他には何もいらないから




―――――止みそうにねぇなぁ……。


人里離れた山奥の中でも、更に鬱蒼とした森の奥。
偶然見つけた、洞穴と呼ぶにはちょっと奥行きの無さ過ぎる崖の窪みに身を潜ませて、サンジは1人溜息を吐く。
山の中腹辺りに差し掛かった頃降り始めた雪は、止むどころか益々その勢いを増している。
もう1メートル先の木さえ見えない程だ。

軽装で来たことを後悔する。
上着も着ていないではないが、冬山用ではないのだ。
初夏の山で吹雪に遭う等と誰が考えるだろうか。
雪が降り始めた時、断念して山を降りようとしたのだが、その時見掛けてしまったのだ。

キラッと光るエメラルドの瞳。


―――――あれがナミさんの言ってた熊だよなぁ。


サンジが憧れているこの国の皇女ナミに言われてきた。
「北に聳える毬藻山、あそこに生息してる緑目の熊取ってきて。」と。
それを取って来たらサンジとのお付き合いも考えてくれる、とも。

ここで行かなきゃ男が廃るってモンだ。
その場所が人を寄せ付けぬ魔境と呼ばれている事も承知の上で。
その熊が物凄く凶暴で、何人もの狩人が命を落としている事も覚悟の上で。

とはいえ、気象さえも想定外とは……。

眠くなる自分を叱咤して、なんとかサンジは目を凝らす。
ここで眠ってしまったら、死を免れない事は必死だ。

自分の狩人としての腕を過信しすぎていたか。
銃でダメなら、自分の鍛えたこの脚で蹴り倒してやると息巻いて来たのに。
それで今まで恐竜さえも一撃で伸してきたのに。

自然の力は偉大だなぁとぼんやりしてきた頭で考える。
風を完全に遮る事の出来ないこの窪みでは、やはり吹雪をやり過ごすなど無理であったか。
今にも瞳を閉じそうになって。

その時、視界に入った黒い塊。

それが件の熊と気付いて、自分の右脇に置いていた銃に手をやって。
そこで、サンジの意識は途切れてしまった。




***



パチパチと焚き火の爆ぜる音がする。

ぬくぬくでほかほかの温もりにぽわ〜っとしながらも、サンジは目を覚ました。
視界の先にあるのは、木で出来た天井。
どこだろうときょときょとと周りを見渡してみると、どうもそこは誰かの家らしい。
自分の右側、少し上には窓があり、外はまだ吹雪いている事が見て取れた。
自分の左側には毛皮で出来た敷物に卓袱台が置いてあって、その少し向こうはキッチンだろうか、仕切られた空間
がある。
むくっと身体を起こして、自分の足元の方を見れば、ドアとその脇に草刈り用の鎌が立て掛けてある。
そして自分の頭の方を振り返る。
石造りの暖炉では、暖かそうな火がごうごうと燃えていて。
その前に………。

「く、く、く………熊ぁあああああっ!!!!」

全然防御にもなっていないが、サンジは布団を引っ被って壁際に身を寄せる。
その声にこちらに背を向けていた熊がくるっと振り返って。

「何言ってんだ、てめぇ?!」

そう口を利く熊は、当然熊ではなかった。





『fruitica』の梨屋さまから頂きましたvv幸せ〜〜〜〜っ!!





「あ、あの………失礼しました。」
「…………。」

無言で茶を出してくれる男に、サンジは恐縮しながらもペコッとお辞儀をした。
そんなサンジをチラッと見やりながら、男はサンジを呆れたように見る。
自分用の茶に口を付け、男が口を開いた。

「まぁ、オレも熊の毛皮被ってたから仕方ねぇ。大体、この山にその軽装で何の仕度もしねぇで入ってくるなんて、
どういう神経してんだ?」
「………まさか、初夏に雪が降るなんて思わなかったんだよ。」
「聞かなかったか?結構有名だぜ。」
「そうなのか?あんま出歩かねぇし、すっ飛んできちまったからよ。」
「ふ〜ん……で、何しにきたんだ?」
「熊を捕まえに。」
「熊?………それで何すんだ?」
「この山に有名な緑目の熊居るんだろ?それが欲しいんだ。」
「………そりゃ、残念だったな。」
「残念って………どういうことだよっ!!」

