特別




『次の島でオレに付き合え』


――――決死の思いで口にして、漸く取り付けた約束だったのになぁ………。
ルフィに掴まれて飛んで行くゾロを見ながら、サンジは煙草をくわえて呆れ顔で笑った。


そもそも、発端はゾロの一言だった。
ココヤシ村を出て、まだ本調子でなかったゾロは鍛錬もそこそこに寝ていることが多かった。
サンジはゾロ以外のクルーとは打ち解けたものの、自分に強烈な印象を残した剣士となんとかまともに会話したかった。
バラティエで見せつけられた世界一の大剣豪との決闘。
はっきり言って勝負にもならなかったのだが、その生き様はサンジの心を大きく揺さぶった。
ぶっちゃけ、一目惚れならぬ、一立ち会い惚れだった。
とはいっても、肝心のゾロは寝こけている。
仕方なくゾロの体調が早く良くなるように、日々の食事に気を使うことで自分の気持ちを紛らわしていた。

そんな時だった、ゾロが話し掛けてきたのは。
夕食後、珍しく二人きりになった時。
「あのよ。」
「ああ?」
「いつもすまねぇな。」
「へ?」
皿を拭く手を止めて、サンジは思わず振り返った。
「ナミに聞いた。てめぇがメシに気ぃ使ってくれてるとか、オレの替えの包帯洗ってくれてるとか。………悪ぃな。」
ペコッと頭を下げるゾロ。
素直に礼など言われるとは思ってなかったので、面食らっていたらゾロは決まり悪そうに横を向いた。
「…………てぇんだけどよ。」
「え?」
「なんか礼してぇんだけど、何がいい?」
「い、いや、別にいいぜ。今言ってくれたしよ。それに、メシはオレの仕事だし、洗濯はそのついでだ、ついで。」
「でも、それじゃオレの気が済まねぇ。」
「……………。」
「……………。」
視線をオレに戻し、オレの言葉を待つようにじっと見てくるゾロに、つい日頃思っていることを口にしてみた。
「んじゃよ、次の島着いたらオレに付き合ってくれよ。」


――――てっきり嫌がられるかと思ったんだが。
ドキドキしながら返事を待っていたら、ゾロは意外とあっさり
「んなことでいいんなら、いいぜ。」
などと言い、おまけにニカッと笑ってまでみせた。

――――ま、そうは問屋が下ろさねぇってか。
後ちょっとで上陸ってとこで、いつものように待ちきれなかったゴム船長が
「冒険だーーーーっ!!!!」
と、寝ていたゾロをひっつかんで飛んでってしまったのだ。


ルフィが島に着くや否や冒険に飛び出して行くのは日常茶飯事だ。
だが、その都度大抵ゾロを連れて行くのだ。
ウソップは『勇敢な海の戦士』には未だ程遠い怖がりだし、ナミさんはレディだ。
気兼ねなく誘えるのはゾロだけだと解ってはいるのだが。
ルフィとゾロの仲には、入っていけない絆みたいな物を感じてしまう。

一匹狼的なゾロを魅了して仲間にしたルフィ。
海賊王を目指すルフィがこいつならと誘ったゾロ。
抱える目標も似通った二人。
ルフィがゾロに対し、サンジが抱いているような気持ちを持っているとは思わない。
が、その間に入っていけるなんて有り得ない話で。
ゾロがサンジにそういう感情を持てば話は別だが、そんなの天地がひっくり返ってもないし。
ルフィはゾロの特別で、ゾロはルフィの特別なのだ。

まぁ、側でメシ作って陰ながら大剣豪になるのを支えるのも悪かぁないか、自分にしかできないし、なんて。
すっかり諦めの境地に入ってはいたものの、目の前でああも見せ付けられるとちょっぴりどころか、かなりグサッとくるサンジであっ た。


ログが溜まる2日間、万一を考えて船番を申し出た。
が、明日には出航だというのに、ゾロは帰ってこない。
もう寝るかとラウンジを出た瞬間、物凄い勢いで何かに飛びつかれた。
「サンジ、メッシーーーーっ!!!」
「ルフィっ、てめっ!!……………あれ、ゾロは?」
開口一番、船長のいつもの台詞に脱力しながらも回りを見渡すが、一緒に行った筈の剣士の姿はどこにもない。
不振に思って問い掛ければ、
「ゾロ、帰ってねぇのか?」
と逆に聞き返された。
「あん?」
「約束あんだって怒ってよぉ、先帰るつってすぐ別れたんだ。」
「――――?!」
驚いたサンジにルフィがキョトンとした。
「約束、サンジとだったのか?」
「……………。」
約束って、オレとのか?
わざわざ、ルフィと別れてまで帰ろうとしてくれたってか。

――――嬉しいことしてくれっじゃねぇか、クソ野郎!

