CHILD PANIC




ゾロが子供になった。


歳は3歳位か。
ルフィとウソップはゾロすげぇと大喜びだ。
チョッパーは訳分からないと頭を抱え、ロビンは意外と可愛いわねと感想を漏らした。
ナミはオムツ外れてて良かったわね、と子育て辞典を読んで呆れ口調で言った。
確かに地獄に仏か。
面倒みる側からすりゃ有り難いが。
――――でも、オレはどうすりゃいいんだぁ?!!
誰かにぶちまけたい気持ちを必死に抑えながら、サンジはひきつりそうになる顔を無理やり笑わせていた。


ずーっと好きだったゾロとひょんなことから両想いと判明したのが二週間前。
所も時も構わず盛りまくる剣士に、船上禁止を申し渡し、やっと陸に着いたのが今日の昼過ぎ。
遅めのランチをピクニック形式でというレディ達の要望に応え、大盛況を収めた後。
「今夜、な?」
すれ違い様に耳元で囁く欲の隠った声に、サンジは背筋をゾクッとさせながらも、
「おう。」
と平静を装い、返事をしたのだ。
片付けに思ったより時間がかかり、ゾロが待っている宿へ急いだのだが。
ゾロは来てないとフロントで言われ、クルーに聞くと途中で別れたと言う。
ランチした丘からここまで下り坂1本。
だがしかし、侮るなかれ迷子剣豪。
仕方なく捜しに行ったサンジが目にしたのは、下り坂途中の草むらに転がった3本の刀。
――――何かあったのか?!
一瞬嫌な予感がよぎったが、その隣に横たわる人を見て血の気が退いた。
「チ、チョッパァァァァアーーーっ!!!」
絶叫するサンジの声に驚いたクルー達が跳んできて見たのは、

サンジに抱かれたゾロ、のミニチュア。

その手には、食べかけの木の実が握られていた。


「やはり、この実が原因だと思うわ。」
ロビンが冷静に言うと、チョッパーもうんと頷いた。
「でもオレこんなの見たことないし、オレの持ってる本にも載ってねぇんだ。成分調べるけど、時間かかるかも。」
申し訳無さそうに言うチョッパーにナミがにっこり笑う。
「仕方ないわ。そもそも勝手に拾い喰いするゾロが悪いんだし。」
「でもよ、ゾロこのまま海連れてったらヤベェだろ。戦闘力落ちるだけじゃ済まねぇぜ。」
とウソップが怯える。
「えーっ、面白ぇじゃんか。」
ルフィは相変わらず脳天気だ。
「ま、この島のログ溜まるまで3日あるんだ。その間に情報集めよう。」
サンジは不安そうなゾロを膝に乗せて提案した。
そして、ゾロにニッと微笑んで
「大丈夫だ。んな心配すんな。」
と頭を撫でてやると、ゾロはサンジを見てニパッと笑い体を擦り寄せてきた。
ほーっとクルー達の目が点になり、そして声を揃えて言った。

「サンジ(君)(コックさん)が面倒みろよ(みてね)。」
「は?」

「だって、懐いてるし。」とナミが言い、
「後はオレ達に任せとけ。」とチョッパー。
「サンジ、お母さんだ。」ウソップが言えば、
「ゾロ、可愛いな。」とルフィが笑う。
「コックさん、頑張って。」ロビンは励ましてくる。
軽い目眩を覚えながらも、腕の中で寝付きはじめたゾロを起こさないように頷いたサンジだった。


