ゾロが戻ってきた。 アスカ島を出て1時間くらい経った頃か。 マヤ達がくれた御馳走を目の前にして、宴会好きのクルー達が騒がない訳はなく、久しぶりの大騒ぎとなった。 その料理の大半はゴム船長の胃袋に納まったが、残りのクルー達も満足したらしい。 女性陣は途中で女部屋へ下がり、年少組は甲板で酔い潰れて眠ってしまった。 今起きているのは、後片付けを終えたサンジと、1人宴会に参加せず船尾で海を眺め続けたゾロの2人だけ。 「おい、食えよ。」 サンジは、適当に見繕ったつまみの乗った皿をゾロの目の前に置く。 勿論、酒も忘れずに。 それをチラッと一瞥した後、ゾロが口を開く。 「・・・・・・てめぇが作ったのか?」 「ん?あぁ、マヤちゃんとこの料理は味付けがちょっとな。」 おいしいことは間違いないのだが、サンジの知る限り、ゾロ好みではない。 ゾロがサンジの顔をじっと見る。 「・・・・・・・・・。」 「謝んなよ。すきっ腹に考え事はよくねぇ。とにかく喰え。」 何か言いたげにサンジを見るゾロに対して、サンジはそう言った。 箸を手に取り口に運ぶのを確認して、隣に腰を下ろし、煙草を咥えて火を点ける。 そして、今までゾロが眺めていた海を見た。 ・・・・・・見て、考える。 謝って欲しい訳じゃない。 確かに自分を斬り付けたのは、ゾロだ。 でも、それは敵意ではなかった。 それに、あんな顔のゾロは見たことがない。 雑魚相手なら無表情に若しくはつまらなそうに、大物相手の時は楽しそうに。 闘っている時のゾロは、あんな苦渋に満ちた顔を晒す事はないのだ。 後悔はしていないだろう、だが・・・・・・。 「なぁ、ゾロ。」 サンジの持ってきた皿を手に取りつまんでいたゾロにサンジが話し掛ける。 ゾロが手を止めて、じっとサンジを見る。 そんなゾロに、サンジはニッコリ笑い言葉を続けた。 「もし、もし、オレがお前の約束とか野望とかの前に立ちはだかったら、お前はあぁやってオレを斬るんだろうな。」 そう、サンジは思ったのだ。 もしも、ゾロが誰かとした約束を守るのにサンジが邪魔になったら。 もしも、ゾロが世界一の大剣豪になるのをサンジが止めたら。 決して迷うことなく自分を斬り捨てて欲しい、と。 前に、ただ只管前に進んでいって欲しい、と。 無言でゾロが持っていた皿を床に置く。 そして、脇に置いてあった酒瓶の栓を抜くと、グイッと一気に煽った。 「いや、責めてんじゃないんだ。てめぇはそうじゃなきゃ――――」 「サンジ。」 言葉の途中で名を呼ばれ、サンジは口を噤んでゾロを見る。 ゾロは、サンジを見ながら言葉を真剣に選んでいるようで。 そして、漸く口を開いた。 「オレは、あの時てめぇを斬ったこと、後悔してねぇ。」 「あぁ。」 「確かにてめぇの言う通り、約束も野望もオレには捨てられねぇ。もし、てめぇがそうしたなら、斬るかもしれねぇ。」 「あぁ、それでいいんだ。」 サンジは心の底からホッとして笑う。 ゾロが、自分なんかの為に己の信念を曲げてしまうのは許せない。 だから、それでいいんだ。 ――――その、覚悟があの時出来た。 サンジが笑って立ち上がろうとするのを、その腕を掴んでゾロが止める。 「何だよ?」 「まだ、話は終わっちゃいねぇ。」 「??」 「確かに、てめぇを斬るだろう。だがな・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「その後のオレは、野望も約束も守れねぇ人間になるかもしれねぇ。」 「?!!どういうことだよ?」 意味がわからず、ゾロの胸倉を掴み上げる。 自分のした覚悟が、ゾロにはわかっていないのか? どれほど悲しくても、どれほど辛くても、それがゾロの為であり、ひいてはサンジの為なのに。 なかなか答えようとしないゾロに、サンジが語気を荒げて言う。 「どういうことだよ?!てめぇは前だけ見て進まなきゃダメなんだよ!てめぇの信念貫くそう言う人間でなきゃダメなんだよ!」 サンジが今にも額が触れそうな位近くで怒鳴りつけると、ゾロが切羽詰った顔で言い放った。 「それにゃ、てめぇが必要なんだ!!!」 その台詞にサンジは言葉を失う。 ゾロの胸倉を掴んだまま固まるサンジに、ゾロは尚も言い続ける。 口調は静かに、ただ淡々と。 「オレは、てめぇがいないとダメだ。てめぇがいないと直に正気を失うだろう。斬った後、後悔なんぞしたことないオレが、きっとてめぇ のいない現状を呪い、そんな事態を招いた自分を心底恨むだろう。てめぇのメシ喰って、てめぇと他愛無い事で喧嘩して、てめぇと抱 き合って・・・。そうして、オレは今生かされてんだ。自分の野望も約束も果たそうと思えるんだ。てめぇのいない人生なんぞ、覚悟しろ っつわれても絶対できねぇ。・・・・・・・・・できねぇんだ、サンジ。」 「・・・・・・・・・ゾロ。」 表情の余り変わらないゾロの、それでもサンジから見たら泣きそうな顔に、サンジは名を呼ぶ以外に言葉を発することが出来ない。 ただ、ゾロの首に手を廻し、抱きつくことしか出来なかった。 ゾロが、サンジの腰を抱き寄せて、その腕にギュッと力を込める。 サンジの胸に顔を寄せて、甘えるように。 そのゾロが震えているのがわかる。 怖かったのかもしれない。 辛かったのかもしれない。 自分の判断の甘さが、大事なものを失いかねない状況を招いたことに。 自分の約束への妄信が、大事な人を殺しかねない事態へと導いたことに。 後悔しないと言い切った男が、サンジを失うかもしれないことにこれ程衝撃を受けていたのだ。 「もし、てめぇが迷子になったら、オレがちゃんと蹴り入れて目ぇ覚まさせてやるよ。アホゾロ。」 ゾロの頭を抱えて、その顔を胸元に抱き寄せてサンジがからかうように言う。 ゾロはそんなサンジのいつもの口調に、ハッと小さく笑う。 「・・・・・・アホは余計だ。アホコック。」 サンジがここに居ることを漸く納得できたのか、ゾロの身体の震えが納まっていく。 それでも、サンジもゾロも互いの身体を話そうとしなかった。 サンジは、ゾロの頭を撫でながら思う。 今後決してゾロにこんな思いをさせないように。 ゾロが進むべき道を間違えさせないように。 ゾロの野望も約束も見届けられるように。 ――――それには、オレ自身相当の覚悟、しねぇとな。 サンジはそう思いながら、ゾロを抱き締め続けた。 END |
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映画『呪われた聖剣』でのゾロとサンジの戦う場面に触発されてv
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