<Side:ナミ> |
波は穏やかなようだ。 (昨晩の嵐が嘘みたいね。) ふあぁとアクビをひとつして、ナミは女部屋からラウンジに向かった。 嵐の翌朝は、サンジ君がおかしい。 そう気付いたのは、ウソップだった。 偶然に見たのだとナミに言う。 夜中に嵐が来た日だった。 勿論、ナミの正確な予測と指示で事無きを得た。 その対応でグッタリしたクルー達は、夜明け前には眠りに付いた。 ・・・・・・筈だった。 その後、たまたま不寝番だったウソップがコーヒーを飲もうとラウンジに向かった。 人の気配を感じて、窓から覗くと、寝たと思っていたサンジが机に突っ伏しているのが見えたと言う。 朝飯の心配してここで寝てんのかと、何も気にせずラウンジのドアを開けた瞬間。 (サンジ君が物凄く怯えた表情して、顔上げたなんて。) 信じられないとナミは思う。 あの強くて優しくて、誰よりも男としてのプライドが高いサンジ君が。 他人に弱みなんて、絶対に見せないのに。 その時、ウソップは気が動転したものの、「どうした?」と聞こうとしたんだとか。 でも、ウソップが口を開くより速く、サンジ君が、「不寝番お疲れさん。コーヒーか?」といつもでは考えられない優しい笑顔で話したって。 何も聞くなと威嚇されたように感じたと、ウソップは言った。 いつもの蹴りが入る前の睨みよりもずっと怖かったと。 コクコクと頷くウソップに、少し安堵したような表情をサンジ君は浮かべてコーヒーを入れてくれたと。 それから嵐が来る度、翌朝ウソップは気にかけていたのだという。 (最初は信じられなかったわ。だって………。) ナミの前では、いつものサンジだった。 いや、そう見せていただけだと気付くことになるのだ。 昨日のは、いつもよりも酷い嵐だった。 明日には食料の調達の為、島に立ち寄る筈だったのに、それが1日延びた。 だからこそ、ナミはサンジのことが気になっていつもよりも早く起きた。 ラウンジに続く階段を上がる。 (やっぱり、いつもと違うわね。) いつもなら、階段を上がる足音で分かるのか、半分も上がりきらない内にドアから顔を出す。 「おっはよーっ、んナミさぁーん。今日も素敵だぁ。」 とかなんとか言ってくるのに。 階段を上がり、ドアの前まで来て、思い直して船尾に回る。 窓から覗き込んで、息を呑んだ。 テーブルに両肘をつき、手のひらで顔を覆っているサンジ。 その足元には、サンジが呑んだのか酒瓶が3本転がっているのが見える。 普段はコップ一杯で顔に出るからと、控えているのに。 空気が重い。 (声なんて、かけられない………。) そう思いふと横を見ると、ウソップが口に人差し指をあてて、こっちに来いと顎をしゃくった。 「………どうしよう、ウソップ。」 ナミが泣きそうな声で呟くと、ウソップは首を横に振って答えた。 「わかんね。あいつぁ、オレには何も言ってくれねぇし。」 「そうよね。ルフィ………でも、ダメか。」 「だろうな。悩み打ち開けても、『だ〜いじょうぶだ』とかって笑い飛ばしそうだし。」 「うん………。」 「ナミ、お前なら言うんじゃないのか?」 ウソップの言葉に、今度はナミが首を振る。 「どうせ、ナミさんに心配してもらえるなんて感激だぁぁ、とか言ってごまかされるのがオチよ。」 「………そか、そうだよな。」 あと残るは―――。 ナミがはっと気付いてウソップを見た。 ウソップも同じことを考えていたらしく、それでも不安そうな顔をした。 「………相談相手ってよりは喧嘩相手だろ?」 難色を示すウソップに、ナミは必死になって説く。 「でも、ごまかされるよりはマシよ。それに、なんだかんだ言ってもサンジ君のこと一番分かってるの、あいつでしょ!