朝顔の種




ゾロ、高校2年の夏。
放課後の部活動が終わったのは、太陽が沈んで最後の光で空を赤く染めていた頃だった。


部室に戻り、防具を取って剣道衣と袴を脱ぎ、下着も取り去って汗だくの躯でシャワー室に入り、頭から熱めの湯を浴びる。
ものの3分も経たぬ内にコックを捻ってシャワーを止め、ザッと拭いてカッターシャツに腕を通した。
「ゾロ、早ぇな。」
「おう、お先。」
身支度を整え、仲間に挨拶をして武道場へと引き返す。
待っている筈の小さな幼馴染みサンジのところへ。




お隣に住むサンジは小学校2年生。
背中のランドセルが漸く馴染んできた頃だ。


いつもいつも待ってなくてもいいのに、サンジは学校帰りランドセルを置きに帰らず、隣町のゾロの高校まで迎えに来ていた。
帰り一緒に帰るのが、幼稚園の頃からの癖になってしまったようで。

勿論ゾロは最初ちゃんと叱ったのだ。
「皆と一緒に帰らねぇとダメなんだぞ。先生にもそう言われただろ。」と。
校門の外、剣道着・袴を身に着けた格好で、ランドセルを背負ったサンジを宥めるように説得を試みたのだが。
新入学1年生になったばかりのサンジ。
その場でわんわんと泣き始めたから、ゾロは堪らない。
20分間ずっと抱っこして、背中をぽんぽん叩いてやって。
同級生に冷やかされても、キッと睨みつけて黙らせて。

漸く泣き止み始めたサンジにどうしたのか聞けば、入学式にゾロが来なくて寂しかったとそう言うのだ。
帰りも、いくら1年生の集団で帰ってもゾロがいない、と。
ジジィに言われて2週間我慢したけどもうダメだ、と。
大好きなゾロの顔見ないで1日終わっちゃうのが耐えられない、と。

しゃくりあげながら、首にしがみついてそう告げるサンジに、何も言えなくて。
学校終わったら迎えに来てもいい?と健気に聞いてくるサンジに、思わず頷いたのが高校1年の春。

それから、顧問とその他大勢の先生方の了承を取り、ゼフにもサンジと一緒に頼みに行って。
結局、サンジはゾロの部活動が始まる頃に決まって武道場入り口に顔を出し、ゾロの部活が終わるのを待つのが恒例となっていた。




「待たせたな、サン………ジ?」
いつも座って待っている筈の武道場入り口には、誰も居なかった。
場内で今にも電気を消そうとしていた顧問に聞けば、つい5分程前に戻った時には誰も居なかった、と。
1人でどこかに行く筈は無い。
絶対ここで待つことを条件に、校内に入れて貰えるんだと散々言い聞かせたし、今まで居なくなったことなど無いのだ。
周囲を見回して、武道場裏に程近い地面に落ちている袋に気付いた。


朝顔の種が入った小さな袋。


今日、サンジが来た時見せてくれたものだ。
小学校でくれたのだとか。
夏休みにその朝顔の観察をするのだと言っていた。
「今度こそ、黄色!」
と息巻くサンジに、
「いや、朝顔は青かピンクか紫だろ。」
と冷静に突っ込んで、ブーブー言われたのが部活開始前だった。


(何か、あったか……!)

顔色を失くしたゾロにどうしたと聞いてきた顧問へ、ゾロが大声で叫んだ。
「電気消すの、待ってくれ!サンジがいねぇっ!!残ってる部員全員集めて探してくれ!!」


直ぐに部員が集められ、1人を武道場に残し、学校中を探し回る。
帰ろうとしていた他の部の人や、職員室にいた教員も巻き込んで。
武道場の周囲は勿論、果ては一番離れた3階の音楽室まで隈無く探した。
それでもサンジは見付からない。
そんなことはないとは思いつつ、サンジの祖父ゼフが勤めるレストランにも自宅にも電話をいれてみたが、案の定サンジは居なくて。
そろそろ警察に連絡しようかと話していた時だった。
校門近くにいたゾロの元に武道場で1人留守電役を任されていた後輩が走ってきた。
「戻ってきたか?」
「いえ、そうじゃないんですけど。武道場の倉庫で物音がして。」
「?!!」

急いで引き返しながら顧問に話を聞けば、倉庫はいつも鍵を掛けず、武道場の入り口に施錠するだけだという。
物音がどんな類かと聞けば、くぐもった女の声のような感じだと。
嫌な予感がして、ゾロは更に足取りを速める。
武道場に着いて、近寄る部員達を静かにさせて、足音を立てないようにそっと倉庫の入り口に近付いた。
確かに中から小さいながらも声がする。
それが、聞き覚えのある声で。
ゾロは頭に血が上りそうになるのを必死で堪えて、バンと扉を開け放った。
そこには――――。


下半身に何も身につけずに脚を大きく広げて座らされているサンジと。
そのサンジの脚に手を掛けている見覚えの無い高校生らしき男がいた。


サンジがゾロを見つけて、大きく見開かれた目から大粒の涙が零れ落ちる。
「んんんんんんっ!!!」
タオルのようなもので猿轡をされたサンジが、声を振り絞って叫ぶ。
ゾロが駆け寄ろうとした瞬間、サンジの前に座っていた高校生が、ゾロに体当たりをするように突進してきた。
ゾロが身体を交わしつつ、脚をすっと横に滑らせ、その脚に躓いて高校生が勢い余って武道場内に転がり込む。
それを部員全員で取り囲み、取り押さえるのを確認して、ゾロはサンジの近くへと歩み寄った。

