パンジー




いつものように、お迎えに行った時だった。

「ゾロくん、サンジくんが出てこないの。」
担任のコニス先生が困った顔で出迎えてくれたのは・・・。




今春中学2年生になるロロノア・ゾロは、毎日学校帰りに帰宅途中にある保育園に寄る。
隣の家の4歳児サンジを迎えに行くためだ。

サンジの親はサンジが4歳になった年に交通事故で亡くなり、ゾロの家の隣に住んでいるサンジの祖父ゼフが引き取った。
それから連れ合いのいないゼフが1人で面倒見ているのだが、何せこの界隈じゃ有名なフレンチレストラン『バラティエ』の
オーナーシェフだ。
仕事を抜けて出て行くにも、客足が途切れない人気レストラン。
それと色々後輩シェフの指導とかあって、毎日迎えに行くのも大変だった。

そこで、お隣のゾロに白羽の矢が飛んで来た。
最初は難を示したゾロだ。
どこの世界に中学生が迎えに行って、はいと渡してくれる保育園があるというのだ。
ところが、だ。
園長のパガヤは、たまたまゾロが保育園に行っていた時の主任先生だったし、サンジの担任コニスとも顔馴染みだ。
「ゾロくんなら、大丈夫ですね。あ、余計な事言ってすいません。」
とか言ってくれちゃって。
共働きのゾロの親も、これも修行の一環だとか言ってくれちゃって。
そして、何より・・・。

「ゾロがむかえにきてくれるの?ホント?!」
なんて、サンジが目をキラキラさせて抱きついてくれちゃって。

サンジが引っ越して来た時、偶々春休みで1週間強、朝から晩まで遊んでやったせいだろうか。
すっかりゾロに懐いてしまったサンジに、期待に満ちた目で見つめられては断れるはずもなく。

「おう。」
と一言返事をして頭を撫でてやれば、もっと嬉しそうに笑うもんだから。
仕方ねぇなと心の中で呟いて、腕の中のチビを肩車してやったのだった。

お互い中学と保育園に進学して1年、ゾロが学校帰りにサンジを迎えに行き、ゾロの家でおやつを食べ、ゾロと一緒に道場へ行き、
ゼフのレストランで夕食を摂るのが日課になっていた。




「何かあったんですか?」
ゾロが聞くと、コニス先生は困ったように笑った。
「昨日まではね、元気に登園してきたの。今育てているパンジーを毎日真っ先に見に行って、『明日は咲くかな?』って言ってて。
で、今日は咲いたから教えてあげたの。でも一目見て急に元気が無くなっちゃって。ゾロくん、何か心当たりある?」
「・・・・・・パンジー、ですか?」

確かに昨日迎えに来た時、話していた気はする。
「あした、さくんだって。ゾロにもみせてやる。」
ってそれはそれは偉そうに言っていた。
「そっか。楽しみにしてるぞ。」
と返したような覚えもある。

「咲いたんですよね?」
「ええ。ちゃんと。」
「・・・で、サンジはどこに?」
「職員用のトイレに・・・。」

子供用のトイレは扉が低く、上からも覗けると知っているからか。
流石に抜け目ないなとゾロが笑いながら、職員用トイレの入り口を開ける。
2つある内の奥側のドアが閉じられている。
そこをトントンとノックしてみる。

「サンジ、オレだ。」
「・・・・・・ジョロ?」

泣いていたのか、声が湿っぽい。
「どうした?今日はパンジー見せてくれるんじゃないのか?」
ゾロがそう言うと、またグシグシと泣き始めるサンジ。
そこへコニス先生が、サンジのパンジーの鉢植えを持って来てくれた。
「これなんですけど。」
そう言って、見せてくれたパンジーは見事に花を咲かせていて。
「ちゃんと咲いてるじゃないか。」
「・・・・・・だって・・・だって・・・・・・。」
「とにかく、そこから出て来い。寒いだろが。風邪引くぞ。」
ゾロが優しく声を掛けると、カチャッと音がしてドアが開き、項垂れたサンジが出てきた。
そのサンジの傍へゆっくりと近付き、しゃがんで目線を合わせてやる。
「どうした?」
肩に軽く手を置いて、ん?と首を傾げて俯いた顔を覗き込んでやると顔をクシャッと歪めてボロボロと涙を零す。
そして、うわああああんと声を上げて泣き始めた。
そのサンジの身体を抱き上げて、ゾロが後ろで様子を見ていたコニスを振り返る。

