なあさん、早く起きてよ。
アンタに言いたい事がたくさんあるんだ。
だからどうか――、目を開けて?



Please 3
-273.15 ExtraSide Junpei-03



昼過ぎ。彼女はまだ目を覚まさないのに、知らない人が来た。さんトコは父子家庭だから、誰だろうって悩んだ。少しオレと話をしただけで帰ったその人は、琉夏さんと琥一さんのお母さんだった。

夜中に身の回りの物を持って来たけど、容体が気になって見に来たらしい。オレが来た時には機械類が無くなってて、マスクも外されてたって伝えると安心してた。彼女が目を覚ましたら返って気を遣わせてしまうから、って言って帰る間際。

「体調が良くなったら連絡してもらえる?うちの子達も心配してるから」

「――はい」

ちゃんの事、お願いね」

あの二人は、きっとオレよりさんの事よく解ってるんだと思う。それに琉夏さんだけじゃなく、琥一さんも……。だからあんな風に話してくれたんだ。そう思うと、すげー悔しい。嫉妬じゃなくて、何やってんだよオレ!って感じで。

忙しくし過ぎて同期の二の舞になるかも、とか言ってたぞ。

その同期ってのは間違い無くあん時の男の事で、二の舞なんて考えるくらいさんは不安だったんだ。なのにオレ、自分の事だけでイッパイイッパイになってた。ちゃんと彼女と向き合ってたら、こんな事にならなかったのに。

「オレがアンタの事手放すなんて有り得ないっしょ?」

邪魔な物が外された顔は、やっぱり昔より白く見える。それでも触れれば温かくて、滑らかで、また泣きたくなる。こんなにも好きで、こんなにも好かれてるって判って。倒れたアンタには悪いと思うけど、嬉しくて、幸せで、泣きたくなるんだ。

「ねえ、起きてよ。――――さん」

あの時みたいに触れるだけのキスをしても童話みたいに上手くは行かなくて、何度も何度も繰り返す。髪を撫でて、指を絡ませて。それでもアンタは起きてくれない。早くオレを見て、声を聞かせて欲しい。その手で触れて、笑ってよ。じゃないとオレ――。

さーん?そろそろ起きないと、オレ泣いちゃうかもよ?」

耳元で囁いた声が震えてて、本格的にマズイかもって思った。たぶん今、オレ本当に泣く寸前の顔してる。嬉しいのも幸せなのも通り越して、切なくて愛しくて、アンタが足りなくて。

動かない唇を挟むようにキスして、さん?って繰り返す。その何回目かに、涙が落ちた。閉じた瞼の上に落ちた涙が眼尻から零れて、まるでアンタが泣いてるみたい。拭いてあげなきゃって身体を起こしたら、今度は頬に落ちてった。キャビネットを開けたら歯ブラシとかと一緒にタオルが置いてあって、それを手に振り返る。

「……あ、」

「どうして……、泣いてるの?」

「っ、……アンタに、泣かされたんだよ」

言いたい事がたくさんあったのに、それ以上何も言えなかった。何か言おうとしたら、大声で泣き出しそうで。頭を抱えるみたいにして腕を回して、耳同士がくっ付いた位置でシーツに顔を押し付けてた。

◇◆◇◆◇

ナースコールで看護師さんを呼んだ後。血液検査とか診察とか色々やって説明受けて、やっと彼女と話せると思ったのに。いきなり盛大な肩透かしを喰らって、彼女のバイト先に電話した。ドタキャンなんて出来ないって言うから、仕方なく。

「そちらで登録してるなんですが、えっ?あ、いえ。彼女いま入院してるんで、……代理です。――――ええ、来週一杯は。はい」

妙に緊張した電話を切ってボックスを出ると、中庭が夕焼け色に染まってるのが見えた。明日は先輩達の話を聞くって言ってたのに、予定狂わせちゃったな。なんて、今回の元凶の一端みたいなものに心配しながら病室へ戻った。

ノックしたら知らない声が聞こえて、中に入った途端。薬は効いてるけどまだ熱は下がっていませんから、早目に寝かせてあげて下さいね≠チて釘刺されたら長居するワケにも行かなくて、電話の事だけ話して渋々帰る事にした。お休みなさいって少しだけ笑ってくれた彼女にお休みって返して、扉を閉める前に明日また来るからって言うだけ言って。

次の日。宣言通り病室に行ったら、やっぱり彼女はオレが予想してた通りの事を言った。卒業まで日が無いのに、こんな所で無駄に時間を潰してたら困るでしょう?って。こうしてるのは無駄な時間なんかじゃなくて、オレにとって必要な時間なんだって判んないのかな?

