午睡を誘うバスの揺れに、ふあああと周りを憚らず大きな欠伸を1つ。 座っていたなら瞬眠する事間違い無しの穏やかな昼下がりだ。 車内は普段ならばガラガラな時間帯だろう。 しかし季節柄なのか、ちょっと年配の夫婦や女性のグループ、小さい子を連れた母親たちで賑わっていた。 午後の授業を自己都合でふけって、ゾロは右手に手摺、左手に学生鞄を持って窓の外を見る。 そろそろ見えてきたそれらに、車内で歓声が上がった。 満開の躑躅(ツツジ)。 それが道なりにずっと続いている。 先程降車ブザーが押されていたはずだし、目の前の降車ボタンが点いているから、もうすぐバスが止まるのだろう。 躑躅で有名な、ゾロの通う高校からバスで5区間の所にある『つつじヶ丘公園』に。 *** 今日、中間試験の結果が校内で発表された。 高校1年の時は学年でも50位以内には入るゾロが、徐々にその順位を下げ、今回遂に3桁台になった。 高校3年、最初のテストという大事な時期にこの為体(ていたらく)。 昼食を摂って、さあ昼寝と日当たりのいい武道場裏へ向かおうとしたゾロを担任が引きとめたのは当然の事だろう。 勉学に身が入らないのではないか、部活を剣道を止めた方がいいのではないかと勧める担任の言葉を右から左に |
聞き流したのは、担任の言う事を決して軽んじていたわけではない。 理由などわかっているのだ。 あの事件以来、勉強どころか剣道にさえ身が入らない。 気が付けば考えているのは、隣の可愛い幼馴染サンジのことだけ。 そんな自分の気持ちが信じられず、また自覚するのも怖くて。 闇雲に竹刀を振るっては見るものの、無心にはなれずに。 太刀筋が鈍っていると、顧問にも師範にも言われて家に帰される始末。 それもこれも、あれからずっとサンジに会ってないから余計だ。 事件の翌朝、泣きながら目を覚ましたサンジ。 自分に抱き付いてきて、肩を震わせたサンジをいつものように抱き締めて、ポンポンと背中を叩いてやったまでは |
よかった。 少しして、ふっとサンジが身体を浮かせたのだ。 そして今泣いていたのが嘘のように、きょとんとした表情でゾロの顔と交互に視線を移した。 ………ゾロの股間を。 それこそ、ぶんぶんと首を横に振って否定した。 これは生理現象だ、朝になるとこうなるんだと言ってはみたものの。 ふうんと納得したのかどうかわからない声を上げた後、サンジはニッコリ笑って首に手を廻してはきたのだが。 事件を思い出して怖かったのかもしれない。 大人の男への恐怖を感じたのかもしれない。 そしてその日以来、サンジはゾロの高校へは来なくなった。 ゾロの自宅にも顔を出さなくなった。 偶に会っても、忙しそうに挨拶をするに留まっている。 ゼフを伴って高校へ顔を出したと聞いたから、顧問に詰め寄ってみた事もある。 「来るな。」と言ったのか?と。 学校側は当方の不手際と謝りはしたものの、拒絶の言葉はひと言も発しなかったと言う。 サンジもゼフも「迷惑を掛けた。」と頭を下げていたが、「もう来ない。」とは言わなかった、と。 小さな可愛い幼馴染。 これが初恋かもと、末恐ろしい自覚を得た途端に嫌われたのかもしれない。 あんなにゾロゾロとくっ付いてきたサンジが、約1年以上まともに自分の前に姿を現さないのはそういうことなのだろう。 それに引き換えゾロはといえば、この1年その自覚と向き合うのに必死だった。 勘違いだと、気の迷いだと、鬼の攪乱だと、何度も思い込もうとした。 女と付き合ってみたりもした。 興味も無い合コンにも顔を出したりした。 結果・・・・・・再認識するだけだった。 ゾロの部屋、出窓に置いてある白いパンジー。 幼稚園年中最後の日に譲り受けた、サンジが育てた花だ。 それを見る度に自分の気持ちを痛感してしまって。 だから、今日こそは家に帰ってそれを捨てようと。 いきなり何も無いのは寂しいから、代わりの花を調達しようと。 そう思い立って、バスに乗った。 偶然クラスメートの話を耳にしたから。 『つつじヶ丘公園』で花まつりをやっている、と。 *** 高校生の、それこそ見た目花など縁の無い(実際自分から進んで縁を持とうとは思わない)ゾロだ。 周囲の奇異の視線を感じつつ、それでも目に映る鉢植えを丹念に見ていく。 それでも、目に付くのは黄色い花ばかりで。 黄色いバラ、ポピー、チューリップに花ではないがレモンの木。 知ってる名前はその位で、その他にも沢山の黄色い花たち。 色鮮やかな花は、他にもあるのに。 ピンクも白も赤も紫もオレンジも、そりゃもう山ほどあるのに。 自分の無意識さにうんざりして、その場を離れる。 小高い芝生の丘を登って、その頂上に腰を下ろす。 もう少しで梅雨時に入るからだろうか。 