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AnotherSide
T-01



四月三日、春休み最終日。その日の僕は、少し憂鬱だった。いや――。もしかしたら、生徒会長という立場になってしまった時からかもしれない。二年生だった先輩達でも会長を務められる人は居るのに、何故か満場一致で推されてしまって。

そうなると断る事も出来なくて、やっぱり僕は、また会長≠ニ呼ばれるようになってしまった。小学生の頃からずっとそうだ。僕という人間は、周りからすれば真面目で優秀な優等生でしかないんだろう。クラス委員だとか生徒会長だとか、いつもそんな役割を振り当てられてしまう。

「あれ?制服着てるね、玉緒。始業式、明日じゃなかった?」

「今日は入学式の打ち合わせがあるんだ」

姉さんこそ、急がないと遅刻なんじゃない?のんびり朝食を摂ろうとしている姉にそう言えば、だから急いで食べてるじゃない、って返事が返って来る。この姉を見ていると、偶に思う事がある。兄弟なのに、どうしてこんなに似てないんだろうって。

マイペースで努力家な姉は周囲からもそう思われているし、本人もそう思っている。だけど、僕は――僕は違う。周囲の期待に応えようと必死になって、それでもそう思われる事なんて無くて、何もしなくても真面目で優秀なのが僕なんだと思われている。本当は、そうじゃないのに。

「行って来ます」

指定された時間に間に合うように、余裕をもって家を出る。生徒会長としての初仕事。入学式の打ち合わせに向かった学校で、僕は初めてその子に遇った。

◇◆◇◆◇

満開の桜を横切って、見慣れた校舎へ。予定より20分も早くに着いた事に思わず苦笑いを浮かべて、辺りを見回した。生徒会議室に向かうには早過ぎるし、少し大回りをして職員室へ寄って行こう。まだ誰も来ていないなら、ついでに鍵も貰って行けるし。

使い慣れた靴箱で靴を履き替えて、中庭を見ながら渡り廊下を歩く。この時間なら誰か先生が居るだろうと思いながら、今日の予定を考える。

入学式の打ち合わせと言っても、毎年そう変わった事をするわけじゃないって聞いてる。式次第は先生達が纏めて書類にしてくれている筈だし、その流れに沿って誰が何をすれば良いのかを確認するだけ。

一番手間がかかるのは、体育館の準備だ。並べる椅子の数を考えると時間はかかるだろうけど、生徒会の人間以外にも各クラブの部長やクラス委員だった人達が手伝いに来てくれるから何とかなるだろう。

手芸部に一任してある新入生の胸飾りを受け取って、数を確認する。入学式とクラブ紹介のパンフレットは三学期の内に確認済みだし、後は当日の朝にしか準備出来ないだろうから――。

「ん?」

一つ一つ確認した予定を間違い無いと確信して、職員室の前まで来た時だった。誰か――見慣れない女子が居る。今日来る筈の生徒なんだとしたら、あれではまずい。真っ先にそう思った。

「君、その髪の色は明らかに校則違反だろう?」

休み明けによくあるパターン、所謂イメージチェンジというやつなんだろう。髪を染めたり、制服を着崩したり、女子なら化粧をしていたり。確かにはば学の校則は他の学校と比べて緩いけれど、極端に学生らしくない髪形や服装は許されていない。

「学年と名前を――」

「一年、

「……その目、」

「髪の色だけじゃなく、目の色も校則違反かしら?」

振り向いた彼女は、冷たい目と言葉で僕を刺した。日本人離れした容姿は一年生とは思えないくらいで、その名前で漸く思い出す。入試でトップを取った今年度の新入生代表は何十年か振りの女子で、見た目は外国人だって聞いてた事を。

「いや、そうじゃなくて……。ごめん、僕の勘違いだ」

「そう。じゃあ黒くする必要は無いのね」

彼女の態度は僕が謝ってみても変わらなくて、どうしてそんな言い方をされなきゃならないんだと苛立ってしまう。それでも先に失礼な事を言ったのは自分だと判っているから、口を噤むしかなかった。

