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定町廻同心ロロノア・ゾロは帰り道を急いでいた。 それもこれも、手下の岡ッ引ヨサクからの報告があったからで。 危急の事態ではあったが、担当外の事件ということもありそう簡単には退出が許されず。 已む無く担当与力エースへ言付け、自身の事件の報告書を史上最速で仕上げて急いではみたものの。 時刻は、暮れ六つを過ぎていた。 自分の町屋敷の門をくぐり、玄関で声を掛ければヨサクが顔を出した。 「ゾロの兄貴、お帰りなせぇやし。」 「どうだ、様子は?」 「へい、あれ以降変な動きも無い様で。御新造さんも御無事でやす。」 「てめぇ、・・・・・・・・・あいつの前でもそういってんじゃねぇだろな。蹴り出されっぞ。」 ヨサクの返事と顔色を見て少し安心したゾロは、ヨサクをからかった。 「やめてくだせぇ。今までだって何回気ぃ失いそうになったか。」 「聞こえてんぜ。」 そう言って奥から出てきたのは、ゾロの御新造もとい同居人のサンジだ。 「オレぁ、こいつと所帯持ってるワケじゃねぇし、ましてや女じゃねぇぞ。蹴り飛ばされてぇのか?」 「ひゃぁあああ、勘弁して下せぇ。ゾロの兄貴、何とか言ってくださいよ。」 ゾロはニヤニヤ笑いながら、下駄を脱いで上がりサンジの元へと近付く。 「まあ、許してやれ。ヨサク、ありがとよ。飯は食ったのか?」 「はい、馳走になりやした。」 「んじゃ、もういいぜ。好きにしな。」 「それじゃ、部屋戻らせてもらいやす。サンジさん、御馳走様でした。」 「おう、また来い。」 ヨサクは草履を履くと、ペコッとお辞儀をして町屋敷内の自分の部屋へと帰って行った。 それを見送って、ゾロは隣に立つサンジを見つめる。 「・・・・・・・・・んだ?」 「大丈夫か?」 「へっ、あんな雑魚共、屁でもねぇよ。」 そう、つい3刻ほど前入った報告で、サンジが襲われたというのだ。 前に勤めていた実家の引手茶屋からの帰り道だったという。 相手はまたしてもクリーク一味らしい。 いつになったら諦めるのか。 そもそもゾロとサンジが知り合ったのも、サンジがクリーク一味に誘拐されそうになったところをゾロが助けたからで。 引手茶屋に来たある大尽が、サンジを見初めたのが切欠らしい。 クリーク一味は木挽町の陰間茶屋の人間で、そいつがクリーク一味に話を持ちかけたのだ。 そいつが未だにサンジを狙っているのかと思うと、ゾロは気が気じゃない。 「出歩くなら、一言言ってくれ。」 「オレぁ、男だぞ。もうあの頃のガキじゃねぇ。自分の始末くれぇ自分で何とかする。」 「・・・・・・もしも、ってこともある。」 「心配性だな、てめぇは。禿げるぞ。」 「禿げねぇ。」 くくくっと笑うサンジに、ゾロは眉間に皺を寄せる。 それを見て、またサンジが笑う。 「ほれ、んな顔すんな。メシできてるぜ。喰うんだろ?」 「・・・・・・・・・おう。」 クルッと向きを変えてスタスタと奥へ入っていくサンジが、ゾロを振り返って手招きする。 適当に誤魔化された気がしたゾロは、釈然としない気持ちを抑えきれないままサンジに続いた。 夕餉の後、2人で風呂屋へ行き、その帰り道。 無言で先を行くサンジの後姿に、急に不安を覚えたゾロはサンジの腕をグッと掴んだ。 「???どうした?ビックリすんだろが。」 サンジが目を見開いて、振り向く。 「・・・・・・てめぇが・・・・・・。」 「あぁ?」 「てめぇが、どっか行っちまう様な気がした。」 サンジの腕をギュッと力を込めて掴んだまま、ゾロは俯いた。 サンジは掴まえられた腕からゾロの手をやんわりと外すと、その手でゾロの頬に触れた。 「ここにいるぜ、ゾロ。」 「・・・・・・・・・サンジ。」 ゾロが顔を上げてサンジを見つめる。 「・・・・・・てめぇ、金持ってるか?」 唐突にそう聞かれて、ゾロは目を丸くする。 「昨日から川開きだってよ。久し振りに船乗らねぇか?」 「・・・・・・・・・いいけどよ。どうした、急に。」 「いや、そんな気分になったってとこかな。行こうぜ。」 サンジがゾロに手を差し出す。 ゾロがその手を握る。 