(ま、こんなもんだろ。) サンジは、自分に背を向けて立ち去る男女の姿をボーっと見送った。 今日誕生日のサンジに、デートしようと言ってきたのは彼女の方だ。 付き合い初めてまだ3日。 それ程、好きで好きでしようがなかったワケじゃない。 なんとなく寂しかったし、彼女も人恋しそうだったから。 でも、待ち合わせ場所にサンジが着いた時、彼女は1人じゃなかった。 隣に立つサンジが知らない男。 元カレとヨりが戻った、と。 「ごめんね、サンジくん。」 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げる彼女に怒りはなかった。 寧ろ、ホッとした自分がいた。 首を横に振って笑った自分に、2人でもう一度頭下げて去って行った。 それを羨ましいと思いながら。 サンジはとりあえず、移動することにした。 どこに行こうか? その時、フッと脳裏に浮かんだ場所。 (あそこか……。) 無性に懐かしくなって、そこへ向かうバスに乗り込む。 人もまばらなその路線バスは、サンジの他は買い物帰りの主婦らしき女性と小さな子供を連れた老紳士だけだった。 乗客を乗せてバスはビルが立ち上る都会から遠ざかっていく。 商店街を通り過ぎ、住宅街を抜け、視界に海が見えてきた頃にはもうサンジ1人しか乗っていなかった。 終点の海水浴場に着いて、サンジが降りるとバスは扉を閉めて走り出す。 その姿が見えなくなるまで、サンジはその場に立ち尽くしていた。 暦上、春とは言ってもまだ3月に入ったばかり。 海から吹き付ける風は、サンジの身体から体温を奪い去っていく。 それでも。 前に一度、同じように海を見ていたことがある。 その時は自分1人ではなく、隣にもう1人。 無言で、触れるか触れないかの微妙な距離を開けて座って。 ただ、ただ、寄せては返す波を見ていた。 大好きだった、親友のゾロと。 *** ゾロと初めて会ったのは、もう小学校卒業間近のちょうど今頃だった。 何をとち狂ったか、サンジの祖父がこの辺りにレストランを開くからと、あと少しで卒業にも拘らず引越しさせられたのだ。 友人は勿論、知り合いも居ないこの町で、途方に暮れたことを今でも覚えている。 そんな中、小学校へ行って出会った。 同じように転校して来たゾロに。 後から知った話では、ゾロは両親が事故で亡くなり叔父夫婦に引き取られてきたのだとか。 だが、その時は正直表情も無く不気味なヤツだと思った。 同じクラスに入り、隣同士に座らされて、とりあえず挨拶したものの無視されて・・・・・・。 思わず、怒鳴りつけていた。 「てめぇ、何様のつもりだ!!」と。 向こうは初め唖然としていたものの、ニヤッと笑うとサンジの胸倉を掴んで言った。 「うるせぇんだよ!そりゃ、こっちの台詞だ!!」 それからは、クラスメートになったヤツらも新しい先生も見ている前で取っ組み合いの喧嘩。 先生の鉄拳が入るまでそれは続いた。 「転校初日から喧嘩なんて、ヒナ心外!外で立ってなさい!!」 そう言われて寒い廊下に2人放り出されて。 身体を抱えて、ブルブル震えるオレにヤツが手を差し出してきたのだ。 「さっきは悪かった。オレは、ロロノア・ゾロだ。よろしくな。」 「・・・・・・サンジだ。よろしく。」 握った手が、物凄く暖かかった。 それから、サンジはゾロと仲良くなった。 同じ転校生同士ということもあったが、それだけでは語れないだろう。 無口なゾロに対して、機関銃のように話すサンジ。 他人と余り拘り合わないゾロに対し、人懐っこいサンジ。 正反対のようで、互いの足りないところを補い合うような関係にのめり込んでいったのはサンジだ。 ゾロが中学に入って剣道部に所属し、部活仲間が増えていくのをサンジは苦々しく思った。 友人関係で嫉妬など・・・・・・今までの自分では考えられなかったことだ。 勿論サンジにはゾロ以外にも沢山の友達ができた。 だが、サンジにはゾロといるのが、ゾロだけといるのが一番楽しかった。 ゾロが自分以外といるのが、耐えられなかった。 なるべく部活の帰りを待ったりして、一緒に居る時間を作ってみたりした。 ゾロがそれを厭う様なら止めようと、一度はゾロに何も言わずに帰ってみたりしたのだが。 翌日、ゾロに言われた。 「何で、昨日待っててくれなかったんだ?」と。 嬉しかった。 出来るだけ一緒に、傍にいてもいいんだと思った。 これが、親友と呼べるものだと・・・・・・そう思った。 だが、転機が訪れた。 中学2年の時、ゾロに告白してきた女の子がいた。 その年入学してきた1年生の中で、一番の可愛い子ちゃんと評判の子だった。 サンジは嫉妬した。 相手の彼女に。 