茶化されたような口調にカチンときて、思わず激昂したサンジにゾロがほれと背後を指差す。
そこにはさっきまでサンジが寝ていたベッドと、ゾロが羽織っていた毛皮があって。
ん?と首を傾げるサンジにゾロが言った。

「あれが、てめぇの言ってる熊の毛皮だぜ。」
「え?………ええええええ〜〜〜〜〜っ?!!!」




2人して荒くなった息をはぁはぁと整えながら、床に寝っ転がる。
外の吹雪が嘘のように、互いに額から汗を流し、熊男に至っては上着を脱ぎ捨て、上半身裸だ。
それを横目で見て、サンジはへぇと感心する。

こんな山奥での1人暮らし。
どうやって生計を立てているか知らないが、何故こんな鍛え上げられた身体をしているのだろうか。
実はどっかの傭兵とか?

サンジがそこまで考えた時、熊男が天井に向けていた顔をくるっとこちらに向けてきた。
バチッと絡み合う視線。
流石にバツが悪くて、サンジはもう一度、取っ組み合いになる原因の言葉を、今度は口調を緩くしてお願いしてみた。

「なぁ、譲ってくれよ、アレ。」
「てめぇも大概しつけぇな。何でオレが初対面のてめぇに、モノ譲ってやらなきゃなんねぇ?!」
「そりゃてめぇの言う事も最もだけどよ、アレがねぇとオレ帰れねぇし……。」
「何で?」
「何でってそりゃ………ナミさんが待ってるからよ。」
「ナミ?!!この国の皇女か?!!」
「お、知ってんなら話早いや。そうそう、そのナミさんがよ、あの熊取って来てってオレにお願いして下さったんだよ。」
「………ちょっと言い回しおかしくねぇか?……まぁ、いい。だが、あの女、まだんなこと言ってんのか。」
「あ?てめぇも頼まれた口か?」

熊男の台詞に、サンジはそう反応して、そしてあることに思い付く。
思い付いて、何?!!と吃驚して飛び起きて、熊男の寝ているところまですっ飛んでいくと、顔を覗き込んで大声で
喚いた。

「てめぇもナミさん狙ってんのか?!!」
「狙ってるだぁ?人聞きの悪い。頼まれただけだ。」
「頼まれただぁ?!!嘘付けっ!!あんな美人で聡明で素晴らしいナミさんに惚れねぇ男はどうかしてるぜ!どうせ、
てめぇもナミさんと結婚してぇんだろ?!!」
「はっ!あの魔女と結婚だぁ?!アイツに惚れるヤツがどうかしてるぜ。冗談じゃねぇ。」
「じゃあ、なんで彼女のためにこんな前人未到の山奥に、あの熊の毛皮持って住んでんだよっ?!!」
「………ヤツに言われて取りに来た事ぁ事実だ。」
「何でてめぇにナミさんが頼むんだよっ?!!」
「そら、仕方ねぇだろ、オレぁアイツ付きの近衛兵だったからよ。」
「………へ?!」

そう言えば聞いた事がある。
ナミには小さい頃から遊び仲間のように親しくしていた近衛兵の子供がいたと。
彼が14歳になった年に、父王にお願いして、自分専属の近衛兵として付けてくれる様に頼んだとか。
その時、噂になったものだ。

きっとナミ姫は彼のことが好きなのだろう、と。

なら、とサンジは考える。
ナミは熊を取ってきて欲しかったのではなかったんじゃないか。
自分の大好きな近衛兵を取り戻したかっただけではないか。
それがこの目の前の熊男で……。

