退屈な入学式とクラブ紹介が終わって、急いで教室に行った。何かパンフみたいな物と一緒に渡された薄っぺらいプリントには、学校の見取り図と自分のクラスしか書かれてなかったから。もしかしたら同じクラスかもしんない。そう思ったんだけど、チャイムが鳴るよりだいぶ前。全部埋まってる席を見渡しても、は居なかった。
「あれ、何でコウが居んの?」
「何でもクソもあるか。俺もこのクラスだ」
「ええ。俺、コウよりと一緒のクラスが良かった」
「勝手に言ってろ」
自己紹介とかやってる間に、あいつを待ち伏せしようって決めた。コウは昨日みたいに反対するかと思ったんだけど――俺たちが同じ学校に居るなんて知らないだろうから、きっと驚く。そう言ったら、コウはすんなりオーケーした。
コウは校門の横で、俺は校門に隠れて。すげぇ久し振りだけど、俺の事、判るかな?とか、もしかしたら、さっき気付いてくれてたりするかも?とか。ワクワクしながらを待ってた。
声をかけたコウに驚いて、顔を出した俺にも驚いた。ちょっと間はあったけど、ちゃんと俺だって判ってくれて嬉しかった。でもさ、周りの奴等がジロジロ見てんのに気付いちゃったんだ。
「取り敢えず、行こう?何か注目集めちゃってるみたいだし、俺たち」
朝と一緒だ。ピアスの桜井兄弟?!とか、何ではば学に居んの?!とか、コソコソ言われてた。俺たち、この辺じゃ有名だから。ちゃんも驚いてたし、多分、も驚いてるだろうなって思った。
「そうね。歩きながらでも話は出来るし」
けど、は暗い顔してたんだ。初めて会った頃みたいに。だから聞けなかった。どうした?って、聞いちゃいけないような気がしたんだ。ちょっとだけコウをからかって、携帯ナンバー交換して、家まで送ってくって言って、の家まで20分くらい。
「今はここに住んでるの」
学校を挟んだらちゃんちと正反対で、ガレージも庭もあって、かなりデカい家。小父さんにも会って欲しいしって夕飯に誘われたけど、学校が終わったら直ぐ帰るって父さん達との約束があった。これからの事で、最後に話しときたい事があるって。本当は気が乗らなかったけど、俺はみんなに迷惑ばかりかけてるから。それが判ってるから、断れなかった。
◇◆◇◆◇
「ん?おいルカ、ちゃんと鍵かけとけっつっただろ」
「朝ちゃんとかけたってば」
ぶつくさ言ってるコウが扉を開けたら、何人も人が居た。何してるのか、直ぐ判った。何でこんな事――。こんな事、俺はして欲しくなかった。させたくなかったのに。
「帰ったか」
「――うん」
「……何やってんだよ」
父さんも、他の人達と一緒に動いてた。母さんは台所で何か作ってるみたいで、こっちには気付いてない。壁のひび割れを直してる人も居れば、奥に何か運んでく人も居る。
「見りゃ判るだろ。さっさと着替えて、お前らも手伝え」
溜息を吐きながら階段を上がってくコウの後ろを、何も言えないまま歩いてった。着替えて直ぐ昼飯だって言われて、食い終わってから暗くなるまで。ボロボロのWest
Beachがちょっとだけ綺麗になるまで、あちこち直してる人を手伝った。
「……父さん、」
「親の我が儘だ。入学祝いの一部だと思っとけ」
どうしてこんな事、なんて聞けなかった。せめてまともに暮らせる場所でないと不安で仕方ないって、母さんに言われちゃったから。どうしても……、俺は結局、みんなに迷惑かけちゃうんだ。
「光熱費やらは家のと纏めてある。何かあったら必ず連絡するんだぞ」
「え?!」
「琉夏。お願いだから、聞いてちょうだい」
普通の高校生なら、親と住んで、小遣いを貰って、家事なんて偶に手伝うくらいだ。コウが一緒だからって家を出るのには反対だけど、それでも家に縛り付ける事は出来ない。だから、まともに暮らせている筈だと思えるだけの事をさせてくれって――。
「……ルカ、それで手ぇ打っとけ」
「そうだな。うん、……判った」
話はそれだけだって言って、父さんも母さんもWest Beachを出て行った。コウは二人を送って外へ行ったけど、俺はそこから動けなかった。握り締めた拳が震えてたのは、泣いてたからじゃない。父さんや母さんにあんな事を言わせた自分が、情けないほど子供なんだって思い知ったからだ。早く大人になりたくて、それでも大人になれなくて、悔しかったんだ。
◇◆◇◆◇
色々考えたけど、コウの言うとおり今更だ。これからちゃんと生活費を稼いで、これ以上迷惑をかけないようにすれば良い。そう決めて、少し気が楽になった日曜日。をWest Beachに呼ぼうって決めた。
「ねえ、知らない?」
「え?えーっと、」
一番前の席に居た女子に聞いたら、何か困ってた。入学式の時に挨拶してたし、アイツ目立つから、直ぐに判ると思ったんだけどな。実際、の名前に反応してこっち見てる奴居るし。
「バカ、≠セけじゃ判んねぇだろうが」
「そっか。って子、どこ行ったか知らない?」
フルネーム言ったら流石に判ったみたいだけど、どこ行ったかは知らないって。しょうがないから探してみようかと思ったのに、誰かに呼び止められた。聞いた事無い声で、見た事無い顔で、キャピキャピした女子に。
「あっ、ねえねえ!桜井琉夏君だよね?」
「そうだよ」
「琉夏君達ってさ、さんとどんな関係?」
