深夜のラウンジ。 洗い物を終えて、シンクを綺麗にし、手を拭いて振り向く。 視線の先には、何時もの光景。 酒瓶をグイッと煽って立ち上がる剣士。 近付く足音。 そして、語り掛ける声。 「好きだ、サンジ。」 「ゾロっ!!」 自分の声に驚いて目が覚める。 ――――あぁ、そうか・・・・・・・・・。 視線を廻らせて見えるのは、白い壁、申し訳程度の家具、青いカーテン。 ・・・・・・・・・自分の城。 唐突に現れたオールブルー。 ほぼ3ヶ月毎日繰り返されたそれに、精神的に追い詰められて、今にも本心を曝け出しそうになっていた。 もう、限界だった。 あと1日でも遅かったら、言っていただろう。 「オレもだ、ゾロ。」と。 ベッドから体を起こし、身支度を整える。 初めての自分のレストラン。 開店準備に1年があっという間に過ぎた。 そして1年、ただ我武者羅に自分の信念の赴くまま、仕入れから接客までこなし突っ走ってきた。 今では、見習いコック2人にウェイター1人を雇うオーナーシェフだ。 今日もまた、忙しい1日が始まる。 サンジは煙草を1本ゆっくりと味わうと、寝室のドアを開けた。 ――――あんな夢をみたのも、昨日着いたナミさんからの手紙の所為か・・・・・・・・・。 ランチの仕込みをしながら、今朝の夢を振り返る。 手紙には、こう書いてあった。 『ゾロが野望を達成した。』と。 手紙の日付は、半年前。 出そうかどうか迷って、送りかねていたと追伸に在った。 サンジの気持ちに気付いていたナミの心配りに頭が下がる。 ――――もう、オレのことは忘れたか? 当然だ。 最後まで受け入れなかった自分のことなど。 ゾロは明日降りる自分に変わらず「好きだ。」と言ってきた。 そして、何時ものように「・・・・・・・・・そうか。」と答えた自分。 そこで話は終わる筈だった。 そう、何時もなら。 そのままラウンジから出て行く足を自分の方へ向けて、真っ直ぐに。 目の前に立って、 真摯な眼差しで。 「最後だ、キスしていいか?」と。 肯定も否定も出来なかった。 気持ちが言葉に乗って出てしまいそうで。 ただ、黙って目を閉じた。 肩に手が乗り、 吐息が近付き、 唇が触れた。 涙が零れそうだった。 唇が離れて目を開けた瞬間、 ゾロの顔が歪んで、 腰に手を回され、きつく抱きしめられ、 口内に舌を捻じ込まれた。 激しい、激しい口付け。 もう、言葉も無かった。 結局、あの後顔を合わせることなく別れたけれど。 港で1人見送る自分を、他のクルーが甲板から手を振って。 その輪には入らず、ゾロは見張り台からただ自分を見ていた。 少しでも長く視界に留めようとするかのように。 ――――船が完璧に見えなくなってから、泣けてきたんだよなぁ。 そんなことを考えていたら、 「オーナー、・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・。」 ウェイターに声を掛けられ、ハッと我に返る。 「どうした?」 「あの、お客様が・・・・・・。」 「客?」 時計を見遣れば、まだ10時を回ったところだ。 開店までは1時間弱ある。 「腹空かしてんのか?」 それなら、放ってはおけない。 「いえ、ただ・・・・・・・・・。」 「なんだ?ヤバそうなヤツなのか?」 強張った顔を見て確信する。 バラティエと違って、一般人の従業員達だ。 そういう場合、戦うコックさんの出番だ。 残りの作業を指示して、エントランスに向かった。 煙草を咥え、視線を足元に落として、声は低めで。 「お客様、当店の開店時間は11時です。もう少し――――」 お待ちいただけますか?と言う前に相手が口を開いた。 「久し振りだな、クソコック。」 ――――へ? 顔を上げたその先には 緑色の髪。 左耳に3連のピアス。 ジジシャツに腹巻。 3振りの刀。 「・・・・・・・・・・・・ゾロ。」 名を呼べば、以前と変わらない勝気な笑み。 「準備中に悪かったな。後でまた来る。」 「い、いや、いい。すぐ何か出す。中入ってくれ。」 ゾロが来てくれたことに気が動転して、その背後に気付かなかった。 「こいつもいいか?」 「はじめまして、セシルよ。」 ハニーブロンドの髪を持つレディがいた。 |