急に黙り込んだサンジを一瞥して、熊男はむくっと起き上がった。
そして、つかつかと音を立ててベッドへと歩いていくと、そこに置いてあった毛皮を取り上げる。

「これでいいのか?」
「あ?ああ、中味はねぇが仕方ねぇだろ。使い道は聞いてねぇが、コートか何かに仕立て上げてぇんじゃねぇのかな。」
「………そうか。」

熊男はその毛皮をサンジに向かって差し出してくる。
受け取るのも憚られてサンジが躊躇していると、熊男がニカッと笑った。

「てめぇが届けてくれんなら、これやってもいいぜ。」
「あ……いや、その……てめぇが届けた方がいいんじゃねぇのか?」
「何で?」
「何でって………。」
「てめぇが持ってってくれるなら、オレも助かる。序に、もういい加減諦めろって伝えてくれ。」

その言葉に確信する。
自分にその気はないから、若しくはナミの立場を考えて身を引くから、ナミに自分の事は忘れろと言っているのだ、と。
そうなら、ここは自分の出る幕ではない。
そりゃナミの事は好きだし、出来れば自分と付き合ってもらいたいが、惚れた男が別に居るならダメだ。
ナミの幸せのためにも、この熊男に届けさせねば。

「とはいっても、暫くは帰れねぇがな。」

悶々とサンジが考えていると、その熊男が言う。
へ?と顔を上げてその男を見ると、男が窓の外を指差す。

「こう吹雪き始めると、1週間は止まねぇぜ。幾らなんでもこの吹雪の中、下山するなんて死にに行くようなもんだ。」
「……そうなのか?」
「ああ。」
「だが、ここに世話になる訳には……。」
「オレは別に構わんが。」
「いいやっ!借りは作りたくねぇっ!!………そうだっ!!!」

ちょっと考えて、サンジが男に向かってビシッと人差し指を立てて言った。

「世話になるのと、毛皮を譲ってもらう代わりに、オレがてめぇに何でも食わせてやる!」
「??食わせて?何でも?」
「ああ、こう見えてもオレは宮廷料理人ゼフの後継者だ。偶にゃナミさんの為に狩りもするがな。だから、てめぇに
国一番、いや世界で一等美味い料理食わせてやる!」
「………オレが望めば、何でも?」
「おう、何でもどんと来いってんだ!」
「じゃ、頼むぜ。」

とりあえずお礼をする振りをして、なんとか熊男を説得しようと決意したサンジではあったが。
ふと大事な事に気付いて、それを聞いてみた。

「で、てめぇ、名前何てんだ?」
「あ?オレか、オレはゾロだ。ロロノア・ゾロ。」




***



それから1週間、サンジは献身的に働いた。
朝早く起きて朝食の支度と弁当の準備、ゾロが居ない日中は部屋の掃除と洗濯、夕食の支度、風呂の準備と。
それこそ、ゾロの母親か奥さんかというくらい細々とした事を一生懸命。
大体、こんな吹雪の中、弁当まで持って朝から晩までどこへ行っているのかと気になって聞いてみたら。

「こっから歩いて10分くらいのところにある洞穴に。」
「洞穴?何で?」

何でも、ゾロはこの山奥で羊を飼っていると言うのだ。
この寒いのにそれは無理だろうと言えば、その洞穴がミソだ、と。
そこは結構奥深い洞穴らしく、奥へ行けば行くほど暖かくなっているらしいのだ。
だから、普段は自分の家の近くで放牧して、こんな気候の時はその洞穴へ避難させるらしい。
サンジを見つけたのは、ちょうど羊を避難させて戻ろうとした時だったと言う。

「いや、オレが遭難したのは大分こっから離れてるんじゃねぇのか?」
「まぁ、ちょっと迷子になってよ。」
「歩いて10分のところで迷子になるなよっ!!」

ムッと口を噤んでいる顔がおかしくて、サンジはケタケタと笑った。


また、食事時も楽しかった。
サンジが最初に出したのは夕食だったが、食材が羊肉とちょっとした野菜しかなかったので、羊肉のシチューを出して
やったのだ。
サンジとしては非常に不本意な質素な夕食だったが、ゾロはそれを見て目を点にしたのだ。
目を点にして、湯気の上がるシチューをじーっと、まじまじと、食い入るように見つめたのだ。

