3年目の・・・




そもそも原因は何だったのか?
それすら覚えていない。
ただ、とにかく腹が立って。

ラウンジで背を向けるヤツを振り返ることなく、その扉を乱暴に閉めて。
寄港していたのをいいことに船を飛び下りたのが、今朝まだ陽も明けきらぬ、空白む頃だった。




―――熱ぃ。

顔を焼くような熱い日差しに耐えかねて、目を覚ます。
寝始めた頃は木陰に入って居た筈なのだが、お日様の居場所が変わる程寝ていたのだろうか。

そういえば、秋島でも初秋に近いってナミが言っていたっけか。
残暑厳しいこの日差しに、眩暈がしそうだ。
でも、こんな体験は久しぶりだ。
体に降り注ぐ陽の光で眠りを遮られるのは。

―――いつも気付けば夕方だったような………。

数日前に眠りが浅くて、その気配に気付いて目を開けたらコックが横に座ってた。
「お、起きたか。」
そう言って太陽を背に笑うコックが眩しくて。
不安になって………幻かと、傍から居なくなるのかとそう思って。
グイッと腕を掴んで引いて、抱き締めたっけ。
コックはケタケタ笑いながら、てめぇ熱ぃよとか言ってて。
でも腕を回したコックの背中の方がよっぽど熱かった。
てっきり暑いにもかかわらず、黒のスーツなんぞ着込んでたせいかと思ったんだが。

―――コックが陰になってたのか。

灰皿には吸い殻が3本位入ってた気がする。
持ち歩く時は前もって必ず空にするコックだ。
30分は隣で待っていたのだろう。
ゾロが目を覚ますのを。
時間があれば、隣に来てくれていたのだろうか。
陽射しのキツい時間帯に、夕飯を作る合間を縫って。

―――オレの事、結構見てんだよな、アイツ。

昼寝後、自分の脇を見れば必ずと言っていい程、冷えた飲みものが置いてある。
風呂上がりには、ビールとつまみが机の上に。
朝皆より遅く起きていけば、コーヒーが。
そんな自分に数分と遅れる事無く現れて、自分が1人で居ることの無いように。
かと言って、それをほのめかす事もせず、感じさせもしないのは、コックの優しさとプライド。


そう思ったら、何だか急にコックの顔が見たくなった。
コックの笑顔が。


でも喧嘩して出てきた手前、自分が帰っても笑って迎えてくれるとは思えない。
また喧嘩越しの口調と視線を向けてくるだろう。
自分もまだまだ人間出来てないから、応酬することは必至だ。

―――アイツの機嫌取るにゃどうすりゃいい?

そう思って身体を起こして回りを見渡した。
船を降りて、真っ直ぐ繁華街を目指した筈が、どういうわけか森の奥まで入り込んでいて。
とりあえず高い所に出れば、自分がどこにいるか解るだろうと上へ上へと登っていって。
気付けば山の頂上だ。
急にぽっかり開けたその場所は、この島でも一番高いところなのだろうか。
周囲をよく見渡す事が出来て。
きょろきょろと当てもなく視線を巡らせていると……。

―――あれだ!!!

ピンとくるものが目に入って、ゾロはそこへと駆け出した。




「何か悪いわねぇ、お兄ちゃん。」
「いや、オレのほうこそ、突然すまねぇ。」

畦道に腰掛けて、お握りと茶を振舞ってもらいながら、ゾロは目の前に詰まれた稲穂を見る。

そう、山の上から見えた、コックの頭を髣髴させる黄金色のそれ。
ゾロが登っていった側の、ちょうど反対側にあったそれは棚田で。
1人の老婆が黙々と稲刈りをしていたのだった。
ゾロが近寄っていって聞けば、稲刈りに呼んだ息子夫婦が仕事の都合で1日遅れると言う。
もう1日待ってもよかったのだが、何となく気になって1人でも少しでもいいから刈ってしまおうと思ったのだとか。
だが如何せん人手が足りず、困っていたと言うのだ。
そこでゾロは、こう持ち掛けた。
『手伝う代わりに少し分けてくれないか?』と。
刃物捌きには自信がある。
自身の刀で一瞬で片付けることも可能だが、それは今回は止めにしておいた。