「こうなると、20分は泣き止みませんから。連れて帰ります。」
「じゃあ、鞄とか用意しますね。」
パタパタと走っていくコニスの後を、サンジを抱っこして歩いて付いていくゾロだった。


夕陽が沈みかけた町並みを、サンジを抱っこして連れて帰る。
迎えに行くようになってから約1年、こんなことは初めてだ。
お友達のナミちゃんに振られた時もしょんぼりはしてたけど、泣くようなことはなかった。
散々泣いて少しすっきりしたのか、時折しゃくりあげながらもゾロの問いにポツポツと答え始める。

「何があった?」
「パンジーがね、さいたの。」
「咲いたなら、よかったじゃないか。」
「・・・うん。でもおもってたのとちがったから。」
「??綺麗に咲いてたぞ。どう違うんだ?」
「・・・・・・シロだったから。」
「あ?白じゃダメなのか?」
「ダメ。キイロじゃなきゃ。」
「黄色?・・・何かあんのか?」

サンジは少し躊躇して、そして言った。

「キイロとミドリだもん。」
「??」
「オレのキイロのあたまとゾロのミドリのあたま。オレのパンジー、そうやってさいてほしかった。」
「・・・・・・・・・。」
「そしたら、ほいくえんでもゾロといっしょだなって。・・・・・・・・・シロじゃダメだもん。」

そう言って、ゾロの腕の中でもう一度ポロポロと泣き始めるサンジ。


周囲に大人が多いせいだろうか。
子供らしく甘えることも余りなく。
これといった問題もなく保育園で過ごしてきたサンジだったが。
意外と寂しい思いをしていたのだろうか。
ゾロ自身、ここ最近は3年の抜けた部活動に忙しく、迎えに行く時間が遅くなっていて。
サンジを不安にさせていたのかもしれない。


ゾロは持っていた学生鞄を落として、サンジの頭を抱き寄せてポンポンと叩く。

「いいか、サンジ。パンジーがどう咲こうが、こうやってオレが傍にいるだろが。てめぇの頭とオレの頭、くっついてるだろが。
いっつもこうしてりゃいいじゃねぇか。花は枯れてまたなくなっちまうけど、てめぇとオレはずっと一緒にいられるぞ。
そうしてぇと望めば、ずっと、ずっとだ。」
「・・・・・・ずっと?ゾロといられる?」
「おう。てめぇがそうしてぇならな。」
「うん!オレ、いっつもゾロといたいもん!ゾロとけっこんして、ずっとず〜っとゾロといっしょにいるんだもん!!」
「・・・・・・そ、そっか。」
涙をグイッと短い腕で拭ってニカッと笑ってゾロの首に抱きつくサンジに、なんと返事を返してやっていいのか困ったゾロだったが、
折角泣き止んだのをまた泣かせることもないかと思い直す。

そして、サンジを抱き直して言った。
「オレと結婚すんなら料理上手じゃなきゃダメだぞ。」
「りょうり?」
「メシうまく作れねぇとダメだって言ってんだ。」
「うん!オレ、いっぱいジジィにおしえてもらう!ゾロ、まっててな!」
「おう。楽しみにしてんぞ。」
機嫌の治ったサンジを抱っこしたまま、ゾロは学生鞄を拾って、2人帰路に着く。


この子供の戯言が15年後に現実になるだなどと、初恋も未経験の中坊ゾロに想像が付くはずもなく。
ただなんとなく、今腕の中でチューリップの歌を大声で歌うサンジと、この先も楽しくやっていけたらと思うゾロであった。




END


幼稚園で咲いた娘のパンジーが黄色だったのでv




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