誕生日、いつか知らねェ。 低い呟きに似たような言葉を聞いたのは、ついこの間だ。 あんまり他所事みてェであっさりしてて。はあ、なんて気の抜けた返事をしたのを覚えてる。 (──あんときゃローグタウン出たばっかで、ほんとにもうすぐグランドラインに入んだな、とかみんなやたらと盛り上がっててよ。あの 島に立ち寄ったら丁度祭りをやってて、ふるまい酒が飲み放題で、そんで……) 田舎の島らしい、素朴ないい祭りだった。 水がすこぶるきれいなので、何ともいい酒が造れるのらしい。 まずウソップが飲みすぎでぶっ倒れて、ルフィが何でだか食いすぎでぶっ倒れて。 あーもー飲みすぎちゃった、あたしはお先に退散させてもらうわ、とかってナミさんは手をヒラヒラさせて船に帰って行っちまった。 ナミさんの後姿を見送ってその後、俺は黒髪の美女を必死で口説いてたっけな。 いやー結構必死だった。というかもの凄ェ必死だった。いや実はめちゃくちゃに必死だった。 でも結局はフラれっちまって、俺は酔いも手伝ってちょっと半泣きになりながら、広場の隅っこにあったでけェ木の下に倒れこむよう に座った。 そんでハナ啜りながら顔を上げたら、そこに樽酒抱えたクソ剣士の奴がいたんだ。 『……誰も盗らねェから。樽、抱え込まなくていいから』 俺はうんざりしたように言ったのを覚えてる。 なんかあの、笹に執着するパンダみてェに見えた。 奴も咄嗟の行動だったらしかったが、すぐにちっとは大人げなかった、とか思ってくれたんだろうか。 樽についてる枡に酒をなみなみと入れて、いきなり俺に向かって突き出してきやがった。 俺はまだやっぱり酔ってたんで、何だかそれが嬉しかったんだよな。 枡を受け取りながらべらべら喋った。俺は本格的に酔いが回ると、いつもよか饒舌になるらしい。 『んだコレ、くれんのか? あ、そーいやさっき、あの広場中央の焚き火んとこ通ったらよ。こォんなでっけェカメん中に酒だばだば入 れて、火で炙ってあっためてたぜ。えれェうまそーな匂いがしたな、ありゃ絶対ェめちゃくちゃいい酒だな』 『本当か』 と、奴の目がギラリと光った気がした。なんかやべェ光り方だ。 『ウソついてどーするよ。それにああいう呑み方は風情があっていいが、早く呑んじまわねェとアルコールが飛んでダメんなっちまう。 さすが祭りの時は豪快な事すんだなァ、ってちょっと感動しちまって……って、』 目の前でいきなり、ゾロの奴が。 持ってた樽を抱え上げ、ありったけの酒を飲み干そうとしやがった。 ぎょっとして慌てて止めに入る。何十ガロンだっていう話だ。 『待てまてまて、あの酒なら後から俺がちゃんともらってきてやっから! こんなとこでわざわざ人外の証明してんじゃねェよ、それ全 部呑んでも死なねェ気か? 死にゃしねェ気だろてめェ?』 樽を引っ掴んで下ろさせると同時に、ゾロの足をガツガツ蹴りつけた。 まァでも、“今あるものをちゃんと平らげてから、おかわりをしに行こう”ってな姿勢にだけは好感が持てたな。ほんとそこんとこだけ な。 GM号に乗っていざ航海を始めると、俺ァその食料と酒の消費量に度肝を抜かされてた。 食う方はもっぱらゴム担当だが、酒はってェとあまさずこんにゃろうのしわざだ。尋常じゃねェ量を呑む。 ったくこういうのが船に一人いるだけで、エンゲル係数ってぽーんと天井知らずに跳ね上がっちまうんだよなァ、なんて思っては頭 を抱えたりはしてたんだけども。 『──何でも今日は、この島の誕生日だってな。何百年か前だかに海が割れて、海中深くから島が現れた日なんだとよ』 この島は海流の関係らしい、一年中寒さが続くのだという。 だから祭りも冬祭りになる。 祭りは夏や秋に多いものだと知ってるので、冬の祭りは物珍しい。 『誕生日か』 『ああ。だから祭を開いて、みんなで祝うんだ』 ドーン、ドーンと太鼓の音が響いていた。 高らかな笛の音、もろ手を挙げて踊る老人達。 