コックを怒らせた原因に思い当たったからだ。
少しでも努力しないともう取り戻せないかもしれないと焦ったからだ。

黒手拭いを頭に巻いて。
腰をグッと落として稲の根元を掴み、一気に刃を入れる。
幼い頃に教わったそれを必死で思い出して、身体に教え込んで。
それでも老婆のスピードとは段違いで、それこそ山の斜面に何十とある棚田の稲を2時間もしないうちに刈り取ってしまった
のだ。

「こんなに早く終わると思わなかったよ。……で、あんたこれ精米して持ってくかい?」
「でも折角の新米だ。オレんとこは結構大所帯だからこんなん全部食べちまうぜ。」
「そうなのかい?うちも息子に食べさせてやりたいからねぇ。古米でよければ蔵に1表残ってるのがあるんだけど。」
「古米?それ貰っていいのか?」
「そりゃ、勿論いいよ。でも古米だよ。折角刈り取ってもらったんだから、やっぱり新米持っていきなよ。」
「いや、古米でいい。ウチには―――」

頭の中に、笑顔で振り向くコックの顔が思い浮かんで、思わず顔が綻ぶ。

「ウチには古米でも新米同然に炊く凄腕のコックがいるからさ。」
「そうかい。………お兄ちゃんの奥さんかい?」
「あ?まぁな。蔵どこだ?この稲仕舞っとかねぇとまずいだろ?」
「いや、いいよ。こんな時間に済んじまったし。近所の若衆の頼む事にするさ。」
「悪いな。」
「いやいや、こちらこそ。」

ニコニコ笑う老婆の後について、蔵へ向かったのがちょうど3時ごろだった。




米1表抱えてGM号に辿り着いたのは、夜も8時過ぎだった。
ラウンジに明かりが点いていて、コックが居る事はわかった。
いつものように足音を立てて、ラウンジの扉を開ければこちらを見ることなく、レシピだろうか、書き物をしているコックが居た。

「おい。」
「………。」

呼び掛けても無言のコックの足元に、その糠袋をどんと置いた。
ちらっと視線を寄越すサンジに、ゾロが言う。

「米。」
「米?」
「おう、貰ってきた。やる。」
「…………これで何作って欲しいんだ?」
「お握り。」
「具は?」
「決まってんだろ、梅―――」

そこまで無意識で言って、はっと我に返る。
喧嘩の原因をもう一度繰り返してなるものか。
だから、一度大きく深呼吸してから、もう一度言い直す。

「梅干がいいってのは本心には違いねぇが………。」
「?」

漸くそこでサンジが顔を上げてゾロを見た。
視線が絡んで、ホッとする。
でもまだだ。
慎重に言葉を選んで、コックの機嫌を直さなければ。
未だ嘗て、これ程にまでしただろうかという言葉の選択を必死でして。
口からそれを搾り出す。

「中味はなんでもいい。バナナだろうが、アイスだろうが、チョコだろうが、チーズだろうが。」
「おい、それはお握りの具じゃ―――」
「てめぇが!」

サンジの言葉を遮って、ゾロが少し声を荒げる。

「てめぇが作ってくれりゃ、それが一番美味いはずだからよ。」
「…………。」
「てめぇの作る握り飯が喰いてぇ。」

そう言い切って、ゾロはふっと軽く息を吐く。
言いたかった事が漸く言えた満足と、見たい顔が見れた嬉しさと。
そう目の前のサンジは、そりゃもうこれでもかってくらい真っ赤な顔でゾロを見ていて。
きょとんとした顔が、ゾロのツボにジャストヒットしたものだから。
歩み寄って抱き締めようとしたのだが。

「ちょっと待ってろ!!」

ゾロの腕をすり抜けて、振り向き様に見せたサンジの顔が滅茶苦茶必死で。
呼び止めるのを諦めて、慌ててその後姿を追う。

船を飛び降り、街を駆け抜け、森のような木立の中をすり抜けて。
急に開けたそこに広がるのは田園地帯。
それを更に走り抜けて。
サンジが一軒の家へと辿り着く。
どこか見覚えのある蔵付きのその家を、サンジの後から呆然と見ていると、サンジがその家の玄関を叩く。
中から出てきたのは、老婆だ。