◇◆◇◆◇

「生徒会長の紺野玉緒です。宜しく」

「生徒会長?あなたが?」

先に鍵を受け取っていた彼女と一緒に生徒会議室へ向かう途中。沈黙が気まずくて、取り敢えず自己紹介をしてみた。けど、彼女の反応といったら……。まるで冗談でしょう≠ニでも言いたげだ。

「そうだよ。二年生でっていうのは珍しいかもしれないけど、」

「何年生だろうと関係無いわ。少し失望しただけよ」

それでも――さっきの事があるから、って思っていたから。いつものように、ちゃんと話をしていたのに。失望したという言葉を聞いて、我慢出来なくなってしまったんだ。

「どうして君にそんな言われ方をされなきゃならないんだ?!」

「生徒会長なんていう立場の人に偏見染みた事を言われたのよ?」

「だからそれは僕の勘違いだったって謝ったじゃないか!」

「そうね。だけど、ここもそういう場所なんだと思えば失望もするわ」

刺々しい言葉使いとは裏腹に、彼女は急に沈んだ表情になってしまった。それを見てしまったら、まるで自分が一方的に悪い事をしたんじゃないかって思えてしまうぐらいに。実際、僕はそう思ってしまったんだ。

「ごめん。言い過ぎたみたいだ。さっきの事も、本当にごめん」

「別に構わないわ。私も過敏になってる自覚はあるもの」

淡々と答えた彼女の言葉の意味が判ったのは、他のみんなが集まり始めてからだった。薄い金髪と冷たい青の目、人目を引くスタイル。誰もが彼女を気にして僕に聞く。あの子誰?¥ャさな声で、指や視線で彼女を指しながら。そんなに広くもない部屋の中で、彼女がそれに気付かないわけないのに。

「あれー?見た事無い子が居る。君、何て名前?」

「……

扉の閉まる音と同時に先輩の声が聞こえて来たのは、先生が来る前に配っておこうとプリントを用意してた時だった。物怖じしない陽気なその先輩は、女子に人気のある校内の有名人。――と言えば聞こえは良いけど、男女交際のトラブルが絶えない事で有名な人だ。

「へえ、見た目外人なのに日本名なんだ?すげーインパクトあるね。あ、オレ真栄城俊輔。野球部の部長なんだけどさ、マネージャー探してるんだ。君みたいな子がマネージャーやってくれたら、」

「真栄城先輩!すみませんが、手伝ってもらえますか」

このまま放っておいたら、いつまで喋り続けるか判らない。そう思ったのは事実だけど、心底うんざりしたような表情になった彼女の事が気になったのも事実だった。

「さっきはありがとう。助かったわ」

プリントを配っていた時にそう言われて、何だか安心した。入学前から嫌な思いをしていたら、学校嫌いになってしまうんじゃないかと思っていたから。どういたしまして。とだけ返してまた順番にプリントを配って行く僕は、少しだけ憂鬱さが晴れたような気がしてた。

◇◆◇◆◇

「会長」

「えっ?ああ、君か」

入学式当日、まだ人気の無い体育館で職員席側の一番前に座っていた彼女は、少し校内を歩いて来るとだけ言って出て行ってしまった。細々とした雑用に追われながら、彼女を一人で行かせて良かったんだろうかと考える。何も無ければ良いけど――。

「会長ー!」

体育館から走って来た生徒会役員の声に振り返ると、そろそろ式が始まる頃だっていうのに彼女の姿が見えないと慌てていた。新入生代表が入学式に遅刻なんて、面倒な事になりますよね。と続ける彼に校内に居る筈だから手の空いてる全員で探してくれと告げながら、僕も足を速めた。

慣れた校内とはいえ、どこに居るのか判らない彼女を当ても無く探すのは時間の浪費にしかならないだろう。どこかで迷っているんだとしたら、その確率が高そうな所は幾つかある。近い場所から順番に探して行こうと決めて、少し入り組んだ中庭近くの渡り廊下を小走りに進んだ所で、誰かが言い争っているらしい声が聞こえた。

さん!ここに居たのか。そろそろ戻らないと……あれ?設楽」

疑問を投げかける暇も無く捲し立てる設楽に言い返す彼女を見て、正直驚いた。下級生の、しかも入学し立ての女子が。設楽を相手に全く怯まないなんて、って。

相変わらずの態度で歩いて行ってしまった設楽と彼女の間で何があったのかなんて僕には全然判らなくて、思わず彼女を見る。溜息を吐きながら設楽を小さな子供みたいだと言う彼女は、もしかしたら恐いもの知らずなのかもしれない。そんな風に思った。