あちこちに吊るされた提灯達が、紺色をした暗闇をところどころ橙に染め替えてる。 俺は枡酒を飲み干して、てめェの誕生日っていつだっけ、とか聞いたんだったか。 そしたら奴は言ったんだ。 いつか知らねェ。 いつだろうな、って。 踊る炎に目をやったまま。 『……。うし、マリモヘッド。俺がてめェの誕生日決めてやんよ』 何で、って聞き返すのは即行でやめた。 それに自分の生まれた日を知らねェ奴は、俺が知ってるだけでも数人はいる。 こんな世界のこんな時代だ、それについてどうこうは言うつもりもねェよ。 それに、こいつは。この野郎は。 『誕生日をか? おめェがか』 『紛れも無く俺がだよ。えーとあー、11月11日、とかどうだ?』 言いながらひとつ頭を振った。 ゾロの脇から樽を引っこ抜いて担ぎ上げる。酒は殆ど残ってねェけど、樽だけでもこりゃ結構な重さだ。 『ゾロ目っていうだろよ。てめェの名前にちなんでやったぜ、ザマーミロだ』 言ってて何がザマーミロなのか、自分でもよくわかんねェなとか思った。 が、ともかくフハハハハ、と腰に手をあてて笑い飛ばしてやる。こういうのは勢いが大事だろ。 それに11月11日ならもうすぐだ。 誕生日を知らねェってことは、誕生日に誰かから祝ってもらったこともねェんだろう。 バカみたいに騒ごう。みんなからプレゼントをこれでもかって貰いやがれ。 そんでもって 『ありがとよ』 とか言え。 多分こいつ、すげェそーいうの苦手だろうけどちゃんと言って、ちゃんと頭とか下げやがれ。 そういう日が年にいっぺんくれェはあってもいいんだ。多分。 『……ほんとにゾロ目だな』 が、そこは俺とクソマリモの間柄だろ。 こいつァ何か文句の一つ、ケチの二つでもつけやがるだろう。それとも鼻で笑いやがるか、と俺はちょっと身構えて立ってたんだけ どよ。 ゾロはこれまた拍子抜けするほどあっさりと頷いた。 11月11日か、なんて指で手のひらに書いたりなんかしてる。 『あの、…………てめェ、マジでか? ほんじゃてめェのバースデーってのは、これから毎年11月11日?』 『そうじゃねェのか』 『……。覚えやすい、とかよ。そーいうかんちんちんな理由で決めただろ』 『それもあるな。何だかんちんちんって』 『知らねェのか、簡単の最上級だ。ものすげェ簡単って意味なんだ』 『アホか。いいからとっとと酒貰って来い』 あれだ、熱いのがいい、とかエラソーに言われて。カチーンと頭のどっかが鳴りまくったんだけども。 後から酒貰ってきてやるよとか言い出したのは自分だったし、何より俺が熱い酒を所望するくらい体が冷えてきてた。んで、俺ァそ のまま樽抱えて広場に足を踏み出した。 踊るレディたちに口笛を吹いて、昔はレディだったおかーさん達に投げキッスを投げまくって。 燃え盛る焚き火番のおやっさんをねぎらったら、死ぬほど旨そうな貝のつぼ焼きを紙の袋に入れて持たしてくれた。 そんでモワモワと湯気を吐き出してる酒を、樽にゆっくりと注いでもらう。 よっこらと肩の上に樽を抱え、ほら酒だぞーとゾロの方を振り返った。 ぶんぶんと空いたほうの手を振った。 奴は木にもたれたまんま、ちょっと笑ったように見える。 そりゃ俺が初めて見る、ちっと珍しいようなツラで。 嬉しいんだな、早く呑みてェんだなきっと、とゾロのとこへ早足で歩いてった。 木の根に足を取られてすっ転びそうになりながらも、どうにか無事に辿り着けた。 そのままそこで呑み続けて、俺は結構すぐに寝ちまったらしいんだが。 朝起きたらいつものハンモックの上だった。どうやらゾロの奴が俺を担いで、ルフィとウソップ叩き起こして船まで案内させたのらし い。 あいつと何を喋ったわけでもない。 もうすぐグランドラインだなとか、ローグタウンでのこととか。 酒あちーな、でもあちーからうめーんだよな、とかそういうことを少しだけ。 でも、何となく忘れられない夜になった。 寒くなると時折思い出すだろう。 