柔らかい笑みを浮かべたサンジの横顔と手のぬくもりを感じて、ゾロは少し安堵の溜息をついた。 馴染みの船宿で空いている船を手配して乗り込む。 屋根船、所謂連れ込み宿の船版だ。 まだ、サンジが引手茶屋に勤めている頃、よく利用した。 町屋敷にサンジを連れてきてからは、使うことはなかったが。 船頭に幾らか金を渡して岸に寄せてもらい、船頭が「ごゆっくり」と席を外した。 障子を少し開けて、川面を眺めるサンジとそれを見つめるゾロ。 しばらく沈黙が続いて、サンジが徐に口を開いた。 「今日、ジジィんとこ行ってきた。」 「あぁ。」 「ミホーク様が訪ねてきたそうだ。」 「・・・・・・父上が?」 勘当されて以来、顔を合わせていない父が何故サンジの祖父の所へいったのか? 皆目検討もつかない。 ゾロの問うような視線を感じたのか、サンジが話を続ける。 「オレが戻る予定はないのかと聞かれたそうだ。」 「?!!」 ゾロは驚きの余り、声も出ず硬直する。 それは、暗にゾロと別れるという事で。 勘当の原因であるサンジとの仲をまだ受け入れきれてないという事で。 そして、未だに跡取り息子であるゾロを諦めきれてないという事で。 「養子としてエースを迎えるのに難色を示しておられるらしい。」 「・・・・・・・・・で、どうしろっていうんだ、てめぇは。」 そこで、初めてサンジがゾロの顔を見た。 表情が読めない。 でも、今まで伊達に惚れて惚れて惚れ抜いてきたわけじゃない。 こういう顔をする時は、サンジが自分の感情を押し殺している時だ。 「父はどうでもいい。てめぇは?てめぇは、どうしろっつんだ?」 詰問するゾロから目を逸らすように、サンジは視線を川面に移す。 「・・・・・・戻るつもりは、ねぇのか、ゾロ?」 「無い。」 戸惑いながら紡ぎ出された疑問に、即答で否定する。 「小さい頃から、総領息子として父の後を継ぐ事だけ教え込まされてきた。それに関して不思議に思ったことや疑問に思ったことは無 い。 |
だが、それが幸せとも思わねぇ。好きなヤツの側に居ねぇで、生きていける程オレぁ心をなくしちゃいねぇぞ。」 「・・・・・・・・・。」 「オレの幸せ決めんのは親でもねぇ、周囲の人間でもねぇ。それに、てめぇでもねぇ。オレだ。他人がどう思おうが、どう言われようが |
オレはてめぇを離さねぇ。」 「・・・・・・ったく、てめぇは。そりゃ、天然か?」 サンジが漸く川面から目線をゾロに向けて、呆れたように笑う。 それを見て、ゾロは少しホッとした。 周囲の目に必要以上に過敏なサンジ。 全く気にも掛けないゾロとは正反対で。 ゾロから、与力の職も、将来の町奉行の座も、安定した将来も、そして守っていくべき旗本としての子孫繁栄も。 なにもかもゾロから奪い取ったと思っている。 そして、それを未だに根に持っている。 ゾロにとっては、そんなものサンジとの生活には替えられないどうでもいいことなのに。 「てめぇが、オレとやめてぇと言っても、オレはてめぇを手放せねぇ。悪ぃな。」 サンジの手を取り、自身に抱き寄せ、その背に腕を廻して力を込める。 少しでも、ゾロの気持ちが届くように。 ゾロとて、サンジから周りを気にせずに生きていく道を奪ったのだ。 男としての幸せも、小料理屋を開くという夢も。 「手放されちゃ、堪んねぇ。離れらんねぇのは、オレだ。ゾロ。」 わずかに潤んだ瞳で見つめてくるサンジにゾロは優しく口付ける。 障子を閉めて、サンジの身体を横たえる。 帯を解いて、襟元を肌蹴て、首筋に顔を寄せる。 サンジがくすぐったそうに身を捩る。 それは、いつも変わらないサンジの反応で。 こうして、サンジの側に当たり前のようにいられる、この生活がいつまでも変わりなく続く日常であるように。 ただ、ただ、それだけを願って、サンジの白い肌に接吻を落とす。 遠くで、誰かの上げた花火の音が響いて、サンジの喘ぐ声を霞ませた。 |
END |
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屋形船での絡みv
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