こんな雨降りの日には
「Hey!Master!」番外編




(………やっぱり持たせた方が良かったな、傘。)


昼過ぎから降り始めた雨は、天気予報に反して酷くなる一方で。
ティータイムのちょっとした慌ただしさを抜けた四時過ぎ。
窓の外の荒れた空模様を見ながら、マスターサンジはまだオフィスで仕事中だろう人物の事を考える。
例え、全身ずぶ濡れで帰ってきたとしても風邪ひくようなヤワなヤツではないのだけれど。

恋人としては、やはり気になるワケで。




「サンちゃん、彼氏傘持ってかなかったの?」


窓の外を見ては考え込んでいるサンジに声が掛る。
暇さえあればサンジの喫茶店に入り浸っているエース・シャンクスのコンビだ。

「あ?あぁ、………何でわかんの?」

サンジがそう聞くと、2人がプッと吹き出しつつも、サンジの手元を指差す。

「さっきからず〜っと同じナイフ拭いてるよ。」
「それに外見ちゃため息吐いてるし。誰だって想像付くっての。」

バッと頬を染めて店内を見渡せば、少ないとはいえ常連客数人がサンジの方を見てウンウンと頷いている。

「サンジさん、店はボクに任せてゾロさんお迎えに行って下さい。」

ゾロの後に入ったバイト兼シェフ見習いのタジオが更に追い打ちをかけてくるから、サンジはいたたまれない。
照れ隠しに、ガチャガチャと目の前の溜った食器を猛スピードで拭いていると、ボトムの後ろポケットに入れた携帯がメール着信をバ イブで告げる。
平然を装って裏口に向かい、メールを確認すると思った通りゾロで。

『悪い。駅まで傘2本持って迎えに来てもらえるか?』

ん?と首を傾げながらも、了承の旨をメールして、用が出来たからとタジオに店を頼む。
店の置き傘2本持って裏口から出れば、顔見知りの商店街のオバちゃんに「ダンナのお迎えかい?」と揶愉われ適当に返事をして 駅へと急ぐ。

こんなに早く帰ってくるなんて何ヵ月振りだろう。
いつも喫茶店の閉店間際で大したメシ作ってやれなかったから、今日は何がいいかな?
ちょっぴり浮き浮きしながら、駅への道を急ぐ。
何で2本なんだろう、と思いつつ。




一度、酷い土砂降りの日に傘も指さずにびしょ濡れで帰ってきて。

店内が濡れて嫌だし、風邪ひかれるのはごめんだと怒ったことがある。
八割方は後者なことは殆んどバレバレなのだが。
それから、こんな日は必ず連絡を入れてくるようになった。

ただ、いつもなら傘は1本でいいと言うのだ。
堂々と2人相合い傘で帰れるから、と。

持って迎えに行くサンジがそうしたいと周囲に思われるから嫌と2本持って行っても、その1本は閉じたまま持って。
大の男が2人くっついて小さな傘に入ってるなんて滑稽だからと何度言っても、暖簾に腕押し、マリモに小判で。
直ぐ真横にあるゾロの顔が心底嬉しそうなのを見て、まぁいいかとサンジは思わず笑ってしまうのだ。




駅での待ち合わせは大抵改札を出て直ぐの場所。
ヘタに場所を変えたりすると、待ち合わせ時間を大幅にオーバーすることは経験済みだから。
漸くその目指す緑頭が見えて。
駆け寄ろうとして、ハッとして身を柱の陰に隠す。
(………女連れ?)
ゾロの隣には、少し年上だろうか、色気を感じさせる黒髪が腰まで届く女性が立っていた。


『折角早く商談も済んだんだから、少し付き合わない?』
聞こえてくる女性の声が、ゾロに対する好意を伝えている。
『………主任のお陰です。ありがとうございました。』
『んんっ、だから、今から私のウチに来ないって言ってるの!』



お誘いか?!
しかも、上司からかよ!

…………あんな美人と一緒に仕事してんのか。

世間一般的に就職して1年って一番心変わりしやすいって言うし。


ゾロも………そうなのか?