「だーいじょーぶ。オレが要領悪いのはアンタに関する事だけだから」

ちょっとだけ声を出して笑った彼女に話しときたい事があるんだけど、身体平気?≠チて聞いたら、今日は大丈夫っぽい。もう治ったのかと思ったら、薬のお蔭で平熱まで下がってるから――って、ホントに大丈夫なのか怪しい感じ。

「それ平気って言わないんじゃない?」

「そんな事ないわ。私だって、」

「医者の卵としては?患者さんの身体、大丈夫っぽい?」

「…………ハァ。降参」

続く言葉を遮ったのは、オレが我慢出来なくなりそうだったから。だってさ、私だって聞きたいもの≠ネんて可愛い事言われちゃったら、ハグしてキスして言いたい事全部言っても足んなくなりそうだし。

ちょっとだけ困ったような諦めたような表情になったアンタが可愛くてキスしようとしたらうつるから駄目≠チて手の平でガードされて、今更遅いって言いそうになったのを堪えて場所変更。ハッキリ言って物足りないけど、擽ったそうに笑うアンタも可愛いから我慢した。

「そうだなあ……。じゃあさ、退院決まったら改めて聞いてよ」

素直にオーケーしてくれた彼女にもう一回キスして、前の日と同じ事言って帰る。長い時間じゃないけど、毎日彼女に会って、ちょっと雑談して、物足りないキスをして帰る。それが何回か続いて、彼女が退院する前日。カレンダーはもう12月で、そろそろ冬だなって頃になってた。

格好悪いのも子供っぽいのも承知で、それでも全部話す。彼女は偶に相槌を打つくらいで、根気良くオレの話を聞いててくれた。結局オレは、自信が無かったんだと思う。メール読んで泣いた時、凄く自然に判った。アンタにこれだけ好かれてるって判った瞬間に、理解したんだ。

「オレきっと、全部は変われない」

嫉妬心も独占欲も、絶対に消えないと思う。年下でイマイチ余裕無いトコも、アンタに関してだけ要領悪いトコも、多分難しい。アンタの事好き過ぎて手放す気になれないってのも、絶ッ対ェ無理。だけどさ、変われる事もあるんだ。少なくとも一つだけ、変われると思うんだ。

「思った事、ちゃんと言ったでしょ?これからもそうする」

だからさ、その時はアンタを補給させて?満ち足りた幸せな気分になるから。そしたらきっと、全部抑えられる。ドロドロしたさもしい気持ちも、グダグダした鬱陶しい考えも。

きっと彼女は、いつもみたいに綺麗に笑ってくれる。そんでオレの事、肯定してくれるんだ。そう思ってた。けどそれは、呆気なく裏切られた。

「私、ニーナに甘えて無理させてたのね」

「えっ、ちょっと、どうしてアンタが泣いて……ってか、何でそうなんの?!」

忙しくて碌に会えなくても電話やメールで気遣ってくれるから安心してたとか、会えばいつも嬉しそうに笑ってくれるから癒されてたとか。聞いてる方が恥ずかしくなるような事ばっか言ってくれちゃって、挙句に年上だって自信がないのよ≠ニか。

――ああぁもう!!これ以上惚れさせてオレの事どうしたいわけ?!って叫びたいのをグッと堪えて、それでも思い切り抱き締めてた。

さん、ちゃんと責任とってよ」

「責任?って、」

「オレの事、骨抜きにした責任」

めちゃくちゃ久し振りのフレンチキスがエスカレートしそうになったトコで申し訳程度の理性が働いて、病み上がりなんだからって無理矢理自分を納得させる。名残惜しいけど、明日迎えに来るからって言って病室を出た。

次の日。約束した時間に病院へ行ったら、もう会計も済ませたから帰るだけって彼女が待ってた。大して重くもない紙袋をもぎ取って反対の手を差し出したら、温かい指が絡められて行く。彼女の家に着くまで、ずっとそうして歩いた。

◇◆◇◆◇

誕生日から丸々一週間が過ぎてたその夜。思いがけないプレゼントを貰ったオレは、生殺し状態に耐えて彼女の家に泊まった。客間に布団を出すって言われたけど、せめて彼女の体温を感じて眠りたかったんだ。

「は?図書館って――もう完全復帰するの?マジで?」

「もう≠カゃなくやっと≠セわ。五日も休んでたのよ?」

そうなんだよなー。症状が落ち着いて検査の結果次第で金曜に退院って決まったその日にパソコン持って来て欲しいって頼まれて、それから直ぐ勉強再開してんだもん。確かにブランク空き過ぎるのはまずいけど、退院直後の週末だし、のんびりまったりデートでもって思ってたのに……ってトコまで考えたら、ニーナ?って呼ばれてた。