「ああ、こんな事してる場合じゃなかった。さん、急いで!」

式開始までもう五分も無い。そう気付いて体育館へ急ぐ途中、やっぱり彼女は周囲から注目されていた。すれ違う前から視線を集めて、通り過ぎた後には小さな話し声が聞こえる。その繰り返しで、今年の新入生は悩みの種になる生徒が多いんだなと溜息を吐きたくなってしまう。

ピアスの桜井兄弟と呼ばれている小学生の頃から素行の悪さが評判だという男子が二人に、見た目も態度も注目を集めてしまうだろう彼女。思ったより厄介な事になりそうな生徒会長という立場に、今度は溜息を抑えられなかった。

「遅い。二人とも、常に五分前行動を心がけなさい」

体育館に戻って直ぐに氷室先生に注意されて、慌てて席に着く。後ろの方にある上級生の席からは興味津々という感じの態度が見て取れて、彼女が席に着いた途端、周囲の新入生達は驚いた表情で視線を向ける。

それでも全く動じていない彼女は、こういう事に慣れているんだろう。それなら、それほど心配する必要も無いかもしれない。アナウンスが流れる中、そう結論付けたのは考えが甘かったと思い知るのは、約一ヵ月後の事だった。

◇◆◇◆◇

「ねえ知ってる?一年生で外人の子」

「ああ、あの子ね。何か色々噂のある子でしょ?」

彼女の噂が流れ始めたのは、入学式から何日も経たない頃。それは学年を問わず吹聴されてるみたいで、僕自身も色々な噂を耳にしていた。桜井兄弟と関係があって男遊びが激しいとか、入学前から何人もの男を弄んでいるとか、不良と喧嘩してその相手を手懐けているとか。大体が似たような内容だ。

実際、彼女は桜井兄弟と仲が良いんだと思う。何度か一緒に下校しているのを見た事があるし、校内で一緒に居る所を何度も見かけていた。だけど、交友関係については疑問が多い。何かと注目を集めているのは事実だけれど、どちらかというと彼女には親しい人があまり居ないように見えた。どちらにしても、僕が何か言うような事じゃない。問題なのは、喧嘩の事だ。

「そうそう。何かさあ、今度は先輩達相手に喧嘩してたらしいよ」

「あ、それ知ってる!桜井兄弟も一緒だったって聞いたけど、」

のんびりした休み時間に聞こえて来た噂話は、つい最近の事らしい。その名前を聞いて、何だか胃の辺りがギュッと締め付けられたような気分になる。遅刻、早退、授業放棄、至る所での諍い、服装違反。数え上げれば切りが無い二人だけじゃなく彼女までとなると、心配を通り越して不安になってしまう。

「だから、あれは話し合いだっつってんだろうが」

「琉夏くんやさんまで一緒にかい?」

「あん時ゃ向こうがに絡んでたんだぜ?こっちは手出ししてねぇ」

「そういう問題じゃないだろう。先輩相手に喧嘩なんて、あ!」

付き合ってられっか。そう言って走り出した琥一くんを追いかけても追いつける筈もなくて、息を切らせて立ち止まる。彼らは心配じゃないんだろうか?自分の親しくしている人が危険な事をしていると知ってて、それでも黙って見ていられるなんて。――僕には考えられない。

◇◆◇◆◇

「賭け事ぉ?」

「はい。そういう噂が――と言うか、実際にあったらしいんです」

桜井兄弟が一年生のリレー練習中に賭けをして、一人勝ちしたらしい。体育祭間近になってクラスメイトから聞いた噂が気になって、何人かの一年生に話を聞いてみた僕は、先生に相談しようと決めた。学年主任でも彼らの担任でもない大迫先生に相談したのは、何故か彼らが大迫先生には弱いようだったから。

見た目とは裏腹に度量の大きなこの先生は、元々どの学年のどんな生徒にも分け隔てなく接する事で有名だった。熱血教師という単語がピッタリな先生で、先生方は元より生徒達にも人気がある。去年まではクラス担当じゃなかったから尚更だったのかもしれないけれど、今年になってからもその行動は変わらないままだ。