翌日、朝から成分分析するチョッパー・ロビンと、情報集めに勤しむナミ・ウソップ・ルフィ(ルフィは遊んでるだけだが)に
対し、サンジはゾロの面倒に四苦八苦していた。
子供の面倒などみたことないサンジ。
他のクルーも似たり寄ったりだが、サンジは物心ついた頃からGM号に乗るまで自分より年下とまともに付き合ったことは
ないのだ。
しかも3歳児と言えば、イヤイヤとナンデの応酬。
いい加減にしろと切れれば、目に涙を浮かべて地団駄を踏む。
ふぅっとため息を付くと、「シャ(サ)ンジ?」と首を傾げて見上げてくるので、無碍にもできない。
可愛いには可愛いのだ。
自分以外にはまだ警戒心を示すチビゾロ。
喜怒哀楽が殆ど面に出ないゾロと違って、扱いやすいことこの上ない。
だが、しかぁしとサンジは思う。
いくら仕草が可愛くても、普段見慣れない泣き顔なんかされても、呼び慣れない名前連発されても、やっぱり19歳のゾロ
がいいのだ。
今朝なんか、何年か振りに夢精なんかしちゃったりした。
ゾロと抱き合う夢まで見ちゃったのだ。
――――もう、早く元に戻ってくれよ!
しっこーーーっと騒ぐゾロを抱え、トイレへと走りながら、泣き言を心の中で叫ぶサンジだった。


帰って来たナミ達が開口一番に言うには、
「元に戻るのは難しいかも。」
というショッキングな内容だった。
通称『ガキガキの実』。
悪魔の実ではないのだが、その実の持つある成分が人間を若返らせてしまうのだと謂う。
効果がでるのは初めて口にした時一度きり。
ただ、島の者には免疫があるのか2、3歳程度で済むのだが余所から来た者には絶大な効果を齎すとか。
治す方法はただ一つ。

『本人が元に戻りたいと強く望むこと。』

「3歳のゾロには、ムリでしょ?」
ナミは絶望感たっぷりに零す。
チョッパー曰わく、成分分析は出来ても、それを治す薬を調合するには更に時間が必要らしい。
「どうすりゃいいんだ………。」
ルフィと積木で遊ぶゾロを横目で見て、残り5人は頭を抱えた。


結局、この島にこれ以上滞在しても何も得られないと、ログが溜まると同時に出航した。
チビゾロは船上生活にすぐ慣れ、昼間はルフィ達と遊んだり、女性陣に着せ替え人形にされたりしていた。
でも、寝起きと機嫌が悪い時はサンジじゃなきゃダメで。
始めは男部屋で寝ていたのだが、朝早くゾロを寝かしたままサンジがラウンジで朝食の支度をしていたら、ドスンという
大きな音とそれに負けない泣き声が聞こえてきた。
何事かとラウンジのドアを開けると、男部屋のハッチからウソップがうんざりした寝起き顔で手招きする。
覗き込めば、ゾロが仰向けに寝転がって手足をバタバタして泣いている。
慌てて降り、抱きしめてやるとウソップが
「お前の名前泣きながら呼んで、んで梯子登ろうとしたら落ちたみたいだぜ。」
と言う。
オレらじゃ泣き止まねぇしと付け加えられ、ゾロを見れば
「シャ(サ)ンジ、いた。」
と目を真っ赤にしながらニコニコ笑ってて。
それからというもの、ラウンジに2人で寝ることにした。


次は、食事時。
1人で食べられないワケではないが、手伝ってやらないとダメで。
それに、チビゾロは一気に沢山食べられないのか、多く口に入れると皿に戻す。
パンに至っては、出そうにも上顎にくっついて出てこず、
「シャ(サ)ンジ、出ん………。」
と泣きつかれ、掻きだしてやらなければならなかった。
昼寝は午後一回だが、添い寝必須。
風呂は当然1人じゃ入れないし、目に石鹸が入っただの、シャワーが怖いだの半泣きだ。
夜は早く眠くなるくせに、サンジが横にならないと絶対寝ようとしない。
「シャ(サ)ンジ、まら(まだ)?」
とか言いながら、仕込みをするサンジの脚にしがみついて寝てしまうのだ。
5日もすると流石にサンジはクタクタで、遂に朝寝過ごしてしまった。
「サンジくん、少し休んだら?チビゾロは私達で面倒みるから、ね!」
遅くなった朝食後、ナミに言われ、チョッパー達と追いかけっこに興じるチビゾロを見ながら、うんと頷いた。
兎に角、ゆっくり寝たかった。
レディにお願いするなんて普段では考えられない行動だが、子供の面倒見てる時点で既に非日常的だ。
フラフラする体を引きずり、チビゾロに見つからないようにコッソリ男部屋に向かった。


