Medicine of the heart




不寝番に当たっていた俺は、いっそ気持ちがいい位すっかりその役目を放棄して眠っていた。
『ゾロ――――』
(・・・・・・?)
誰かに呼ばれたような気がして目を覚ます。
切なく、淋しげな声が自分を呼んだような気がするのに、回りを見渡しても人影は無い。
覚醒しないまま何となくラウンジに目を向ける。
既にラウンジの灯りは落とされていて、主が居ない事を物語っていた。


眠気覚ましに一杯引っ掛けるかと、ラウンジの扉を開け一歩踏み入れた。
誰も居ないと思った、真っ暗なラウンジから僅かに人の気配がする。
これはクソコックのものだ。
息を殺して気配を隠そうとしているのが判る。
視界に入る場所には居ない。
恐らくこの扉の影、ここから死角になるあたりに座り込んでいるようだった。
直ぐに踵を返して出て行けば良かったのに、何事も無かったように出て行くには、
その場に立ち竦んでいる時間が長すぎた。
かと言って、「誰かいるのか?」と声を掛けるには、白々し過ぎる。
普段喧嘩ばかりの相手には、当たり前のコミニュケーションの取り方が判らなかった。
「何かあったのか?」もしこれが、他のクルーだったら言えたかもしれない一言も出てこない。
多分、クソコック自身も望んでいないだろうと思えたから。
何と言ってもヤツは泣いていたみたいだった。
そんな状況をどう対処していいのか、俺には見当も付かない。
コックも俺がどう出るか、固まったままピクリとも動かない。
こんな場面に踏み込んで来た俺を、罵倒して追い出しもしないから、
余計に深刻な気がして動けなかった。
ラウンジに一歩踏み入れたまま、どれくらいの時間立ち尽くしていただろうか?
普段使わない頭をフル回転させ思案していたが、いい解決策が見当たらず、
面倒になってきて、えいままよと殊更大きな足音を立てズカズカとラウンジへ侵入した。
そのままどっかりとクソコックの隣に座り込む。
俺が姿を現してから、ずっと息詰めていた男は初めてビクッと身体を震わせた。
腰を降ろしたはいいが、結局何も言えずただ黙って隣に座っている俺に、コックの方から声を掛けてきた。

「カッコ悪ぃトコ、見付かっちまったな」
「偉そうなことばっか言ってっけど、情け無ぇよな」
「ホントはよ、根が暗ぇんだよ」
「後ろ振り返っちゃ、後悔して」
「先を考えちゃ、不安ばっかでさ」
「自分の居場所が判んねぇ」
「何か焦って、どうしたらいいか判んねぇで・・」

「おい」
「本当はよ、自信なんかこれっぽっちも無ぇんだ」
「おい!!」
「こんなヤツで、呆れただろ?」
「もう止めろ」

一度口を開くと、沈黙を怖がるように止まらなくなった台詞を遮り、肩を抱き寄せた。
「自分を追い詰めんな。誰だって不安になることくれぇある」
見られたくは無いだろうと、顔は逸らしていた。
抱いた肩から僅かに震えが伝わってくる。
堪え切れなくなって、泣いているようだった。

例えばウソップ辺りなら上手くこの場の雰囲気を和ませたかも知れない。
昼間の陽気なコックから想像も付かないほど、暗い影を落としている原因は何か
気になっても、訊き方が判らない。
どうにかして遣りたくても、上手い遣り方も判らない。
慰めの言葉なんて知らない。
きっと、ヤツも慰めて欲しい訳じゃねぇだろうし。
俺が来なければ、自分の中で折り合いをつけて、朝にはいつもの顔を見せたに違いない。
俺は、黙って肩を抱き続けるしか出来なかった。

「サンキュ・・・」
静寂の中でさえ、漸く聞き取れる程度の呟きが耳に届いた。
どういう顔をしたらいいか判らない。そんな風に聞き取れた。
泣いたことが照れ臭いのだろう。
そう言えば・・・
「てめぇ・・俺を呼んだか?」
「え・・・・・?」
「や、何か誰かに呼ばれた気がして、目ぇ覚めて・・・」
「・・・今、さらっと見張り放棄してたって聞こえたぞ?」
そう言いつつも、コックは僅か笑っているようだ。
暗闇の中で慣れた目が、その顔立ちを捉えて安堵した。
「敵が来たら目ぇ覚ますから大丈夫だ」
「知ってるよ。その辺は信用してるぜ。でも見張りは見張りだろ?」
穏やかな会話が続くのが不思議だった。
もう肩を抱くこの手を除けてもいい筈なのに、何故かその気になれない。
コックも払い除ける事をしない。
「ん?てめぇこそさらっと、俺の質問スルーしやがったな」
「・・・なにが」
「俺を呼ばなかったか?って聞いたんだよ」
「はぁ・・・こんな時ばっかり、誤魔化され無ぇってどういう了見だよ・・・」
「じゃあ、呼んだんだな」
「呼んだ・・・・・つーか」
「何だよ?」
「声に出しては呼んでねぇよ!なのに、何で聞こえたんだよ。やっぱ獣か?!」
顔を背けて、一気に捲くし立てる。
そんなコックの様子を見ていたら、俺の中で何かが弾けた。

初めて見せられた色んな顔に、感じたことの無い感情が一気に雪崩込んで来た。
抱き締めたい・・・・・
それまでしていた様な、肩を抱く――――
そんな意味合いじゃなく、しっかりこの腕の中に抱き込みたい。
ぎゅうぎゅう抱き締めて、安心させてやりたい。
辛い時は、いつでもこの腕の中で泣かせてやりたい。
なんだ?この気持ちは・・・・・・

抱く手に力を入れて引き寄せる。
抵抗は無かった。
そのまま両腕で拘束しても逃げない。
何となく身を任されているように感じるのは、思い過しだろうか?