そんであのつぼ焼きまた食いてェな、とか思ったりするんだろう。 11月11日の夜だった。 思ってた以上の大宴会が終わって、あらかた片付けも済んだ頃。 ウソップは酔い潰れて起きて水飲んでまた酔い潰れて、ルフィは食いすぎで口もぐもぐさせたまんま寝ちまってた。面倒くせェ、纏 めて男部屋に放り込んで来た。 ナミはいつの間にかいなくなってた。そういや肌に悪ィとか何とかで、あいつが夜更かししてるとこを見たことがねェ。 甲板に転がりまくってた酒瓶や何かを拾ってきたんだろう、ヒー寒ィよーん、なんてご陽気な声と一緒に、コックが中に飛び込んで 来る。 まだクラッカーの煙り臭ェラウンジの中、二人で顔を突き合わせる。 よう、と言うとこっちを向いて、コックの奴もよう、って言いやがった。 「楽しかったな、宴会」 コックがそう言ってくる。 飲み残しのワインをうまくブレンドして呑むってのも、海賊船のコックには必要なスキルだとか言っていた。 本格的に寒流海域へ向かってる船内は寒いはずだ。 が、コックの顔は幾分上気してて、ちっとも寒そうには見てとれない。桃みてェなツラしてやがる。 「すげー騒いだなァ。船の上でよかったぜ、島だと宿主に追い出されっちまう」 「だろうな」 「悪くねェだろ? 誕生日ってのもよ」 おめでとーな、ゾロ。 何回耳にしただろう。コックはまた同じ台詞を舌に乗せ、へへへと笑った。 「ルフィの奴、すんげー食ってやがった。クソ、塩漬けにしてた肉までそっくりイかれちまったぜ。仕込み直さねェといけねェ」 「頑張れよ」 「そんでウソップは酒、もちっと呑めるように鍛えてやんねェとな。あんな弱えェまんまじゃ野郎としてちっとなァ。てめェを担当教官に 任命してやんよ、ファイトだクソ剣豪」 「やなこった。面倒押し付けてんじゃねェよ、クソコック」 そう言うとコック顔を上げ、俺を見返してへへ、とまた笑った。 俺ァ一旦閉じかけた口を中途半端にあけたまんまで、コックの視線を受け止める。 「ありがとう」 「ア?」 「誕生日だ」 そう言ってみたら、コックの目がみるみる見開かれた。 「おめェが決めねェと、一生こんなのは無かった。11月11日」 「ど、どーしたんだ? オイ呑みすぎで神経イかれちまったんだろ、有り得ねェこと言うんじゃねェよ」 言ってからブルブル震えてやがる。ルフィじゃねェが失敬な野郎だ。 こいつは知らねェんだ。 それから勘違いをした。 誕生日を知ることもできなかったほどに、身寄りも何もないまま育った男。 俺の事をそんな風に思った。だからコックは 『俺が誕生日を決めてやる』 なんて、茶化したように言って来たのかもしれない。 そりゃ見知った奴が 『自分の生まれた日を知らない』 などと言ってるのを聞けば、誰しもが幾許かの同情を覚えるのは致し方ない だろう。 俺の場合は、生まれた島にそんな風習があった。 生まれ来る男子にその授かった日、一切あまねく教えるべからず。 後に成長してからこれしかねェと決めた女に、初めて自らの生まれた日を定めてもらう。 自らの性根も相手への気持ちも、相手に定めて貰ったんならその生まれ日も。一生を通じてこればかりも揺るがない。相手によっ て生まれ直した生を、全うするべく生きる。 それを貫く心積もりの無ェ奴は、口に出すことも侭ならない。 そんな仕来たりだ。島じゃ古くからあったらしい。 そんで俺ァ、まさか自分がそんな俗習をなぞるような真似をしでかすなんざ、これっぽっちも思ってやしなかった。 いつだっていいじゃねェか、生まれた日なんてよ。 他人にわざわざ決めてもらう必要もねェ。んなもんは無しで構わねェだろ、減るもんでもねェ。 俺はずっとそう思ってた。 思ってたんだ。 あ、寝た。 寝やがったゾロの奴。 今の今までくっちゃべってたのに、少し笑いながら椅子に凭れて。そのまま目を瞑ったと思ったら、即座にことりと落ちてしまってた みてェ。 「……んだ。