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その日1日、どうしていたのか覚えていない。 あっという間に閉店時間だった。 明日の仕込みも終わり、今は自分の部屋だ。 ゾロ達は隣室の客間に居る。 仕事中は気が紛れていたが、独りになるとどうしても考えてしまう。 ただ、ショックだった。 心のどこかで期待していたのか――――ゾロの変わらぬ気持ちを。 ――――そんな訳無ぇか・・・・・・・・・。 見てくれは悪くない。 それどころか、起きてれば無口で精悍で男前だろう。 ましてや、世界一の大剣豪だ。 女が放っておく筈はない。 彼女がアイツのハートを射止めたのだ。 ――――セシルちゃんだっけ。 ナミさんより背は高いだろう。 どんな娘だろう。 通したテーブルで、顔を寄せ合って会話していたのが視界に入った。 ――――良かったじゃねぇか。 これで、自分も吹っ切れるといい。 でも・・・・・・・・・・。 ――――無理かもしんね。 ふっと自嘲気味に笑って、ベッドに横になった。 ――――その時、 『んあっ、ゾロ・・・・・・・・・』 ガバッと身を起こす。 ――――SEXしてんのか?!! 女の途切れ途切れの嬌声が壁越しに響く。 そりゃ、そうだ。 関係は聞いていないが、恋人同士ならして当然だ。 ――――ちっとキツイぜ、こりゃ・・・・・・・・・。 ゾロの名前が時折呼ばれ、壁にベッドがくっ付いているせいか、ギッギッと壁が軋む。 唐突に、ゾロとの最後のキスが脳裏を走った。 カッと身体が火照った。 ――――オレ、ヤベェ!! 全身の血が下肢に集中していく音が聞こえるようだ。 ゾロの、自分の口内を舐め回した舌。 腰に廻された鍛えられた腕。 うっすらとかかれた汗の匂い。 あの時の感触がリアルに蘇る。 思わず、パジャマのズボンと下着を下ろし、自分の中心に手を伸ばす。 ――――情けねぇな、勃ってるし。 棹を握り、上下に扱けばすぐに湿った音が耳に届く。 「・・・・・・・・・ん、・・・・・・・・・あっ」 声が抑えられない程、身体は快感を訴える。 心はボロボロだけれど。 隣の喘ぎ声を自分の恥ずかしい声で掻き消すように、ただ、ただ自慰に没頭する。 気持ちいい。 気持ちいいけど、二度と味わいたくない状況に身悶える。 切なくて、切なくて、両目から滴が零れる。 そして、最後の瞬間に堪え切れずに名を呼んだ。 「――――ゾロっ!」と。 ――――キィッ。 窓が開く音がして、その方角に目を遣る。 カーテンが風ではためくそこには、 「――――?」 逆光で顔は良く見えないが、左耳にピアスが光って揺れている。 なんで、ここに、いる? 壁に注意を向ければ、まだ女のあられもない声が聞こえてくるのに。 それなら、この目の前に立っている男はいったい誰だと言うのか? 気がつけば、ベッドのすぐ横に立ち、自分を見下ろしている。 ――――夢か?・・・・・・・・・でも・・・・・・・・・。 夢でもいい。 夢でもいいから、 「・・・・・・オレを、抱いてくれ、ゾロ。」 ゾロの唇の温かさに、その舌の熱さに翻弄される。 ただ、ゾロのなすがままで。 唾液の糸を引いてゾロの唇が離れ、首筋に口付けられる。 背を仰け反らせれば、腕を廻され掻き抱かれる。 胸の突起に食いつかれて首を横に振れば、愛おしいげに頬を撫でられる。 手で指で唇で舌で体中を愛撫され、泣きながらゾロを抱き寄せる。 宥めるように前髪を掻き揚げられ、額に触れるだけのキスを受ける。 あまりに優しいそれに、堪らなくなって名を呼んだ。 「・・・・・・・・・ゾ、ロ・・・・・・・・・ふっ」 すると、涙の滲んだ瞳を指で拭われ、 「サンジ」 と言って微笑んでくれた。 初めて自分のを咥えられても、後孔に指を差し込まれても、不思議と怖さは感じなかった。 ゾロを受け入れられる喜びで、胸が一杯で。 「ゾロっ、ゾ、ロ・・・・・・・・・愛してるっ!!!」 絶頂に達した瞬間、そう叫んで意識を失った。 日差しを感じて、目を覚ます。 時計を見れば、何時もの起床時間だ。 胸に手を遣れば、ちゃんとパジャマを着ていた。 ――――やっぱ、夢か・・・・・・・・・。 フッと苦笑して体を起こそうとしたが、 ――――???起きれねぇ。金縛りか? 首を動かせば、普通に動く。 その時視界に入ったものに違和感を感じた。 ――――・・・・・・・・・人、か? もしかして、昨日の夢は夢じゃなくて、誰か知らないヤツとやっちまったのか? ――――・・・・・・でも、この胸のキズは・・・・・・・・・。 見慣れていた斜めに走る太刀傷。 顔を上げると、そこには間違いなくゾロの顔があった。 ――――ゾロに抱き込まれて寝てたのか、オレぁ。 なんで、ゾロが居んだ? どうして、こんな状況なんだ? 頭の中が大混乱だ。 ――――夜中にトイレにでも行って間違えたのか?そうだ、そうに違いねぇ。 ちっとも帰ってこないとセシルが心配してるだろう。 起こそうとして、思い直した。 こんな機会はもうないだろう。 あと少しだけ、と額をゾロの胸にそっと押し当てた。 |