「悪ぃ。材料ねぇからこんなモンしか出来なかった。」
「あ?いや……食っていいか?」
「おう。」

サンジがそう返事をすると、ゾロはスプーンを握って1口掬うと、ふうふうと息を吹き掛けて口に含む。
そして、またしても目を点にしてサンジを見ると、ガバッと皿を抱え込んでガツガツと食べ始めた。

今度はそれを、サンジが目を点にして見る。
こんなに自分の料理にがっついてくれる人物にはお目にかかったことがない。
そもそも宮廷で働いているのだから、そんな行儀の悪い人間が出入りするわけもないのだが。
美味しそうな顔をしてくれているだけで満足していたサンジには、ゾロのその食べっぷりは強烈だった。
それこそ嬉しそうにゾロを眺めて、あっという間に皿を空にしたゾロがそのサンジを見る。

目が合って……ゾロがニカッと笑った。

「もう1杯くれ!」
「………おうっ!待ってろ!」

頬が緩むのを止められず、サンジはゾロの皿を受け取って、お替りをよそってやったのだ。


寝る時は、初日に少し揉めた。
ゾロがベッドをサンジに譲ると、譲らないのだ。

「てめぇのベッドだろが!オレは下でいいから。」
「てめぇはここの寒さに慣れてねぇだろが。オレにあの熊貸してくれりゃオレは寝れる。」
「そういう問題じゃねぇだろ。オレは客じゃねぇぞ。闖入者だ。気遣いしてくれねぇでいい。」
「………じゃ、一緒に寝るか?」
「は?」

ゾロがまずベッドに入り、壁際にギリギリまで寄って、ほれと布団の端を上げてサンジを誘ったのだ。
躊躇しつつ、それでもそれが一番の打開策かと思って、布団に入る。
サンジが入った途端、ゾロは背中を向けてきて。
だから、サンジもゾロに背を向けてゴロンと横になる。
狭いベッドだから、どんなに端っこに寄っても背中が当たる。
でもそれが、異様に暖かくて心地よくて。
その優しさが妙に嬉しくて。
サンジはゾロと背中をくっ付け合ったまま、すやすやと寝入ってしまった。
後ろでゾロが中々寝付けなかったのも知らずに。


そうして過ごしていく内に、ゾロの内面が透けて見えてきた。
優しかったり、可愛かったり、頼りになったり、頼りなかったり。

1つずつ、1つずつゾロとの思い出が増えていく度に。
1つずつ、1つずつ何かがサンジの中に降り積もる。

ゾロと喧嘩したり、ゾロと笑い合ったり、そうした日々がもっともっと続かないかな、と。
もっともっと一緒に居て、色んな面を見てみたいな、と。

時折感じるゾロの視線に振り向けば、一瞬顔を背けて。
そして、もう一度視線を合わせて笑うのだ。
それはもう、胸に直撃の優しい笑顔で。

それを見るにつけ、ナミを思い出して、胸が痛むサンジであった。




***



そして、1週間後。
漸く天気も晴れ、初夏の日差しが差し込んだ朝。

「もう、行くか?」

ゾロが朝食後、徐にサンジに聞いてきた。
出会ったその日に約束したのだ。
天気が良くなったら毛皮を持って帰る、と。

「おう、世話になったな。」
「いや、世話になったのはオレの方だろ。家の面倒も見て貰ったし、美味いもん食わせてもらった。」
「美味かったか?そりゃよかった。オレ、てめぇの喰いたいモン、作ってやれたか?」
「…………まぁな。………ほら、これ持ってけ。」

ゾロがサンジに約束の毛皮を差し出してくる。
だが、毛皮だけじゃダメだろう。
ナミが欲しいのは毛皮じゃなくて毛皮を持ってたこの男、ゾロなのだ。

「やっぱり、てめぇが持ってった方がいいんじゃねぇか?」
「いや、オレは行かねぇ。ナミに会ったら、何言われるか知れたもんじゃねぇ。」

ナミの想いを知っているかのようなその物言いに驚いて、サンジが顔を上げてゾロを見る。
ゾロはそんなサンジの目を見て、一旦視線を下に落としてから、立ち上がって外へ出る。
そして、少し経ってから荷物を持って中に入ってきた。