昼寝するには湿度も温度も太陽光も適さなかったが、炎天下でも戸外で昼寝できるゾロは構うことなくその場に横になる。 横になって、目を瞑る。 何であんなガキがいいのかな? 何で女じゃなくて男のアイツがいいのかな? 好きだ好きだと言うけれど、オレの好きとは違うんじゃないのかな? ………オレのこの気持ちは冷めてはくれないのかな? いつも頭を過ぎる考えが、また脳裏を席巻する。 それでいっぱいになって何も考えられない。 あの顔が、あの声が、あの身体がゾロの頭から離れない。 目を開ければ、そこに居るような気がして。 手を伸ばせば、その身体を抱き締められる気がして。 「ゾロおおおおおおおっ!!!」 そう、耳を澄ませば、その声を聞けるような気がして。 ………気がして? バチッと目を開けて、ガバッと飛び起きようとしたのだが。 その前に、物凄い勢いで飛び付かれて。 「………サンジ?」 自分の顔の右側で揺れる金髪。 目を瞑っていても分かる抱き心地。 そして、耳元で甘えるように囁かれる自分の名前。 「ゾロぉ、何でここに居んの?」 「サンジ、てめぇこそ……。」 ゾロがそう言うと、サンジが顔を上げてゾロの顔を覗き込む。 そしてニッコリといつものように、そう事件前に見せてくれていたように笑う。 「オレ?あれだよ、あれ。」 「???」 サンジが指差す方を、サンジを抱えたまま身体を起こして見る。 そこには野外ステージがあって。 その周辺に居るのは、白い道衣姿の子供達。 視線を戻してサンジを見れば、サンジも同じく白い道衣を着ていた。 「オレね、合気道習ってんだ。」 「は?」 ゾロの疑問符で一杯の顔に気付いたのか、サンジがそう言って。 ゾロはまた更に、口が開いてしまう。 「だって、ゾロに心配掛けたくねぇし。ゾロがオレを気にしてちゃんと部活できねぇとダメじゃん。だから、自分の身ぐらい自分で |
ってあん時思ってよ。そこそこ出来るようになるまでゾロに会わないって決めて頑張ったんだ。大人になるぜ、オレ。」 「…………。」 「それに、先生に素質あるって褒められてんだ。もう黒帯だもん。オレがゾロも守ってやるよ。」 そして何故ここに居るのかと問えば、偶々練習を見せるイベントがあって、それに参加してたらゾロを見つけて居ても立っても |
居られず飛んできたと言う。 それはそれは嬉しそうに笑うサンジに、ゾロはホッとしたり、好からぬ気持ちを抱いてしまったり。 もう戻んなくちゃとサンジが一旦腰を浮かしたので、ゾロとしては自分の邪な気持ちに気付かれずに良かったと安堵したのだが。 「あ、そうだ。」 サンジがそう言って差し出してきたのは、躑躅の花。 「さっき蜜舐めたら甘かったから、ゾロにあげる。」 「………間接キスになっちまうぞ。」 「?……嫌?」 「嫌とかってワケじゃねぇけど、てめぇが嫌だろ?」 ゾロが言うと、サンジは少し考えて、そうだねと頷く。 やっとそういう事がわかるようになったかと安心するやら、寂しいやら。 やっぱりそういう意味の好きじゃないんだなと胸が痛む。 そして、これが普通だと苦笑して目を瞑ったその時。 ふんわりと柔らかいモノが触れた………ゾロの唇に。 吃驚して目を開けたのと、サンジが離れたのはほぼ同時だった。 それでも直ぐ目の前にある、ちょっと頬を染めたサンジの顔。 目が点の状態で呆然とするゾロに、サンジがへへっと笑う。 「直接の方がいいよね、やっぱりさ。」 「…………。」 「んじゃ、オレ行くね。ゾロも頑張ってね。」 サンジがゾロから離れ、背を向けて走り去っていく。 その姿が見えなくなるまで、ゾロはその背中をただ見送って。 そして、バタッと後に倒れた。 参った。 マジで、参った。 自覚したそれを、更に助長しやがって。 諦めようとしたところへ、同じ気持ちだと気付かせやがって。 もう、絶対決定だ。 可愛い可愛い幼馴染は、ゾロの欲望の対象に決定だ。 そんなの、ダメだろうが。 どう考えても、ダメだろうが。 サンジの為にも傍に居ちゃいけないかもしれないと考え始めたのは、この時が最初だった。 大好きだからこそ、大事に思うからこそ、こんなヤバイ事から開放してやらなければならない。 自分の方が年上で、大人で、きっと我慢出来る、出来なくてもするんだと決めれるから。 サンジの将来の事を真剣に考えようと、ゾロは心に決めた。 でも、これだけは。 たった1つ、これだけは忘れないでおこうと思うのだ。 ファーストキスは、初恋のファーストキスは躑躅の甘い蜜の味だった。 END |
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高校生ゾロ、サンジからのキスでサンジから離れようと決意?
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