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「・・・・・・・・・・・・ん。」 ゾロが起きた気配がして慌てて身を離そうとしたが、ギュッと抱き締められる。 勘違いしているのだろう、彼女と。 「おい、ゾロ。オレだ。」 そう言うと、体を離して顔を怪訝そうに見てくる。 「クソコック。」 「おう、オレだ。部屋も相手も間違えてんじゃねぇ。」 からかうように言ってやった。 そうしなきゃ、泣きそうだったから。 だが、ゾロは廻した腕を解くことなく、眉間にクッキリと皺を寄せた。 「・・・・・・・・・てめぇ、覚えてねぇのか?」 「は?」 「昨日のことだよ!」 なんでか、ゾロが怒っている。 なんでだ? とりあえず、順を追って考えてみる。 「てめぇが来たな。」 「あぁ。」 「んで、メシ食わせてやって、泊めてやった。」 「おう。」 「・・・・・・・・・。」 「で?」 「「で?」??」 「・・・・・・・・・。」 「おはよう?」 ピキッとゾロの眉間の皺が更に深くなった。 かと思うと、はぁっと大きな溜息をつき、チラッと視線を向けてくる。 「・・・・・・・・・んだよ?なんで、オレが―――――」 睨まれなきゃなんねぇと続けようとした言葉は、ゾロの口に呑み込まれた。 ―――――???ゾロと、キス? 舌を吸われ、甘噛みされ、舐め回され、グッタリと力の抜けた時、ゾロが真剣な顔をして言った。 「てめぇが好きだ、サンジ。」 一瞬、何を言われたのか解らなかった。 ―――――まだ、夢か? 「聞いてんのか、おい!」 「・・・・・・・・・ゾロ、てめぇ。」 「昨日、てめぇも言ってくれたじゃねぇか。嘘とは言わせねぇぞ!」 あれは、夢じゃなくて現実だったのか。 事の最中、確かに告っちまった覚えがある。 「いや、その・・・・・・・・・嘘じゃねぇけど」 そこまで言ってハッとする。 ―――――彼女は??! 「てめぇ、セシルちゃんは?!」 肩を掴んで揺すってやると、 「あ?・・・・・・・・・あぁ、あれな。」 と言い淀む。 「あれなじゃねぇ!付き合ってんだろ?!」 「付き合ってねぇ!!」 「んじゃ、なんで連れて来たんだよ?!!」 そう問い詰めると、罰の悪そうな顔をした。 「・・・・・・・・・怒んなよ。」 「・・・・・・・・・・・・善処する。」 「てめぇを試したんだよ。」 ミホークを倒してすぐ、サンジに会いに行こうとしたゾロにナミが言ったのだと言う。 1人で行っちゃ駄目だと。 もし、サンジがゾロの事をなんとも思っていない場合。 ゾロが未だに自分を思ってくれていることを申し訳なく思うだろう。 もし、サンジがゾロを好きだとしても、 ゾロの為を思って、絶対に自分の気持ちを言わないだろう。 だから、女を連れて行けと。 ホッとしたなら気は無いし、顔が強張ったなら――――― ゾロが好きだ、と。 唖然とした。 顔に出てたって? ていうか――――― 「なんつーこと、レディにさせんだ?このアホマリモ!!あの声ぁ尋常じゃねぇだろが!!!」 サンジが真っ赤になって詰め寄れば、 「あぁ、ありゃ大丈夫だ。」 あっさり、答えやがる。 「なんで?!」 「てめぇが部屋入ってから連れ込んだ、アイツの旦那。」 「―――――??!」 ビックリして、それから思いっ切り脱力する。 ―――――オレがマリモに嵌められるたぁ・・・・・・・・・・・・。 そう思ってゾロを見れば、申し訳無さそうに頭を掻いて「スマン」なんて謝っている。 まあ、でも・・・・・・・・・。 「仕方ねぇなぁ。」 「悪ぃ。」 素直に謝罪を口にするゾロに、今の今まで自分を想ってくれていたゾロに、自分も本音を晒してやろうか。 「これからは、嘘つくんじゃねぇぞ。」 「解った、・・・・・・・・・って、へ?」 キョトンとしたゾロの唇にチュッとキスをする。 そして、顔を真っ赤にして口元を押さえたゾロにニカッと笑ってやった。 「これから宜しくな、大剣豪。」 オールブルーという夢を叶えたオレに、こんなにも切望するものが残っていたとは思わなかった。 そして、絶対に叶えられないと諦めて心の奥底に仕舞い込んでいたユメ。 絶望しかなくて、それでも恋焦がれていたユメ。 そのユメは、今自分を抱き締めて眠っている。 END |
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ゾロに嵌められるサンジv
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