「なあ、クソコック」
「・・・・・なんだ?」
「俺が今からいう事を最後まで怒らねぇで聞いてくれるか?聞き終わってからなら
蹴り飛ばそうが、何しようが構わねぇから」
「・・・・・ああ」
「俺はどうやらてめぇに惚れてるみてぇだ。・・・いいや、違ぇな。みてぇじゃなくて、惚れてんだ。
てめぇも男で、俺も男で。甘えた関係にゃ成れねぇかもしんねぇ。でもよ・・・思ったんだが
甘える場所・・つーか、落ち着ける場所ってのは要るんじゃねぇか?
俺は今夜みたいにてめぇがちょっと弱ってる時、側にいてやりてぇ。
それとも、やっぱ見られたくねぇか?」

上手く伝えられたか判らない。
抱き締める腕に力を込める。
言葉で伝えきれない想いが通じるように願いながら。
気持ち悪いこと言うなとか、蹴飛ばしてきたりとかするでもなく、身動ぎ一つしないその顔を覗く。
「・・・・・もう、駄目だ」
俯いて固まったまま動かないサンジの目から、一筋の涙が零れた。
「何がダメなんだ?」
「俺は我侭なんだ」
「どんなてめぇも、全部てめぇだ。俺はてめぇが何考えてんのかなんて判らねぇ。
だがよ、丸ごとのてめぇを認める。受け入れる。だから、俺の前では全部曝け出せ」

「そんなこと言われたら、甘えちまう・・・」
「甘えろよ」
「てめぇの行く道の邪魔になるに決まってる」
「それは俺が決める」
「離れられなくなっちまう」
「離れんな」

「お前が死んだら、俺は気が狂う―――」
手に入れたが最後、無しではいられなくなってしまう。
それが怖いとコックは言った。

「俺は死なねぇ。確かに保障なんか何処にもねぇかもしんねぇ。
あるのは、死ぬつもりがねぇという意志だけだ。それでも俺は死なねぇ。
コック、俺はてめぇを置いて、絶対死なねぇと誓う」

「駄目だ。お前が居ねぇと、立ってられなくなんのは嫌なんだ。お前は俺を弱くする・・・」
「バカ言うな。てめぇは、そんな弱くねぇ。水分補給するみてぇに吸収したら、俺なんか蹴飛ばして
どっか行っちまうのは、絶対ぇてめぇの方だ」
俺はそっちの方が淋しい、とニヤリと笑った。

今なら、どんな事だって言ってやれる。
本当は強い男だと知っているから。
自分に負けない男だと知っているから。

「俺はこれからもっとてめぇを甘やかすぞ。ちょっとでも、辛そうな顔をしてみろ。
どこでだって、ぎゅうぎゅう抱くからな。不安そうな顔してたら、誰の前だって関係ねぇ。
膝に乗せて撫で撒くってやる」
冗談交じりに言った台詞は、半分本気だ。
コックは鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。
まん丸くしていた目は徐々に細められて行き、次第に口元に笑みが零れた。
「お前にゃ、適わねぇ・・・」
一言呟いたコックは、見たことも無い綺麗な笑顔を俺に向けた。


その後コックは一人で泣く事はしなくなった。
今では少し心に抱える事が出来ると、猫のように自分から懐に入って来る。
居場所を見つけたというように。
俺は黄色い頭に口付けながら、思う存分甘やかす。
それが俺にとっても癒しになってると、最近になって気が付いた。
愛しい存在が大きな力となって、更に俺は強くなる。
きっとコックも同じだろう。

「ゾロ・・・・・」
今、俺を呼ぶ声は、はっきりこの耳に聴こえる。

切なく淋しげに響く声はもう聴こえる事はない。


                        END




『あくあまりん』のまりのさまより10万打お祝いとして頂いちゃいましたvv
何でも私が弱ってる時(笑)に思い付いて下さったそうでv
減り込み甲斐があったよvv(←日本語おかしい?)

いやあああん、ゾロが優しいよおおおおおおっ!!
頼るべき相手はゾロしかいないのに、そこで我慢しちゃうサンジが可愛いv
でも、限界でどうしようもなくて心情を吐露しちゃうサンジを甘やかす事が出来るゾロの懐の大きさに惚れちゃったv
やっぱり、まりのさんのSS大好きだ〜〜〜〜っ!!
お互いゾロに惚れるサンジスキーだもんねvv
サンジになってゾロに慰めてもらいました!!嬉しいよ〜〜〜〜〜〜っ!!

胸がきゅんとなって最後にはほっかり温まるSSをありがとうございました!!




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