「なぁ、サンジ、メシ作ってくれよ!」
「おう。何喰いてぇ?てか、お前何か食べたのか?」
それまでの不機嫌も寂寥感も吹っ飛び、ルフィに取って置きの夜食を作ってやったことは言うまでもない。








夜の甲板で、風呂上がりの一服。


結局ゾロは翌日の出航ギリギリに帰ってきて、ナミさんにサンダーボルトテンポを食らっていた。
その後すぐオレのとこに来て、済まなそうな顔しやがるから、思わず笑っちまった。
「帰ろうとしてくれたんだろ?それで、いいぜ。ってか、腹減ってんだろ。何か喰いてぇもんあるか?」
「……………酒。」
ゾロは目をパチパチさせてサンジを見て、呟いた。
「空きっ腹に酒だけっつうのは止めとけ!適当に作ってやるよ。来い。」
テクテクとサンジがラウンジに向かうと、少ししてゾロも付いてきた。
サンジがつまみを作り、酒と一緒に出してやると、ゾロはサンジの顔色を伺うようにマジマジと見た。
そして、ゾロが口を開こうとしたその時。

――――ホント、アイツの嗅覚は動物並みだな。

ルフィが飛び込んできて、結局ゾロは黙々と目の前の皿をルフィから死守しながら片してったっけ。
ルフィには食後のおやつとかって、仕入れたばかりの骨付き肉焼いてやった。
「サンジ、何かいいことあったのか?」
なんて、ルフィに言われちまって。
「別に………これといってねぇよ。」
そう返した時、ゾロの鋭い視線を感じてはいた。


そして、今も。
ふっと船尾の方に顔を向ければ、怪訝そうな顔したゾロとご対面だ。
ゾロがゆっくり近付いてくるのを煙草の煙を吐き出しながら待つ。
横に並んで自分を見つめるゾロに、思わず笑っちまった。
「…………んだよ。」
「てめぇ、昼間っからその顔な。」
怪訝そうなしかめっ面。
こんな顔でも自分だけに向けられるのなら嬉しいなんて、もうこりゃ末期だな。
「てめぇがなんで機嫌いいのか、オレにゃさっぱりわからねぇ。」
「オレにはオレの事情があんだよ。てめぇこそ、もう気にすんな。」
「あの約束は?」
「ん?もう、いいって。気持ちだけ貰っとく。」
「………他に何かねぇのか?」
「あ?」
「何かこう、しっくり来ねぇし、納得いかねぇ。」
ムッとした顔で言うゾロにまたしても笑った。
いつになく自分に対して一生懸命なゾロに、つい出来心でポロッと口に出ちまった。
「ありがと、サンジっつって、ほっぺにCHUなんてできっか?」
「………………。」
反応が無いゾロに、流石にダメかと自嘲気味に笑い、冗談でごまかそうとすると、
「……………マジでか?」
とゾロが聞いてくる。
その顔が、馬鹿にしてるんでも、気味悪そうでも無く、エラく真剣で。
茶化すこともできずに突っ立っていると、ゾロの顔が近付いてきた。
驚きの余り、瞬きも忘れて事の成り行きをただ見続ける。

萌黄色の瞳が目の前を通り過ぎ、金色の3連ピアスが鼻先で揺れ、そしてゾロの匂いがしたと思ったら。

「ありがとよ、サンジ。」
と耳元で低い声が吐息と共に囁いて。
左頬に熱くて軟らかいものが押し当てられた。
CHUっという音と共に。

キスも、名前を呼ばれたことも驚いて。
ただ、ただ呆然と目を見開いて、ゾロが離れていくのをみていた。
「…………あ、えーと………。」
口籠もるオレに、ゾロは頭をガリガリ掻きながら呟いた。
「こんなん、今回限りにしろ。」
「…………え?あ、あぁ、気色悪ぃよな。」
ちょっと落ち込んで俯くと、ゾロがちっと舌打ちした。
「他のヤツにもさせんじゃねぇぞ。」
「あ?」
顔を上げてゾロを見ると、今度はゾロが目を逸らした。
「我慢できねぇ。」
「は?」
「てめぇのんな顔見てっと、止まんなくなっちまう。」
「何止めてんだ?」
「だから、つまり、…………。」
「………つまり?」
ワケが分からず問い返すと、ガシッと肩を掴まれてゾロの目が近付いてくる。