「……あのさ、土日はゆっくりしない?全然勉強すんなって事じゃなくて、ちょっと力抜いて肩慣らし程度にしてさ。冷蔵庫も寂しかったし、散歩がてら買い物とかどう?勿論オレも付き合うし――って、なに笑ってんの?」

聞いた途端にゴメンって言って笑うの堪えてるみたいだけど、オレ何か変な事言った?ちゃんと思った事言っただけの筈なんだけど、どっか笑えるツボってあったっけ?頭ん中に疑問符浮かべてたら、そんなに慌てなくても平気よ≠チて。あー何かカッコ悪。

午前中は家の事して、来週は受け持ちの生徒三人とも期末だから、それ用にバイトの準備すんのは午後。夕方になったら買い物行って、家で晩ご飯。夜はネット講座チェックしたら勉強はお終い。後はDVDでも見ながらのんびりして、日曜の予定を決める。

そんな感じの予定を聞いて一応安心したんだけど、大事な事に気付いてオレは?≠チて尋ねた。ちょっと言葉が足んなかったかもって思ったけど、彼女はちゃんと意味を解ってくれたみたいだ。

「付き合ってくれるって言ったのはニーナでしょう?それに……、」

どうせのんびり過ごすなら一緒に居たいわ。って、それだけでも嬉しいのに。胸に顔摺り寄せて、出来れば夜も――とか。只でさえ小さな声がくぐもって聞き取り難かったけど、こんだけ近ければ聞き逃すワケない。

「じゃあさ、明日ちょっとオレんち寄ってよ」

パジャマとか軽い着替え程度の所謂お泊りセットは置かせてもらってるけど、週明けに提出しなきゃならないレポートがある。彼女が勉強してる間はそれで時間潰して、それでも時間に余裕があれば卒論やってれば良いんだし。

じゃあ図書館に行く前に。って事で予定を追加してもらってお休み≠チておでこにキスしたら、もう半分寝てるような返事が返って来た。やっぱ疲れてんだよな。勉強してバイトして家事もしてんだから、病気なんてしなくたって疲れるに決まってる。

二人で寝るにはちょっとだけ窮屈なセミダブルベッドの上で、彼女を包むみたいにして眠りに落ちるまで。感じてたのは彼女の静かな寝息と温もりと、それとは対極にある期待と欲望だった。

◇◆◇◆◇

「ん――、ぅん?…………さん?」

布団の中は温かいのに腕の中が空っぽなのに気付いて、目を開けた。寝起きのぼんやりした声に答えてくれる人は居なくて、取り敢えずと身体を起こして伸びをする。窓の方を見てもカーテン越しじゃまだまだ暗くて、こんな時間ならトイレでも行ってんのかな?と思ったんだけど、暫く経っても何の物音もしない。

二度寝する気になんてなれなくて部屋を出たら、冷たい空気で目が覚めた。階段まで行くと何か音がして、もう起きてんの?!って慌てて下へ。音のしてるキッチンの扉を開けたら、温かい空気と着替えを済ませた彼女が迎えてくれた。

「Good morning。もう起きたのね」

さんが英語使う時って、大体機嫌が良いか悪いかどっちかなんだよな。後は熱中してる時ぐらいだから、今は絶対機嫌が良い。何か茹でながらコーヒー淹れる準備してる彼女に近付いて、扉を開けた時から気になってる事を口にする。

「おはよ、さん。何でそんなカッコしてんの?」

想像力の乏しいエロガキみたいな期待なんて全然してなかったけど、真っ赤な生地に黒や白のラインが入ったスリースタースポーツのジャージにエプロンってのは……ある意味インパクト大きい。いつもカジュアル系を好んで着てる彼女がこんなカッコしてるトコなんて初めて見たから、余計に。

「ランニングに行くの。30分で戻るから、」

「ランニングって……大丈夫なの?」

高校に入る前からの習慣だし、今回は医者の卵としてもOKよ。って言われちゃったら反対も出来なくて、結局オレも行くって口走ってた。

彼女がもう一着ジャージを持って来るって出て行ってから何分か。オレって意外と彼女の事知らないんだなーって考える。初めて会った時は何にも知らなくて、少しずつ色んな事を知って来た。見た目や噂じゃ判んなかった事を。付き合い始めてからは、少しずつ深く。彼女の生い立ちとか、かなりキツイ過去とか。よっぽど親しくなきゃ知らない事や、きっとオレしか知らないだろうって事も。

彼女の事、ホント色々知ってると思ってたのに。習慣だって言ってたランニングだけじゃなくて、多分他にも色々知らない事があるんだろうな。

「お待たせ。兼用の物だから平気だと思うけど、これで良い?」

手渡されたジャージはちょっとくすんだ感じのシャンパンゴールドで、彼女の着てるヤツとお揃いだった。昔は彼女より背が低いのがコンプレックスだったけど、高校卒業した頃には同じになってて、こんな風にちょっとした嬉しい事もある。それに気付いて、オレも少しは変われてるのかもしれない、って思えた。

こういうのって、小さな幸せって言うのかな?