何か人の気配を感じて、サンジは目を覚ました。
そんなに時間は経っていないのか。
でも、久しぶりに熟睡した為か妙にスッキリしていた。
ソファから上半身を起こすと、足元に緑色が見えてギョッとして覗く。
そこには、瞼を真っ赤に腫らしたチビゾロがもたれて眠っていた。
泣き声は聞いてない。
チビゾロは泣くと煩いから、気付かない訳が無い。
声を抑えて泣いていたのか。
…………サンジに気を使って。
その時、ハッチが開く音がしてサンジが見上げると、ナミが申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ゴメンネ、サンジくん。起きちゃった?」
小さい声で話し掛けるナミに、サンジは首を横に振る。
「ううん、ありがと、ナミさん。スッキリしたよ。でも………。」
サンジが一瞬チビゾロに目を向けると、ナミが頷く。
「うん。しばらくは遊んでたの。でも、サンジくん居ないのに気付いちゃって。絶対起こさないって泣くもんだから。」
「…………ゾロ、が?」
驚いた。
こんなに小さいのに、自分に気を回して。
起こさないように、声も足音も殺して。
無性に愛しくなった。
そもそも、無意識にゾロだと思って相手をしていたサンジ。
そんでもって、ゾロじゃないことに苛立って八つ当たりしていた気もする。
「ゴメンな、ゾロ。」
サンジは眠るチビゾロの頭をそっと撫でた。


それから、サンジは極力チビゾロに生活ペースを合わせることにした。
チビゾロが起きている時に極力用事を済ませ、寝付く時と寝起きには側に居るよう心掛けた。
また、自分の仕事である料理以外は、他のクルーに頼むことを潔しともした。
勿論、クルー達に否やがある筈もなく、色んな面で助けてくれたし、ルフィにはつまみ食い・盗み喰い禁止令が出た。
サンジにこれ以上世話をかけさせるなというナミの心遣いだ。
チビゾロも自分に向けられるサンジの愛情を実感できたのか、機嫌が悪くなるのも少なくなった。
だが、そうやって穏やかな日が続くようになると、サンジはゾロの事を考える機会が増えた。
夜中に目を覚ませば、目の前のラウンジのテーブルで交わした会話を思い出した。
甲板で遊んでいるチビゾロを見ていると、喧嘩と称した遊びに興じたことを。
船尾でチビゾロと昼寝していると、毎日のように寝ているゾロを蹴り起こしたことを。
そして、起きたゾロに腕を掴まれて抱き込まれ、皆に内緒でキスしたことを。


サンジは、眠っているチビゾロを見ながら、ため息を付くことが多くなった。


次の島に着いたのは、前の島を出て10日後だった。
チビゾロが昼寝中だった為、サンジが船番を申し出て他のクルーは街へ繰り出していった。
チョッパーは成分分析を終え、不足している薬材を買ってくるとサンジを安心させてくれた。
ナミやロビンも、次の島なら前例があるかもと聞き込みに行ってくれた。
とはいえ、薬材はないかもしれないし、解決方法も聞き出せないかもしれない。
悪い方向にばかり考えてしまう自分に嫌気がしたサンジは、大きなため息を付くと、甲板で寝入るチビゾロから離れて見張り台に登 った。


――――ここで、告られたんだよなぁ。
約1ヵ月前、ゾロが不寝番で、サンジが夜食を届けに行って。
くだらない小競り合いから、本格的な喧嘩になだれ込みそうになって。
その時、ゾロがポロッと言ったのだ。
「オレは好きなヤツと喧嘩したかねぇんだよ!」
と。
「喧嘩してるっつうことぁ、オレのこと嫌ぇなんじゃねぇか!」
「オレはてめぇと喧嘩したかねぇんだよ!」
「あぁ、そうかよ!…………って、へ?」
きっと自分は間の抜けた顔していただろう。
ゾロはぷいっと横を向いて、
「悪ぃ。忘れろ、んで寝てくれ。」
そう言って船先を見るゾロの首を無理やりこっち向けて。
「オレもてめぇとぁ喧嘩したかねぇなぁ、好きなヤツとはよ。」
目を丸くしたゾロの唇に自分の唇を合わせて。