信じられなかった、自分の気持ちに。 普通なら、ゾロに妬くのだろう。 「あんな可愛い子と、すげぇなぁ。」って。 だが、違った。 ゾロを、ゾロを取られたくなかった。 サンジは悩んだ。 自分の気持ちがわからなくて。 それを、『恋』だと自覚するのにはかなりの時間と覚悟が必要だった。 親友相手に色恋沙汰など、考えたくもなかった。 想いを伝えれば、今の関係が壊れてしまう。 想いを閉じ込めれば、今の関係を続けていくのが苦しくなってしまう。 どうしたらいい・・・・・・どうしたら・・・。 高校進学時、ゾロとは別の学校を選んだ。 元々、進学したいゾロとコックになりたい自分とでは歩む道が違う。 好都合だった。 ゾロも疑問には思わなかったのか、それでも寂しそうに「頑張れよ」と言ってくれた。 毎日会っていた生活から、月に1度でも会えたらマシな日々に。 初めは、無性に悲しくて寂しくて夜眠れない日が続いた。 居なくても当たり前の日々。 それでも、家が同じ町内ならばすれ違うこともある。 「よう。」 その一言で、その日1日幸せな気分になれた。 離れれば忘れられるなんて・・・・・・甘かった。 想いは薄れるどころか、どんどんどんどん濃くなって膨らんで自分ではもうどうしようもないところまで来ていた。 もう、限界だった。 だから、卒業式の最中に携帯でメールを送った。 「明日会えるか?」 返事は期待してなかった。 普段からしょっちゅうメールしてる仲じゃないし、送っても返信があったのなんて稀だったから。 なのに………。 「行く。迎えに来い。」 ものの数分で返ってきたメールに、何度も目を通し発信者を確認した。 目頭が熱くなった。 翌日、あまり朝早く行って待ちわびてたと思われたくなくて昼近くまで家で時間を潰していたら、ゾロの方が迎えに来た。 迷わず辿り着いたことなど、一度もないのに。 2人で無言でバスに乗り、この海水浴場まで来て、砂浜に腰を下ろして。 何か話したいのに、何も言えなくて。 どの位そうしていただろう。 ゾロが徐に口を開いた。 「お前、出てくんだってな、ここ。」 「あぁ。………誰に聞いた?」 「ルフィ。」 小さな町だ。 サンジと同じ専門学校に通うウソップから、ゾロと同じ高校に通うルフィに話が伝わったのだろう。 その年の春から街のホテルに入っているレストランで修業することになっていた。 恐らく向こうに居を構えることになるだろう。 ゾロはこの町から通える大学に進学すると聞いた。 もう、会うことはない。 そう思って少し涙ぐみそうになり、ゾロから顔を背けたサンジにゾロの言葉が聞こえた。 「………寂しくなるな。」 涙が零れた。 ゴミが入ったなんてベタな言い訳して、目をゴシゴシ拭った。 わざと笑ってゾロの肩をバシバシ叩いた。 「何言ってんだ。てめぇらしくねぇ。」 「………まあな。」 サンジの言葉にゾロがヘッと口角を上げて頭を掻く。 それが、照れてる時の仕草だとわかってしまう自分がいた。 表情に乏しいゾロの感情の動きを見逃すまいと、サンジがどれ程努力したことか。 そんなことも、もう思い出になる。 そう思うと堪らなくなって、サンジはゾロに言っていた。 「西洋式の別れの挨拶してやろうか?」 きょとんとサンジの方を向いたゾロの首に腕を回して。 掠めるように唇を重ね合わせて。 その一瞬感じたゾロの熱をずっと覚えておこうと。 顔を離して、呆然とするゾロに何か言われるのが怖くて。 直ぐに立ち上がり、背を向けて走り去った。 あれから7年。 あれ以上の想いを抱ける相手には巡り会えなかった。 日に日に想いは募るばかりで。 堪らなく会いたくて。 でも会ったら気持ちを伝えずにはいられないだろう。 それで拒絶されたら………。 昔の友達でいい。 仲のよかった友人として、アイツの思い出に残れるのなら、それでいい。 ………もう、会わない。 そしてこの気持ちを持ち続けていこう。 …………すげぇ、好きだ。 「…………ゾロ……。」 「何だ、気付いてたのか。」 懐かしい声が真後ろから聞こえて、サンジがクルッと振り向く。 そこには、少し大人びたものの変わらぬ眼差しで自分を見つめるゾロが立っていた。 *** 7年前と同じように2人並んで座り、海を見る。 言葉もなく、ただ波が打ち寄せるのを。 サンジは折角の決心が揺らぎそうで、ゾロを見ないように黙っているしかできない。 海から吹く冷たい風が、2人に容赦なく吹き付ける。 できれば、この気持ちも冷ましてくれればいいのに。 そうすれば、ゾロと他愛無い話をして笑い合えるのに。 そう思っているサンジに、ゾロが声を掛けてきた。 「久し振りだな。」 「・・・・・・ああ。」 「・・・・・・何かあったか?」 「・・・え?」 