叩き起こしに行きまし ょ!!ゾロを!!」 ハンモックから落とされても寝続けるその腹に、ナミは渾身の足蹴りを喰らわした。 「―――っ!!ナミっ、てめえ!」 ようやく起きた緑頭の剣士に、ナミはにっこりと笑う。 相手がウソップならば、顔色真っ青、身体震えまくりの魔女的微笑み。 だが、当の剣士はそれを意にも介せず、時計を見て眉間に皺を寄せる。 ナミが魔女なら、ゾロは鬼だ。 二人の睨み合いに横でブルブル震えながら、そう思うウソップだった。 「あぁ、知ってるぜ。」 ナミがサンジの様子をかいつまんで説明すると、ゾロはあっさりそう言ったのだ。 これには、ナミより先にウソップがキレた。 「ゾロっ!!なら、なんで言わねぇんだ?あんな状態でほっといていい訳ねぇだろ?!!」 「そうよ!」 ナミも詰め寄ると、ゾロはため息をついて言った。 「あいつぁ、言うヤツじゃねぇだろ?」 ゾロの的確な指摘に、ナミもウソップも言葉を失う。 「嵐の次の日ゃ、喧嘩ふっかけてこねぇ。極力、一人でいやがる。てめえらは、自分からコックに声かけることが多いから気付かねぇんだ ろ。」 「でも、でも、このままじゃサンジ君………。」 「助けてやれねぇのか。」 ナミとウソップの必死な様子に、しょうがねぇなとゾロが歩き始めた。 「「ゾロ?!!」」 二人の問い掛けに、ゾロは振り向き様にニヤっと笑う。 「あいつに自覚させてやんのさ。」 表情に疑問を浮かべる二人にそう言い捨てて、ゾロは男部屋を出て行った。 |
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<Side:サンジ> |
「おい、クソコック。」 声を掛けられて、はじめてラウンジに自分以外の人間がいることを知った。 顔を上げると、ゾロがラウンジのドアを開けて立っている。 「………てめぇに用はねぇ。とっとと失せろ。」 極力感情を込めないように話す。 気を抜けば、我を忘れて泣き叫びそうだ。 (こいつの前で、んな無様なマネできるか。) だが、それもいつまで保つか? だから、早く出て行って欲しい。 そんなサンジの思惑を知ってか知らずか、ゾロはずかずかと中へ入ってきた。 そしてラックから瓶を一本抜き取ると、サンジの前に腰を下ろした。 「てめぇ、オレの話聞いてなかったのかよ?」 「あぁ?聞く耳持たねぇな、んな顔してるヤツの話はよ。」 ゾロの言葉に、サンジは愕然とする。 そんなに側から見て気付かれる程、表情に出ているのだろうか。 「てめぇは隠してるつもりだろうがな。」 ゾロはそう言いながら酒の封を切り、そのままグイッと煽る。 そして黙ったままのサンジを見て、付け加えた。 「オレにゃ、関係ねぇってツラだな?」 「分かってんなら、失せろ!」 思わず叫んだ。 自分の声に驚く。 余裕の無いのがありありと分かる。 「……出てって……くれ。」 もうこれ以上無様な面見ないでくれ。 サンジがそう言うと、ゾロはふぅっとため息をついた。 そして、持っていた酒瓶をテーブルに置くと、徐に口を開いた。 「てめぇは、オレが弱いヤツだと思うか?」 突然の展開についていけず、サンジはゾロの顔を見た。 「オレはまだ最強じゃねぇ。」 ゾロは訥々と話し始めた。 オレはまだ最強じゃねぇ。 オレより強いヤツぁ、多分一杯いるんだろうよ。 だが、オレは負けねぇ自信がある。 なんでかわかるか? オレは常に戦いの中で自分の弱点を見極める。 弱さを自分で認めるんだ。 認めなきゃ、負けんだ。 いいか、コック。 てめぇは強ぇんだろ? ナミやウソップ、ルフィさえも支えてやれる程強ぇんだろ? ならよ、自分の弱さ認めろ! 