奥っ!!」
「あんま煽んなよ。すぐイっちまうぞ!」
「イイっ……こん、で…終りじゃぁっ……ねぇんだ、ろがっ!!」
「当然!まだまだこれからだぜ。覚悟しとけ、サンジ。」

グググッと勢い良く奥まで突き込まれたゾロの欲望に煽られて、サンジが感極まって吐精する。
その時のサンジの顔が綺麗で。
目から零れ落ちた涙が、口元から溢れる唾液と混じって、一段と艶冶で。
それを照らす月明かりに輝いて、ゾロの欲熱を更に上げていく。
イったサンジにはきつ過ぎるほどの抽挿を抑える事が出来なくて。
堪え切れずに発されるサンジの喘ぎ声にも煽られて。
サンジの一番奥深くで達した時、見えた月は妙に眩しかった。



風呂での一戦後、案の定それで終りの筈もなく。
サンジがもうダメと泣き言を言うまで、ゾロはサンジを求め続けた。
そして、腕の中でまどろむサンジをゾロは背後からギュッと抱き締める。
そんなゾロに、サンジがぼそっと言った。

「なぁ、ゾロ。オレさぁ……。」
「ん?何だ?」
「オレさ、眠てぇし、今すっげぇふわふわしてっから、今から言う事あんまマジで受け取るなよ。」
「???」

くるっと向きを変えて、ゾロの胸に顔を埋めたサンジが目を閉じて話し始める。

「オレ、てめぇに満足した事ねぇんだ。」
「?!!!」

ぎょっとして腕の中のサンジを見るゾロに、サンジが目を一旦開けて苦笑する。
そして、ふるふると首を横に振り、ゾロに笑顔を向けると軽くキスをしてきた。

「そうじゃなくてさ。てめぇのテクが無いとか、てめぇのする事が物足りねぇとかそういう意味じゃねぇよ。」
「……………じゃあ、何だよ?」
「ん?んん〜〜、てめぇが足りねぇっていうかさ。」
「オレが?」

本当に眠そうにくあぁと欠伸をしてから、サンジが温もりを求めるようにゾロの胸に擦り寄って。
ぼそぼそと、独り言のように呟く。

「そう。好きになって貰ってさ、こうして抱き合うようになって、一緒に住むようになって。ホントならさ、真ん丸ではちきれそうな
満月みてぇによ、これ以上無いくらい幸せじゃなきゃいけねぇだろ?」
「………そうじゃねぇのか?」
「いや、幸せだぜ、実際。でもよ、こう、足りなくなっちまうんだよ。次から次へと、別の望みが増えてっちまって。もっと一緒に
いたいとか、会社に行ってるてめぇの顔も自分が独り占めしてぇとか、出張なんて行って欲しくねぇとか。」
「…………サンジ。」
「一時でもてめぇを占有してる全てが羨ましくなっちまうんだよ。駅の改札員にすら、さ。でもこんな我侭さ、てめぇに言ったら、
てめぇは優しいから本気にしちまうかもしんねぇ。それに、うざがられるかなとかって思って今まで言わなかったけどよ。
………正直今回のはすげぇ堪えた。てめぇのぬくもりも感じられねぇ、寝顔も見れねぇ、声も聞けねぇ。存在が感じられねぇ
だけで、こんなにもダメなんだ。………情けねぇよな。」
「そんなん、そんなんオレも一緒だぞ!」
「…………そっか?ははっ、嬉しいな。」

そう言って、笑いながらサンジが目を閉じる。
目を閉じて、漸く安心したかのように、直ぐに寝息を立て始める。
きっとゾロが出張に行ってから碌に眠っていなかったのだろう………ゾロと同じように。
それを確信して、ゾロがその穏やかな寝顔を暫し貪るように眺める。
自分の腕の中で眠る恋人の寝顔を、カーテン越しに照らす淡い光が照らし出す。
その横顔を堪能して、ゾロは思う。
思って、そして聞いてはいないだろう眠りの国の住人に話し掛ける。

「なぁ、アンタは我侭っていうけどよ。そんなの、全然我侭の内に入んねぇよ。きっと年下で頼りになんねぇのかもしれねぇが、
もっとぶつけてくれていいんだぜ。絶対うざくなんかならねぇ、寧ろ嬉しいだろが。オレは、アンタに頼られる人間になりてぇん
だよ。」
「………ん……ゾロ。」

聞いていたのかと思い、顔を覗き込んだが、その顔はやはり穏やかなもので。
寝言で自分の名を呼ぶ愛しい人の額に軽くキスをして、ゾロも眠りにつく。

自分の方こそ、全てを独占したいのだ。
朝から晩まで傍にいて。
こうして寝ている、その吐息まで全て。
でもそれは不可能な事だ。
互いに自分があって、仕事があって、人生があって。
重なるようで重ならないのは、どんなに愛し合うもの同士でも必然の摂理なのだろう。
こうして気持ちを繋ぐ事が、こんなにも幸せで、こんなにも胸が痛くなるなんて思いもしなかった。
それをサンジも感じてくれていると知って、その想いは更に強くなる。

もっともっと成長して、大人になって。
サンジを、自分自身を支えられるようになるまで。
ただ無心に全てを与え合うのは無理としても、せめて。
せめて、時にはずれてもいいから、互いに寄り添い合っていけるように。
ずっとずっと、想い合えるように。

腕の中の優しくて綺麗な寝顔をもう一度見つめてから、ゾロはその目を閉じる。
漸く触れる事の出来た愛しい痩身を抱き締めて。
決して満足する事の無い、成長するサンジへの独占欲をひしひしと感じながら。

眠る2人を柔らかく包み込むように照らす、真ん丸になり切らない十三夜の月に己の気持ちを重ね合わせて。




月曜日、結局ゾロは会社を休んだ。
会社に電話をしたら、土曜日のゾロの仕事振りが功を奏したのか、何とか事態は納まっていたから。
土曜日の振替で、サンジと新婚旅行気分で熱海を楽しんだのだ。
そう、ゾロは楽しんだのだが………。

「結局、さしていつもの週末と変わんなかったな。」
「あ?なんでだ?」
「なんでって……マンションがホテルに変わっただけで、結局一日中部屋ん中だったじゃねぇか。折角の旅行だったってーの
によ。」
「………悪ぃ。でも、アンタだって相当乗り気だったじゃねぇか。」
「そ、そりゃあ……大体てめぇがとっとと仕事済ませて帰ってこないからだろ?」
「だから、それは………悪ぃ、今度はちゃんとどっか行こうぜ。」
「ま、しゃーねぇな。楽しみにしてるぜ。」

月曜日の夕方、臨時休業でお客のいないサンジの喫茶店に翌日の仕込みの為に寄って。
カウンターに座って寛ぐゾロと、その中で仕事を片付けていくサンジが笑いながら話をしていた。
それを、シャンクス・エースをはじめ常連客たちが遠巻きに見守りながらホッと胸を撫で下ろしていたのに2人は気付かなかっ
たが。


その後、ゾロが会社を辞めてサンジの傍にいるなどと言い出して、サンジを大いに慌てさせた。
そして、サンジに頼まれて渋々退職は諦めたものの、ゾロは暫くの間定時退社して喫茶店に入り浸った。
そんなゾロを、サンジが呆れながらも嬉しそうに見ていたのは、また別の話。




END


リク内容遵守。
「てめぇも行くなよ。」のしがみ付くサンジvvBGMはB’●『月光』で。




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