綺麗な、綺麗な、澄んだ瞳。

(やっぱ、こいつカッコいいよなぁ。)
なんて、改めて思っていると唇に暖かい感触。

エッと思った瞬間離れて、もう一度。
角度を変えて、もう一度。
湿った熱いもので唇を舐められて、もう一度。
思わず開いた唇の間に先程のモノが入ってきて、もう一度。
知らない内に目を閉じて、ゾロの首に腕を回して、もう一度。
名残惜しげに舌を絡めて、もう一度。

ゾロの顔が離れていった時、その顔は酷く扇情的で。
正直、腰が抜けそうだった。
でも、ゾロがギュッと抱き締めていてくれたらしく、尻餅搗くのだけは免れた。
「・・・・・・え、えーと・・・・・・あれ?」
混乱しきって何言っていいかわからなくなっていたサンジに、ゾロがぷっと軽く吹き出した。
「っ!何だよ!!」
「だって、てめぇ、顔真っ赤だぞ。首も。」
そう言って笑うゾロの耳も真っ赤だったのだけれど。
その笑顔が、自分に向けられたのはおそらく初めてで。
サンジは、ジィーッとゾロの顔を見詰めてしまっていた。
「お前、自覚無ぇのか?」
「は?」
「だから、んな顔してっと襲っちまうぞ。」
「!!!」
今更ながらに自分の状況に気付いてサンジがあたふたと慌ててゾロから身体を離す。

ゾロはそんなサンジから視線を逸らして、甲板脇の船柵に凭れて頭を掻く。
「ったく、付き合えとか名前呼べとか・・・・・・キスとか。てめぇ、何考えてんだ?」
「・・・・・・え、ええ?」
「人の気も知らねぇで。・・・・・・煽るだけ煽りやがって。」
「えっと、その・・・。」
「どうせ、わかってねぇんだろが。オレがてめぇに惚れてるってよ。」
「あっと、え〜と・・・・・・って、え?えええ?」
言われた台詞に驚いてゾロを見れば、耳が真っ赤になっていて。

それが本心だと気付いて。

「・・・・・・マジかよ。」
と思わず呟けば、ムッとした顔でゾロが振り向いた。
「悪かったな。オレがてめぇに惚れてて。」
「え?い、いや悪くねぇ、全然悪くねぇよ!」
「???コック?」
「てめぇにはルフィだけが特別で、オレはただの仲間なんだって・・・そう思ってたから。」
「何言ってんだ。てめぇこそ、ナミとルフィが特別で、オレなんか喧嘩相手にしかならねぇのかってよ。」
「へっ・・・・・・そう見えたかもしんねぇな。でもよ、これからはさ・・・。」
そう言って近付けば、ゾロは黙ってオレの行動を待ってくれて。

今度はサンジからゾロにキスしてみた。
首に手を回して、その熱い唇に。
すぐにゾロの腕が腰に回り、背中を抱き寄せられて、頭を抱えられて。
抵抗などしないのに、もう逃がさないとでもいうように。

2人は飽きることなく、互いの唇を求め合った。




それからも、今までのように。
ゾロにはルフィが特別なことに変わりはなく。
サンジも、ナミに奉仕しつつ、ルフィを特別扱いする。
そして、サンジはゾロに喧嘩を吹っかけ、ゾロもそれに応酬する。


だが、いつもと違うのは。




時折絡む視線が熱いこと。
時間が許せば、2人で格納庫にしけ込むこと。
そして、島に着いたら他のクルーとは違う宿に泊まること。




特別の中の特別。
互いが互いの存在をそう認め合い、それを自覚して。
日々幸せ、これに勝るものはない。




END


諦めかけていた気持ちが思わず叶うゾロとサンジv




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