「よぉし、先生に任せておけ!」

「宜しくお願いします」

まったくあいつらは――と言いながらも快く引き受けてくれた事に感謝して、生徒会室へ急ぐ。何も起こらなければ良いけど…、って思いながら。

そして体育祭当日、特に何の問題も無くプログラムが進められていた。つまり、僕らの仕事は山積みって事だ。競技に必要な道具を準備したり設置したり、進行状況に合わせて時間を微調整したり。体育委員に協力するという形を取っているけれど、休む暇も無いくらい忙しい。

それは最後まで変わらなくて、全ての競技が終わる頃、僕は体育倉庫で片付けをしていた。後から交代を寄越すからと言われていたけれど、そこに来たのは思いがけない人で――。

「あれ?さん。じゃあ、交代してくれるのって……」

「ええ、私よ。会長はグラウンドへどうぞ?」

てっきり先生が来るものだと思っていた僕は、正直困っていた。彼女にこの場を任せて、自分が戻ってしまうのは悪いんじゃないかって。フォークダンスは最後のプログラムだし、一年生にとっては初めての体育祭だ。僕は無理に戻ろうとは思わないし、せっかくだから楽しんでおいでよ、って言ったんだけど彼女は譲らなかった。

「少し気分が悪いから、あまり動きたくないの」

「えっ?じゃあ、休んでいた方が良いんじゃないか?」

挙句。そこまで酷くはないから、とか。辛ければ休みながら片付けるから、とか。口論になってしまって収拾が付きそうにない現状に頭を痛めていた時だった。離れた所から大迫先生の声が聞こえて彼女が振り返ったその向こうに、琥一くんが飛び出して来たんだ。

「――?!」

「ぅお――っと?!」

「あっぶね。急に止まるなよコウ」

その後ろから琉夏くんが。状況からして、彼らが大迫先生に追いかけられているのは間違いない。もしかして本当に賭け事をしていたんじゃ?と、更に頭を痛ませる事態に溜息を吐きかけた一瞬。

「……あれ?さん、大丈夫?」

彼らとぶつかったようには見えなかったけど、バランスを崩した彼女が背中から僕に凭れかかって来た。倒れる!そう思って咄嗟に手を伸ばした僕は、後ろから彼女を抱き締めるような格好で支えていたんだ。

「よーし!二人とも、観念しろー?」

「どうした?…!それどころじゃないって大迫ちゃん!」

体操服越しに伝わる柔らかさに驚いた。身体に伝わる感覚に、やっぱり彼女も女の子なんだと焦った。でも、それはほんの数秒。琉夏くんの慌てた声で身体を強張らせた彼女の様子がおかしいと気付いて、顔を覗き込んだ。息遣いが浅く、短い呼吸を繰り返す。それを見て、座らせた方が良いかもしれないとゆっくり膝を折っていた。

「な…、おい、大丈夫か?」

「彼女、さっき体調が悪いって言ってたんだ」

?!紺野、早く保健室に運べ!!」

「え?あ、はい!」

「チッ。モタモタしてんじゃねぇ!」

中途半端な姿勢から立ち上がる前に彼女の身体を琥一くんが抱き上げて、驚くほどの速さで保健室へ走って行く。

「こら待て琉夏!お前は吉野先生を呼んで来てくれ!」

「……判った」

後を追っていた琉夏くんが向きを変えて走り出し、その直後。養護教諭を呼んで来るようにって言われた僕も、走り出す。保健室に着いた時に見た桜井兄弟の様子は、普段からは想像出来ないほど鎮痛なものだった。

「――何?カイチョー」

「彼女の様子は?」

「さあな。締め出されて判りゃしねえ」

暫くして保健室から出て来た大迫先生に大丈夫だから心配するなと言われて、僕は後片付けに戻る事にした。あの二人が彼女をあんなに心配するなんて、僕の認識が間違っていたんだろうか?そんな事を考えながら。



     

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紺ちゃん結構好き。けどラブラブ話になると想像付かんのよなぁ。





橘朋美







FileNo.AS.T-01 2012/9/20