ランニングから帰ったら、シャワーを浴びて朝ご飯。彼女が洗濯や掃除をしてる間にオレは食器を洗って、何か新婚さんみたいじゃね?って考えてた。彼女の家に泊まるのは珍しい事じゃなかったけど、いつもは起きて少ししたら帰ってたから、めちゃくちゃ新鮮。

少し早いけど昼前に家を出て、オレんちに。外で待ってるって言うのを却下して、着替えやらパソコンやらを準備してた時。

「あっれー?こんちは、さん。久し振りじゃん」

「こんにちは。久し振りね、徹平」

誰も居ないと思って安心してたのに、よりによってコイツが帰って来るなんて。サクっと準備を終わらせて急いでリビングに行けば、すげー至近距離で話してるし!

「イテッ。何だよ兄ちゃん、男の嫉妬は醜いぜー?」

「醜くて結構。お前はさんの半径1m以内に近付くな」

ソファの背凭れに肘付いてた徹平にゲンコツ落としてそう言ったら、彼女に笑われた。仲が良いわね≠チて、反応するポイントそこ?――まあ別に良いけど。

「オレ今日泊りだから。母ちゃんに言っといて。さん、行こ」

「ええ。じゃあね、徹平」

「はいはーい。またね、さん。あ!兄ちゃんが居ない時でも」

遠慮しないで一人で遊びに来てくれて良いからねー。とか言って茶化すから、またゲンコツでもって思って構えた。まあ、それは絡められた腕で止められちゃったんだけど。

図書館での作業は彼女が考えてたより捗ったみたいで、オレがレポートを仕上げ終わった時には自分の勉強をしてた。勉強は夜って約束したでしょ?って言えば素直に手を止めて、少し早いけどどうする?ってちょっと声を潜めて相談。

お互い結構荷物があったし、どこか遊びに行くには時間が足りない。一度家に帰ってから、予定通り散歩がてら買い物に行こうって決めて図書館を出た。片手に荷物、片手に彼女の手を持って。

近所のスーパーまでゆっくり歩いて、何食べようか?って話しながら買い物してた時。そういえば、こんな風に彼女と買い物するのも初めてだなーって気付いた。彼女の家で食事する時は、いつも材料を買いに行く必要なんて無かったから。そこまで考えて、また朝と同じ事を思う。

…………うん、何か良いなーこういうの。

夕焼けに照らされながら同じ家に帰る。風は冷たいけど、繋いだ手と心は温かい。ご飯の支度してる彼女を手伝って、同じ物を食べた後は二時間半も放置されたけど、それ以上の時間を共有して。

やっぱちょっと痩せちゃってるのが判ったけど、彼女の肌を感じるのは本当に久し振りで――つい。意識飛ばしてぐったりしてる彼女の髪を撫で上げて、その横顔にキスを落とす。無理させてゴメン、って。彼女には聞こえてないだろうけど、小さな声で。

「オレ、決めたから。だからさ、」

ちょっとした事に気付いていつもより少し優しい気持ちになったり、ちょっとした会話で嬉しくなったり。そんな事を繰り返しながら、彼女と同じ一日を過ごした今日。って言うか、今決めた。今まで全然考えてなかったワケじゃないけど、凄く漠然と思ってただけだった。でも、今は違う。

その時は、どうか――。

さっきまでとは違う優しいキスをもう一度落として、その身体を抱き締めて毛布に包まる。彼女からの誕生日プレゼント、三月下旬の卒業旅行を楽しみにしながら。

「いつもみたいに綺麗に笑って肯定してよね、さん」





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(壁紙:Kigen/kazuさま)

いやぁ、長かったわー。二話で終わらせるつもりだったのになぁ。今度から一話多目に考えるようにせんといかんか。あ、いや別にオーバーしたところで何の問題も無いんだけどさ。

そういや一話目の後書きに使いたい台詞が〜≠チて書きましたが、書いてる内にどんどん増えてしまって豪い事に。数えてみたら一話につき一組以上ある!あはははー。一組でも正解した方には、先着三名様までSSリクエスト権を進呈!!…………すんません、調子に乗りました。





橘朋美







FileNo.ES.J-03 2012/9/13