克服しろっつってんじゃねぇ。 弱いとこもあんだって晒せ。 てめぇが泣き事抜かしたって、馬鹿にするようなヤツらじゃねぇのはわかってんだろ? 年下やましてやレディに言えるかって? んじゃ、オレに言え。 あぁ、馬鹿にしたりしねぇよ。 それもひっくるめて、てめぇだろ? てめぇがこうしてる事ァ前々から知ってたが、馬鹿にした事ァねぇだろ? 気持ち悪ィってか? へへっ、違ェねぇ。 お?! そうだよ、そうやって自分の気持ちに正直にしてりゃいいんだ。 ゾロが笑う。 サンジは、自分の頬を何か流れているのに気付いた。 (オレぁ、泣いてんのか?) サンジが自分の頬を触ると、涙がポロポロとこぼれ落ちているのが分かる。 ふと気付くと、ゾロがサンジの横に座っていた。 「顔見ねぇぜ。好きにしな。」 そう言って、ゾロはサンジの頭を掴んで肩に載せた。 その温もりに、今まで頑なに守り通していた何かが溶けてなくなっていく。 「オレは……嵐が怖ェ。」 サンジが泣きながら、呟く。 「あぁ。」 「………また、飢えんじゃねぇかって……考える。」 「あぁ。」 「今度ァ………死ぬかもしれねぇって……。」 「………そうか。」 自分に触れているゾロの手の暖かさに、胸が痛くなる。 自分の言葉に与えられる返事があることに、ひどく安堵する。 サンジはもう言葉もなく、えぐえぐと泣きじゃくった。 サンジが泣いている間、ゾロはサンジの頭をポンポンと叩いていた。 そして、サンジが落ち着くのを待って、ゾロはふと浮かんだ疑問を口にした。 「そういや、バラティエも船だろ?あん時ゃ、どうしてたんだ?」 「………同じ思いしたクソジジィもいたしな。日中は嵐でも客が来て忙しかったから。夜は………酒飲んでみんなで大騒ぎしてた。そっか、オ レの為か……。」 「ふーん。………いい連中じゃねぇか。」 「てめぇに言われるまでもねぇさ。」 「んじゃ、これからはオレが付き合ってやるさ。」 ニッと笑っているゾロに、サンジもヘッと笑い返す。 「てめぇの柄じゃねぇな。」 サンジが言えば、 「お互いにな。」 とゾロが返した。 「でも、いいのか?」 「あ?」 サンジの言葉の意味が解らず、ゾロが先を促す。 「オレ、てめぇを手放せなくなっちまうぜ?」 それを聞いて、ゾロがククッと笑う。 「何がおかしいんだよ?」 ムッとしたサンジに、ゾロは笑顔を向けて答える。 「あぁ?手放せなくて構わねぇぜ。オレぁ、てめぇに惚れてっからな。」 「――――っ?!」 サンジの顔がみるみる赤くなっていく。 それを見て、ゾロは声をたてて笑った。 「―――てめぇ、からかってやがるな?!!」 「いや、からかってねぇ。」 急に真面目な顔をしたゾロに、サンジの胸が鼓動を速める。 「弱みに付け込みたかねぇが、嘘は付けねぇ。」 ゾロの真摯な言葉に、サンジはそれがゾロの本心だと直感する。 そうなら、今まで隠し続けた気持ちを、伝えてもいいのかもしれない。 「………なら、ならよ。余計に手放せなくなっちまったな。」 「ん?」 「オレもてめぇに………。」 「コック?」 「………てめぇに惚れてるぜ、ゾロ。」 ゾロが自分を凝視しているのを感じて、サンジは顔を伏せる。 両肩にゾロの手が載せられて、サンジは尚更顔を上げられない。 「顔見せろ!」 ゾロの言葉に、サンジがそろそろと上を向くとゾロの顔が思いの他近くて、更に胸がドキドキする。 「本気か?」 ゾロが不安げな表情でサンジに尋ねる。 いつも自信に満ちた顔しか見せたことのないゾロが。 だから、サンジは満面の笑顔で答える。 「あぁ。てめぇが好きだ、ゾロ。」 「………そっか。」 