「てめぇがんな顔してる時は、大抵落ち込んでる時だからよ。」 「・・・・・・・・・。」 自分がゾロの些細な変化を見逃さないように、ゾロもサンジを見てくれていたのかと思うと嬉しくて堪らない。 それが、例え友情でも。 「あぁ、ちっと振られてな。」 「・・・そうか。」 「てめぇこそ、どうしたんだ?まだ、この町にいたのか?」 「いや、離婚して戻ってきたとこだ。」 (?!!離婚、だ?・・・・・・じゃあ・・・・・・。) 結婚、してたのか………。 そこまで好きな人が居たんだと思い、胸が痛む。 連絡さえ来なかった自分の立場を思い、打ちのめされる。 ショックを隠せず、俯いているサンジにゾロが笑う。 「何てめぇが落ち込んでんだ?どってことねぇよ。」 サンジがゾロの方を向く。 その顔は、淋しそうでも辛そうでもなくどちらかといえばホッとしたようなそんな顔で。 「・・・・・・オレの知ってる子か?」 サンジがそう聞くと、ゾロが首を横に振る。 それから、思い付きもしないような言葉をゾロが口にした。 「オレもよくは知らねぇ。」 「あ?結婚してたんだろ?」 「あぁ、結婚してくれねぇと死ぬなんて手首切られてよ。コンビニのバイトで一緒になったバツ一の年上の女だった。」 「・・・・・・好きじゃ・・・なかったのか?」 「好き・・・・・・か・・・。違うな。責任ってやつか?まぁ、しばらくして他の男作って出てったよ。」 「何で・・・・・・何でそんな事・・・・・・。好きな子、誰もいなかったのか?」 ゾロの性格を考えたら、幾ら目の前で死ぬと言われても、拒絶して背を向けそうなのに。 少なくとも、サンジの知っていたゾロはそうだったのに。 サンジの問いに、ゾロは苦笑する。 「好きな子、ね。居ねぇワケじゃねぇ。」 「なら、何で?」 「オレが好きなだけだ。」 「・・・・・・でも―――」 「サンジ。」 ゾロがサンジの言葉を遮る。 ジッとサンジの目を見詰めてくるゾロの視線に、サンジは目を離せない。 「責任取ってくれ。」 ゾロはそう言うなり、サンジの胸倉を掴む。 グイッと引き寄せられて、思わず目を瞑ったサンジだったが。 ゾロから与えられたのは・・・・・・。 (??!!これって・・・・・・キス・・・?) 目を開けて、見開いて、それでもサンジの目に入るのは、ゾロの伏せられた瞼。 アッと開けた唇の間に滑り込んできたゾロの熱い舌。 絡められて、吸い上げられて、甘噛みされて。 サンジの視界が霞んでいく。 目を閉じると、涙が伝い堕ちる。 漸く唇が開放された時、サンジはただゾロを見詰めるだけだった。 「てめぇにあん時、キスされて。あれが洒落でもオレは嬉しかった。」 「・・・・・・・・・。」 「オレが好きなのはてめぇだ、サンジ。」 「・・・・・・・・・。」 サンジが返事も出来ずに固まっていると、ゾロは急に立ち上がりサンジに笑いかけた。 その顔は、何かを諦める時の寂しそうな笑顔で。 「・・・・・・ゾロ?」 「忘れろ。てめぇには悪いが、友人はもう止めにしてくれ。てめぇに会って何もしねぇ自信が無ぇ。もう、これきりだ。・・・・・・元気でな。」 そこまで一気に言うと、ゾロは砂浜を道路の方に向かって早足で歩き出す。 未練を断ち切るように。 もう2度と会わないと、その背中がサンジに告げる。 (今、言わなきゃダメだ。) サンジの頭の中で、もう1人の自分が囁く。 (言っていいんだ。ゾロに、大好きなゾロに、「好きだ!」って。) ずっと我慢してきた。 自分の想いを何度も何度も見つめ直して、その度に再確認して、絶望して。 もう、そんな事は繰り返さなくていいんだ。 サンジは立ち上がると、ゾロの行った方向を振り返る。 ゾロは帰りのバスを待っているのか、バス停でこちらに背を向けて立っている。 バスが視界に入った。 砂浜を蹴って、サンジは走り出す。 「ゾロっ!!!」 声を張り上げて、その名を呼んだ。 波に、風に負けないように。 振り返る驚いたゾロの顔が、見えて。 でも、すぐに霞んで見えなくなって。 ただ、ひたすらバス停へと走った。 バスが止まって、扉がガシャンと開いた瞬間。 サンジはゾロに向かって大声で叫んだ。 あの日からずっと変わらなかった君への想いを。 「オレっ!!オレ、てめぇのことが―――」 走り去るバスを見送りながら、ゾロがはちきれんばかりの笑顔で泣きじゃくるサンジを抱き締めたのは、その数秒後のこと。 END |
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最後のバス停の場面v
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