猿轡を外して、自分のカッターシャツを脱いで下半身に掛けてやれば、サンジが身体を抱え、声を殺して泣き始めた。
相当怖かったのだろう。
その場に座ったまま、ブルブル身体を震わせて。
いつもなら大声で周囲を憚らずに泣き喚くのに。
ゾロはサンジの直ぐ前で胡坐を掻いて、その膝の上にサンジを座らせて、その小さな身体をギュッと抱き締めてやった。
するとサンジがわああと声を上げて、ゾロの首にしがみ付いて泣き始める。
漸く安心したのだろう。
安堵しつつ、ゾロはサンジが泣き止むまでずっと、背中をポンポンと叩いて髪を撫でてやった。




その後、警察を呼んで、ゼフも呼んで、事情徴収だ何だかんだと慌しくて。
結局サンジをウチに送ってやれたのは夜の10時を廻っていた。
サンジは泣き疲れたのか、ゾロの腕の中で眠ってしまい、流石の筋肉バカのゾロでも小2の子供を抱っこしたまま帰れずに、タクシーを呼ん でもらった。
サンジをベッドに寝かし付け、ゾロは家へ帰ろうとしたのだが。

「………ゾロ?」

手を離した途端に、サンジの目が覚めた。
不安そうにゾロを見るサンジに、ゾロはにっこり笑ってやる。

「もう、てめぇのウチだ。安心しろ。」
「ゾロ、帰っちゃうの?」
「ん?まあな。大丈夫。もうジイさんもいるし、安心して寝ろ。」
「やだっ!!!」

急に大声を上げたかと思うと、またポロポロと泣くサンジにゾロが慌てる。
ベッドサイドへ座り、ゾロのシャツをギュッと掴むサンジの涙でベトベトの顔をゆっくり撫でてやった。

「どうした?」
「やだっ!!1人にしないで!!」
「………怖いか?」
「うんっ!1人はヤダ!!」
「ジイさんに来てもらうか?」
「やだ、ゾロがいい!ゾロ、一緒に居てくれよ。」
「………一緒にか?」
「うん………ダメ?」

ひっくひっくとしゃくり上げながら、自分を見つめるサンジに否やは言えず。
一緒に寝てくれとサンジが言うので、ゼフに頼んでその日一日泊めてもらうことにした。

あの男に触られた身体を洗った方がいいだろうとゾロが言うと、1人では怖いとサンジがゾロの手を引くので、、服を脱いで2人で風呂に入っ た。
サンジが身体を洗ってから湯船に入りたいと言うので、一緒に洗った。
ごしごしとそれこそ真っ赤になるまで下半身を擦るサンジの手を、ゾロが止める。

「あんまり擦ると後が痛いぞ。」
「だって………。」
「オレが洗ってやろうか?」
「うん。ゾロが洗ってくれるなら、それがいい。」

そう言って、ゾロの前にちょこんと座るサンジ。
タオルに石鹸を付け、しっかり泡立ててから、サンジの身体を洗っていく。

どう見ても普通の7歳の男の子だ。
確かに色は白いし、肌もきめ細かいし、顔立ちも女の子みたいに可愛いかもしれないが。
サンジが、ああいう対象として見られるということに愕然とする。
愕然としながらも、ゾロは思った。

この身体を弄ってみたら、どうなるんだろうな、と。

その自分の考えに空恐ろしくなって、ゾロは首をぶんぶんと横に振る。
きょとんと首を傾げるサンジに、なんでもないと返して。

「怖くねぇのか?」
「え?」
「オレもあいつと同じ高校生の男だぞ。」
「何で?ゾロは違うよ。オレ、ゾロ好きだもん。」

ニッコリ笑うサンジに、どっと脱力する。
信用されてるんだなぁと思うと同時に、好きの意味を知りたいと思うのは可笑しいだろうか。
サンジの身体から石鹸を流してやって、自分も身体を洗って。
サンジに自分の下半身を見せないようにして。
洗い終わった最後に、冷水のシャワーを浴びて。

正直、自分が怖くなった。




サンジのシングルベッドに横になると、直ぐにサンジは寝息を立て始めた。
すやすやと眠るサンジにホッとしつつも、自分のシャツにしがみ付いたまま離れないサンジの手を外側からゆっくりと包み込む。
真横にあるサンジの顔を見て、今までのサンジに対する気持ちが変わっていくのが解る。

その唇を、首筋を、パジャマの襟から覗く鎖骨を見て。
そして、脳裏に甦るサンジの細い脚と、股間に色付くものを思い返して。
自分の下半身に熱が集まるのを自覚する。

(オレも、やばいのかな?)

今まで恋なんてした事がなかった。
それは、無自覚のうちにこの小さな幼馴染を想っていたせいだったのだろうか。

ベッド脇にあるサンジの勉強机の上にある朝顔の種。
一緒に鉢植えにいれようねと笑っていたサンジ。
その顔を思い出しつつ、ゾロは自覚するのだ。




朝顔ならぬ、サンジへの恋の種が自分に植え付けられてしまったのかな、と。




END

高校生ゾロ、恋の自覚vv




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