「コレ、貰ってくれるか?」
「??何だ?開けてもいいのか?」

頷くゾロを確認して、それを受け取り包みを開けて出てきたのは……。

「………布団?」
「ああ。お前のために羊毛布団を作った。これを持ってってくれ。」
「…………何で?」
「てめぇは寒がりだろ?これあれば暖けぇだろうし、それに………。」
「それに?」

サンジが布団を持ったままゾロを見ると、ゾロが照れたように笑って言った。

「偶にゃオレの事、思い出してくれるだろ?」
「!!!」

ボンッと自分の身体から音が出るかと思うくらい一気に体温が上がったのがわかる。
きっと顔を始め、見えているところ全て真っ赤になっているのだろう。
そんなサンジに、ゾロも少し顔を赤らめて近付く。

近付いてきて、頬に手を当てられて、顔が寄せられて。

目を閉じたら、唇に感じた暖かくて柔らかい感触。

「………ゾロ?」
「てめぇが好きだ。その毛皮持ってったら、オレんとこ帰って来てくれるか?」
「…………。」

嬉しかった。
でも………ナミさんは………。
サンジは考えて、ゾロに布団を手渡す。

「サンジ?」
「悪ぃ、ゾロ。オレは………。」
「いや、いい。言ってみただけだ。元気でな。」
「…………。」

ゾロの寂しそうな顔を見て、サンジの心が悲鳴を上げる。
だから、視線を逸らして、その場から逃げるように走る。
毛皮を持って、見送るゾロを振り返ることなく、晴れ渡った山を駆け下りる。
心の中は、土砂降りの雨だったけど。

一目散に城を目指す。
毛皮を持ってきた事を、ゾロに会った事をナミに伝える為に。

目通りが叶い、下座に控えて、上段で椅子に座っているナミに報告する。

「毛皮?ゾロがそう言ったの?」
「はい。ゾロは毛皮をナミさんに持ってってくれ、と。」
「………ゾロは何て?」
「ゾロは………帰らないと言ってました。」

サンジがそう言うと、ナミの顔色が変わった。
悲しそうな、ではなく、怒りの表情で。
え?と吃驚するサンジに、ナミが激昂して問い掛けてくる。

「何で?!熊の中身は?!!」
「は?中身?」
「中身がなきゃダメでしょ!何考えてんの、ゾロは?!どうせ迷子になって山下りて来られなかったんでしょうがっ!!」
「え?え?」

混乱するサンジに、ナミが言う。
1年前、ゾロに頼んで羊と一緒に山に送り込んだのだ、と。

それを遡る事1ヶ月程前、毬藻山に住む緑目の熊、これを追っ掛けて来た男がこの国の領土に現れた。
何でも、その熊の肉がべら棒に美味いのだそうで。
左目の下に切り傷のある、黒髪の快活な男だったという。
しばらくこの城に滞留して、色んな話を聞かせて貰って。
ナミが彼を好きになるのに時間は掛からなかったと言う。
だが、彼は突然姿を消した……ナミに何も言わずに。
だから、その熊を捕まえたと噂を流せば彼は帰って来る筈だ、と。
そう思ったから………。

「だから、ゾロに頼んだのにっ!!!ゾロったら、アイツはそんなんじゃ帰って来ない、諦めろってそればっかりっ!!」
「え?じゃあ、ナミさんが好きなのは―――――」
「ナミぃいいいいいっ!!見つけたぞおおおおおおっ!!!」

サンジの台詞を途中で遮ったのは、物凄く元気な雄叫びで。
それが聞こえた門が見える窓辺へ2人して駆け寄る。
すると、そこにはでっかい熊を背負った1人の少年が、柵を攀じ登って入ってくるところだった。
衛兵が止めるのも構わず、真っ直ぐにナミのいる部屋の真下まで彼は来ると、ニカッと太陽のように笑う。