寝ちまったんかよ、このバカめ」 こんなとこで寝ちまったら風邪ひくぞ、と言いかけて、ゾロを常人扱いしてしまった自分にツッコミたくなる。 俺は立ち上がって、ゾロの隣の椅子に腰掛けた。 間にもうひとつ椅子を入れ、ゾロの肩に手をかける。引き寄せるとガクリと俺の膝上に倒れこんできた。 「こうなると絶対ェ起きねェよなァ。このバカたれ」 もう一度呟いて、窓の外に目をやった。 こいつは知らないのだ。 俺が 『知ってる』 ことを知らない。 バラティエにはそれこそありとあらゆる島から、コックが修行にやって来る。 コックたちは自分の生まれ地方の風土や伝統料理をバラティエに残して行き、バラティエからはバラティエなりの料理の組み立て というものを教えるのだ。 中には 『あの魔獣ロロノア・ゾロと生まれ島が同じ』 とかいうコックだっていた。 見てくれるかサンジ。おれに誕生日をくれた女だ。 男はコックコートの中からロケットペンダント引き出し、その蓋を開けて俺に見せてくれた。 幸せそうな笑顔を今も覚えてる。 そのコックのも、ペンダントの中のきれいなレディのも。 ふざけて何でもないような顔をして。 俺が誕生日を決めてやると言った。11月11日。 ゾロは知らないままでいい。 こんにゃろはバカで破天荒な奴だから、生まれた島の風習なんか知ったこっちゃないとか思ってるんだろう。 じゃねェと俺が決めた日なんて、誕生日にしちまう訳がねェ。 「……ありがとうなんて、俺に言わせろ。このタコが」 緑の髪を撫でると、さり、と指先に音を残す。 おめェが決めねェと一生無かった、なんて言われた。 嬉しかった。 それが何の意味もないものだとしても俺は、腰が抜けるほど嬉しかったんだ。 ゾロはふと、俺のズボンに顔をこすり付けるようなしぐさをした。 すげェ動物みてェ、とか思ってたらすぐに、更に深い眠りについたようだ。 確実にゾロの方が体温が高い。足にカイロを乗せてるみてェだ。 起きたら何か言ってやろうかと思う。 いや、何も言えねェだろうな、とも思う。 それでもこの日を、俺は忘れないだろう。 カタカタと海風が窓を鳴らす。 ゾロの耳をゆっくりと手のひらで覆いながら、そんな風に思った。 END |
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「heart beat」のチガヤさんにご無理言ってDLFにして頂いたのを、頂いてきましたv
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チガヤさんの書かれるゾロサン未満のお話、本当に大好きですv
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お互い想い合ってるのにそれを伝えず、それでもさり気なく自分の気持ちを言葉に乗せる。
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当然、お互いに相手の気持ちには気付けないんだけれど・・・。
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そんな2人が堪らなく可愛くて愛しいですvv
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ゾロのお誕生日、只のゾロ目じゃなくして下さったチガヤさんのSSv
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この日を忘れません!
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チガヤさん、素敵なSSをありがとうございましたv
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