あの稲刈りを手伝ってやった、当にその老婆だった。

「マダム、こんな夜半に失礼します。やっぱり―――」
「おや、梅干好きのお相手が戻って来たのかい?」

その言葉にハッとする。

振り向かないコックの耳が月明かりでもハッキリと紅く染まって見える。
そのサンジ越しに老婆がゾロを見やって、ニッコリと笑う。

「おや、あんたまで。古米を新米並みに炊く奥さんに、お米渡したかい?」

今度はゾロの顔が赤くなる番だ。
振り返った真っ赤な顔のサンジと目が合って、ゾロはぽりぽりと頭を掻く。

「この金髪のお兄さんが、あんたが刈ってくれたお米を蔵まで運んでくれたのさ。何でも一番美味いお握り握ってやりたい人
がいるからお米分けて貰えないかって言うもんだからさ。持ってく分だけでいいって言うのに全部運んでくれてねぇ。
で、そん時梅干あるかって聞くもんだから出してあげたんだけど、ウチのはちょっと柔らかくて甘いからね。しょっぱくて固いの
が好みなんだって、この兄さんの連れ合いは。」

そうだ、確かに自分の好みの梅干はそれだ。
きっとコックは港で探して、街で探して、それでも見つからないから、こんな山奥まで。
それを実感してゾロは、自分の前で恥ずかしそうに俯くサンジを抱き上げる。

「お、おい!こんなレディの前でっ!!」
「いいじゃねぇか!最高の気分だ!」

一頻り抱き締めて、流石にキスまでしなかったが、コックの髪を梳きながら頬を擦り当てて耳元で囁いてみた。

「やっぱ、オレの人生の中でてめぇを得たのが一番の功績だ。」
「…………アホか。言ってろ、クソマリモ。」

そう言いながらもおずおずと背中に手を廻してくるコックが可愛くて、ゾロはその痩身を抱き締める腕に力を込めた。




「そういや、何で何か喰いたいモンあるかなんて聞いたんだ?」

GM号に戻って、それこそ古米を新米同然に炊き上げて、貰った梅干を具に握り飯を作るサンジの横に立って、ボソッとゾロ
が聞くと。
チラッとゾロへと視線を寄越して、眉間に少し皺を寄せたかと思うと、見せ付けるように大きな溜息を1つ吐くサンジが言った。

「お前、ホントに覚えてねぇのかよ?」
「何をだ?」
「今日はなぁ、記念日だよ。」
「何の?」
「オレとお前が告り合った日だっつーの!今年で3年目だ!毎年言ってんぞ、このタコマリモ!」
「………そうだったか?」
「そうなんだよ。なのによ、てめぇ梅干の入った握り飯喰いたいとかってアレンジもできねぇシンプルな注文しやがって。しかも
梅干切らしてるし。てめぇの好み把握してるくせに手元に置いてなかった自分に腹も立ったし。なにより、どうせならリク通りに
作ってやりてぇじゃねぇか。それを、『できねぇのか?』とかって言われて、こう、ついカチンときちまって………。」

豪い勢いで捲し立ててきたと思えば、尻すぼみになって、最後には黙り込んじゃって。
顔を覗き込んだら、拗ねたように「何だよ。」と言ってくるコックがまた可愛くて。
でも料理中に抱き締めたりすると蹴りが飛んでくるので、ここは1つグッと我慢して。
シンクに行って手を洗い、コックに向き直って手を差し出した。

「今後とも、よろしく。」

そう言うと、コックが目を丸くして。
それはそれは嬉しそうに笑った。

そして、少し視線を外して。
意を決したように向き直って。

「飯粒ついてるから、握手じゃなくてコッチな。」

ゾロの手を擦り抜けて、首を傾げるゾロの唇にチュッと可愛くキスを1つ。

吃驚したゾロが、サンジに抱き付こうとして。
照れ隠しに繰り出されたサンジの蹴りが見事ゾロにクリーンヒットして。

「何してくれやがんだ、てめぇはっ!!」
「それは、コッチの台詞だ!メシ作ってる最中に手ぇ出すんじゃねぇっ!!」




3年目の記念日も、ぎゃあぎゃあとイチャつきながら暮れていくのであった。




END




misakiさん、3周年おめでとうございますv
misakiさんの更なるご活躍を期待してます!


某ドーナツショップの宣伝文句に誘われて!
あと、稲刈りするゾロv




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