「ナミっ!!見つけたぞ、熊!!捕まえたぞ、熊!!一緒に喰おうぜ!!」
「ルフィいいいいいっ!!」

ナミが窓から身を乗り出す。
それを見たルフィと呼ばれた男が、背負っていた熊を放り投げて、両手を広げる。
ナミがぴょんと飛び降りて、ルフィがそれを何気なくキャッチして。
きゅうううううっと抱き合っているのを、衛兵も庭師もサンジも呆然と見ていて。
そして、ナミがルフィと抱き合ったまま、サンジに言ったのだ。

「もういいわ、サンジくん。実はね―――――」




サンジは山を駆け上る。
それこそ今まで、短いが19年間、これほどの全速力が出ただろうかと思うほどのスピードで。
そして、初夏の晴れ渡った空の下、目指す緑頭を羊の群れの中から見つけ出す。

寝っ転がっていた緑が走り寄るサンジを見つけて身体を起こす前に、サンジが彼の胸にダイブした。

「サンジか?!てめぇ、何で………?!!」
「ゾロっ……ゾロっ!!」

名前を呼んで、背中に手を廻してくれたゾロの胸に擦り擦りと額を擦り付ける。

ナミが言うには、近衛兵ゾロ、まだ宮廷にいる頃サンジを見て、一目惚れしたらしい。
偶々買出しに出ていたサンジを、舞踏会に出掛けると馬車に乗ったナミを護衛する為に馬車脇を馬に乗って付き添って
いたゾロが見初めたのだ。
それ以来、サンジを探すのに躍起になっていた、と。
なぜなら、ゾロは近衛、要人の近くにいることが多いのに比べ、サンジは宮廷料理人。
厨房にいるか、外へ出ているかのどちらかで。
要人の前に出られるのは、宮廷料理人の中でも料理長のゼフだけだ。
広い広い宮殿内で、2人の接点は殆ど無いに等しい。
ゾロの想いに焦燥感が募っていく中、ナミが熊の件を持ち出した。
熊を捕獲したら下りてきていいと、羊共々山小屋へと送り込んだ。
元々方向音痴の彼が熊を本能で追ったのはいいものの、1人で帰ってこられるはずはなく。
だから、ナミはサンジを使いにやったのだ。
サンジならゾロを連れ戻せるだろう、と。

「序に熊もねv」

可愛くウィンクしたナミに見惚れながらも、序はゾロだろうなぁと思ったのも事実で。
ナミの気持ちを勘違いして、ゾロの気持ちを断った自分にはまだチャンスは残っているだろうかと。
その小さな望みに掛けてみようかと。
サンジは、そう思ったのだ。

その期待に違うことなく、ゾロは自分を抱き締めてくれている。
抱き付いたから、ではなくて、ゾロからぎゅうううっとそれこそ身動き出来ないほど強く。
だから、サンジは口にしてみた。
あの時、喉のすぐそこまで出てきた自分の気持ちを。

「ゾロ、布団だけど………。」
「おう、貰ってくれるか?」
「んにゃ、いらねぇ。」

そう言うと、ゾロの顔が強張る。
その強張って少し開いた唇に、サンジが唇を押し当てて。
今度は吃驚してサンジをきょとんと見つめるゾロにサンジが言ったのだ。

「てめぇがいるから、てめぇで暖かいから、ほかほかの布団はいらねぇだろが!」
「!!!………そっか、そうだな!」

ニコニコ笑うゾロとちょっと頬を染めて照れ臭そうなサンジがキスを交わす。
それを見守る羊達。

実にお暑い2人に、初夏の少し暑い日差しの温度が微妙に上昇したことは確かだろう。




その後、ゾロは山を降りる。
少しの期間とはいえ、主人に無断で欠勤したという件に関してお咎めがあって。
ゾロは今、近衛兵を止めて、衛兵として門番となった。
その門番の元へ、食事の度にバスケット片手に走り寄るサンジの姿がある。
それを窓から嬉しそうに見つめるのは、ナミ皇女と彼女の婚約者ルフィ殿下だ。


幸せな2組のカップルを、庭に離された羊達が生暖かく見守っている。




END


ネタの口説き文句と熊男vv




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