――――なんか、夢だったんかと思うよな。
お互い好きってわかったのも束の間、ゾロはちっこくなっちまって。
オレってお母さんって感じで。
また、ため息を付いた時、港の方から声がかかった。


「ねぇ、これって麦藁海賊団の船でしょ?」
見下ろせば、ブルネットのロングヘアと、赤毛のショートヘア。
2人とも目を引く美人だ。
とはいえ、相手の意図も立場も読めない為、メロリン顔になりながらも様子を伺うことにした。
「船長が好きでね。もし、そうだったらどうすんの?」
2人は残念そうに顔を見合わせてから、声を合わせて言った。
「ロロノア・ゾロに憧れてるの、私達。」
「…………へぇ。じゃあさぁ、会えたら?」
「私達の娼館で、たっぷりサービスするわ!勿論、タダで。」
「あなたも、もし会ったら言っておいて。娼婦仲間じゃアイドルだって。」
適当に返事を返し、彼女達の姿が街並みに消えるのを確認して、またしてもサンジはため息を付いた。
ため息付くと幸せが逃げるって誰か言ってたけれど、これ以上何が逃げるというのか。
それに、いくら治す薬ができても、情報を得られたとしても、本当に前のゾロに戻るのか。
自分に好きと言ってくれたゾロに………。
――――やっぱ、ゾロ本人が戻りてぇって思わねぇとダメなんじゃねぇの?
19のゾロになっても、さっきみたいなレディが沢山居るんだ。
自分なんか相手に選んだこと自体、可笑しかったんだ。
サンジはとことん落ち込んで、思わず涙なんか流して呟いた。
「頼むから、あん時のゾロに戻ってくれよぉ。」
下で自分を見上げているチビゾロに気付かずに。


どの位、そうしていただろうか。
ギシギシと綱が軋む音がして、誰か帰って来たのかと下を覗いて唖然とした。
そいつは、よっと声を上げて見張り台に乗り込む。
サンジはあんまりびっくりして涙を拭くのも忘れて、そいつを見た。
「何泣いてんだ?クソコック。」
「…………ゾロ、なんで?」
そう、目の前に現れたのは19歳のゾロ。
しかも――――。
「オレ、宿に向かってた筈なのに、なんで船に居んだ?」
あの時の、ゾロ。
「ゾロ、てめぇ…………オレんこと、好きか?」
サンジは思わず、聞いた。
気持ちも元通りか確かめたかった。
ゾロが顔をしかめたので、サンジはダメかと思ったが、次の一言で別の意味で冷や汗が出た。
「今更何言ってんだ。?…………もしかして誘ってんのか?エロコック。」
「――――っ!!誘ってねぇーーーっ、アホマリモっ!!!」
ニヤニヤ笑うゾロに、サンジが放った照れ隠しのコリエが見事に決まり、ゾロはキラッと光る緑の星になった。


その頃、街で合流した他のクルー達は、のんびりお茶を楽しみながら話をしていた。
「やっぱり思った通りだったわ。結構ゾロみたいなアホっているのね。」と、ナミ。
「同じ症例が何度もあれば、対処方法も発達するよ。」と、チョッパー。
「でも、まさかその果実の種が薬とはねぇ。」と、ロビン。
「んじゃ、もうサンジの為につまみ食い我慢しなくていいのか?」と、ルフィ。
「いや、そうじゃねぇだろ。」と、ウソップ。
帰ったら早速調合だと張り切るチョッパー。
ホッとする他のクルー達。
後でやっぱりゾロは人間じゃねぇと呆れることになるとも知らず、穏やかなティータイムを楽しむ5人の姿があった。




END


チビゾロの世話しながら19歳ゾロが恋しくなるサンジv




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