『ねぇ、悪い話じゃないでしょ?それに、美人の誘いは断るものじゃなくってよ。』
『そうですね。』


…………やっぱり。


このまま傘渡さないで帰ろうとした時、ゾロの声が聞こえてきた。
『とりあえず傘ないと困るでしょ。ちょっと待って下さいね。』

カツカツと革靴の音が近付いてきて。

「やっぱ、サンジ来てたんだ。」

耳元で急に名を呼ばれてビックリして。
振り向こうとした瞬間に傘を持った腕を掴まれて。
「態々悪かったな。1本貸してくれ。」
にっこり微笑むゾロに呆然としていると、ゾロはその傘をポンと差して女性に差し出す。
あぁ送ってあげるのかと思い、今度こそ帰ろうと駅を後にした。
少しして、バシャバシャと雨水の溜った道路を走る音が近付いてきて。
急に肩を抱かれてビックリして振り向けば――――

ゾロの少し怒った顔。

「何で先行っちまうんだよ?」
「………え?だって送ってあげるのか、と……。」
「折角あんたが迎えに来てくれてんのに、何で?」

何でってオレに聞かれても、と目を白黒させてたら、ゾロが急にニヤッと笑ってサンジの顔を覗き込んだ。
「サンジ、ヤキモチ?」
「バッ!!んなんじゃねぇ、美人の誘いは断るもんじゃねぇんだろ?!」
「………へぇ、その辺から聞いてたワケね。で?」
「で?って……続きがあんのかよ?」

サンジがそう言うと、ふぅっと溜息を吐いてゾロが立ち止まる。
それに合わせてサンジも立ち止まった。

大人用とはいえ、大の男2人では小さな傘の下。
向かい合わせで立っていれば、それ程背の変わらないゾロとサンジだ。
顔なんか直ぐ間近で、サンジはドキドキして視線をゾロの肩に逸らした。
その肩が妙に濡れているのに気付いて。
よく見てみれば、土砂降りの雨の中、追い掛けてきたゾロは結構頭から肩までびしょ濡れで。
上着のポケットに突っ込んできたハンドタオルを取り出して、その水滴を拭き取ろうと手を伸ばした。

その手をギュッと掴まれて。

ハッと顔を上げれば、優しく笑うゾロがいた。

「……ゾロ?」
「主任があんまりしつこく誘うから、言っておいた。オレにはこんな雨の日、ぶつくさ言いながらも迎えに来てくれるすげぇ別嬪の恋人 がいるんですってな。」
「?!!」
「オレにはそいつ以外美人と思える人はいないって、追加しといたら怒って帰っちまった。」
「そんなこと言って………お前、明日っから仕事大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ?大体直接の上司でもねぇし。……それに、そうやって心配してくれるとこも最高、可愛い。」
「……お前はホントにアホだな。」
「なんて言われようと、オレにはあんたと一緒にいるのが一番。邪魔するヤツには容赦しねぇ。」
「………ホント、アホだな。」

呆れつつもニッコリ笑ってやれば、さっきまでやたらと堂々としていたゾロは形を潜め、ボンと真っ赤になったかと思うと、少し視線を 泳がせて。
そして、もう一度サンジの目を見て言った。

「ここでキスしてぇ。……いいか?」
「!!………こっち来い。」

掴まれた手をそのままに、ゾロと2人ビルのビルの間に隠れて。
道路側に傘を傾けて、見えないようにして。

そっと唇を合わせた。

腰を抱くゾロのその手が、サンジの背中を撫で上げて。
傘を支えるサンジの手が震えながらも必死で持って、片手をゾロの首に廻す。
ギュッと抱き締めてくれるゾロの腕が段々熱を帯びてきて。

そして、舌を入れようとするゾロの動きを、髪をわし掴んで引っ張って止めた。
目の前でムッとするゾロに、ニヤッと笑って言ってやる。

「いつもの帰り時間とは違うぜ、ゾロ。まだ閉店まで3時間ある。我慢できねぇとこまでいっちまったらヤバイだろ?」
「………ちっ、早いのも考えモンだな。」

サンジの言っている事を理解しつつも、納得できない様子でゾロが渋々サンジの腰から手を離した。
「ま、その代わり、てめぇの好きなモン作ってやるよ。何がいい?」
「煮込みハンバーグ!」
「了解。さっさと行くぜ。客が待ってる。」

ゾロに傘を持たせて、ビルの陰から出てみれば少し小雨になっていて。
「傘、いらねぇか?」
とサンジが聞くと、ゾロが首を横に振る。
「折角の相合傘なのに、勿体無ぇ。」
仏頂面でそう言うゾロが可愛くて、プッと噴出しながらもサンジがゾロの指す傘に入り込む。

「んじゃ、このまま行こうぜ。」
「……おう。」

隣に並んで、ゾロの柄を持つ手に手を添えてやれば、驚きながらも嬉しそうに笑うゾロの顔が真横にあって。
サンジも思わず微笑む。

西の空が段々明るくなってきた。
もうじき雨も止むだろう。
それまではこうして2人、寄り添って歩いていこう。
また、エースやシャンクス、常連客達に笑われるだろうけれども。


こんな突然の迷惑な雨降りの日には、幸せな自分達を見せ付けてやろう。


そう思って、サンジはまた隣を歩くゾロを見て心から嬉しそうに笑った。




END


相々傘がしたいゾロv




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