そう言ってサンジの肩に額を載せる。 「嘘みてぇ。」 ゾロの声が震えているのを感じて、サンジは驚きながらもその背中に手を回す。 ゾロの体が一瞬ピクッとしたかと思うと、ぎゅっと思い切り抱き締められた。 「………ゾ、ロ……?」 「すげぇ、好きだ!サンジ!!」 名前を始めて呼ばれて胸がホワァと暖かくなる。 「……いきなり、反則だぜ。」 サンジは、照れ隠しに小さく呟いてみる。 嬉しくて、嬉しくて、ゾロの背中に回した手に力を込める。 しばらく、二人は言葉もなくただ抱き合っていた。 |
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<Side:ゾロ> |
ゾロは、自分の腕の中にいるサンジから力が抜けて来ているのを感じて、そうっと体を離してみた。 そして、サンジの顔を覗き込むと………。 (寝てんのか?) 目を閉じて、コックリコックリと頭が揺れているサンジ。 ゾロはふぅっとため息をつくと、サンジの体をゆっくりとベンチに倒した。 (どうせ、一睡もしてねぇんだろなぁ。ま、気持ちは確かめたんだ。焦ることァねぇ。) そう思い直して、サンジの額に軽くキスをして立ち上がった。 すると、サンジがうっすら目を開けてゾロを見た。 「いいぜ。寝てろよ。」 「……側に……居て……くれんだろ?」 サンジの心細そうな声に、ついさっきした約束を思い出す。 「あぁ、そうだったな。手でも握ってやろうか?」 最後の台詞はからかい半分で言ったのだが、睡魔に襲われると素直になるのか、サンジは手を差し出してきた。 ゾロは、その手を優しく握って言った。 「どこにも行かねぇ。だから、ちっと寝ろ。」 ゾロがそう言うと、安心したようにニコッと笑うとすぐに寝息を立て始めた。 今までの自分達の関係から考えたら、有り得ないこの状況だが、自分の手に伝わる温もりが現実だと教えてくれる。 ゾロは、自然と笑みがこぼれるのを感じながらも、サンジの枕元に腰を下ろした。 そして、 「もう、一人で泣くんじゃねぇぞ。」 と小さな声で呟くと、寝ているサンジの頬に唇を寄せた。 |
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<Side:ナミ> |
(さて、どうしたものかしら。) 船尾から、ゾロの首尾を見守っていたナミは思いもよらない結末に頭を抱えたくなった。 サンジ君の悩みは解決したのだろう。 それは、希望通りだ。 万々歳だ。 (でも、結局、嵐の翌朝ラウンジに入りづらい事に変わりないんじゃない。) 然も、気を使う相手が更に増えている。 ナミは、ふぅっとため息をついた。 さて、さしあたって今日はどうしようか? ウソップには、素直にホモカップル逢い引き中って言おう。 彼の事だ。 絶対、どっちか出てくるまで入っていかないだろう。 (命は惜しいもんね。) 自分はゾロなんて全然怖くないけど、せっかくサンジ君が寝られるようになったの、邪魔したくないし。 目下の問題は、現在男部屋で熟睡中の船長のみ! (なんとか1時間位は、私の隠しオヤツでつれるかな?後は勘弁しなさいよ、ゾロ。) サンジ君のための計画が、ゾロにも良かったとはねぇ。 世の中、ほんっとに分からないものね 首を傾げながら、男部屋に向かうナミの姿があった。 |
END |
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所謂嵐ネタv手を繋いでと強請るサンジvv
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