「関係って――、チューしちゃう関係?」
「なっ?!ルカ、テメェ何言ってやがる!!」
答えたら、後ろに居たコウにいきなりゲンコツ落とされた。俺、嘘なんて言ってないのに。は居ないし、周りは五月蠅いし、殴られたトコ痛いし、何かツイてない。今日の運勢、悪かったのかな?俺。
「何って、忘れた?コウだってにチューされた事、」
「これ以上余計な事言うんじゃねぇ!行くぞオラ」
「ええ、だってまだ、」
「るせぇ!良いから黙って来い!」
馬鹿力で腕引っ張られて、教室通り越して、屋上に連行されて。やっと止まったと思ったら、コウのヤツいきなりバカかテメェは!!≠チて。俺だってちゃんと考えてんのに。
「コウだってバカだ」
「あァ?!」
「さっきの名前に反応した男、何人居た?」
「はあ?んなモン知るか」
「俺が気付いただけでも五人」
だから何なんだよって顔でこっち見てるコウは、やっぱり結構バカだ。だから俺、ちゃんと説明してやった。アイツ何もしなくても目立つのに、入学式ですげぇ目立ってた。俺たちのクラスにも狙うって言ってた男何人も居たし、今の内に虫除けしとけばちょっとは安心だろ?って。
「あ?お、おぉ。そうかもしれねぇけどよ……」
「けど、何?」
「妙な噂になっちまったら困るだろうが」
「ふーん。コウ、困るんだ?俺、全然困んない」
「バカ、俺らの事じゃねぇ!あいつが困るっつってんだ」
俺らと仲が良いって噂が流れたらに好きな奴が出来ても振られるかもしれない、とか。クラスの奴等と碌に話も出来なくなるかもしれない、とか。コウはバカなだけじゃなくて、かなり心配性だ。
「より噂を信じるヤツなんか、最初から居なくても良いんだ」
「ハァ……ったく、物は言い様だな」
本当は、俺の方がバカだったのかもしんない。が昔、どんな風に暮らしてたのか知ってたのに。俺たちに目を付けてる奴らが、どんな目でを見てるのか。そこまで考えてなかったんだ。
◇◆◇◆◇
結局、月曜日はに会えなかった。明日誘えば良いだろ?って言ってたコウと、またF組に行く。自分の席に座ってたっぽいを呼んで、俺たちとデートしない?って言ったら、またゲンコツが降って来た。けど、日曜日の予定はオーケーで、ついでにランチってオマケも付いて来て。
浮かれた気分で屋上へ行った昼休み。またキャピキャピした女子に囲まれそうになって、教室のがまだマシかも?って戻ろうとしたトコにが飛び込んで来た。ってゆーか、ドア開けたら階段から落ちそうになってた。
「え?――っ!」
「あ、――!!」
一瞬だったけど、恐かった。腕を掴んで引き寄せるまで。俺の目の前で、俺の所為で、俺の好きな人が酷い目に遭う。そんなのは、もう嫌だ。思ったより薄いままだった肩を掴まえて、胸に当たった顔が見えるまで、安心出来なかった。
けど、鼻を押さえて俺から離れたは何ともなかった。だから、いつもみたいにちょっとからかった。そしたらいつもみたいにちょっと怒られて、それで終わりだと思ったのに。
「オマエら何やってんだ?」
「丁度良かった。コウにも聞きたい事があるの」
昨日から周囲の様子がおかしいの。心当たりがあるでしょう?笑ってるけど、笑ってない。そんな顔で聞いて来たに、コウは動揺した。それをが見逃す筈ない。俺はちゃんと誤魔化したのに、コウの所為でバレちゃった。
「そう。じゃあ悪いけど、日曜の予定はキャンセルするわ。この件が片付かなきゃ、居心地が悪くて敵わないもの。落ち着いたら知らせるから、その時また誘って」
そう言ってあっさり屋上から出て行こうとするの腕を両側から二人で掴んで、正直に昨日の事を話したら――。
「……ルカ、幾ら本当の事でも何年も前の話でしょう?!」
「うん。ゴメン」
「だから言っただろうが」
「その場で訂正しなかったコウにも責任の一端はあるのよ?」
大きな溜息の後で、怒られた。もう一回謝ったら、もう良いわ。原因は判ったから≠チてデコに手を当てたまま、また溜息。そしたら急に、不安になった。もしかして、コウが言った通りなのかもしれないって。
「お前さ、俺たちと仲が良いって噂されたら困る?」
もしそうなら、そんな事にならないようにする。そうしようって思ったんだ。それ聞いたコウは、気まずそうに視線を逸らした。けど、は逸らさなかった。一瞬だけ、目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いてたけど。
「何も困らないわ。それこそ現在進行形で本当の事でしょう?」
今度はの答えを聞いたコウが驚いて、お前は会えなくなる前の頃みたいに笑ってる。ルカやコウは困るの?って聞かれて全然≠チて答えると、コウは何も困りゃしねぇ≠チてボソっと言った。それなら何も問題無いでしょう?って、お前がまた笑う。
「無い」
「だな」
俺たちも、それに釣られて笑ってた。ああ、良いな。こういうの、凄く良い。が居て、コウが居て、俺が居て。こうやって、三人で笑ってられるのが良い。会えなかった間に大人びてたお前を、ちょっと遠くに感じてた。だからあの時、声を出したんだ。これからは同じ学校に通って、これまでより近くに居る。強くなって、大人になる為の三年間を後悔しないって、誓ったんだ。
◇◆◇◆◇
週末。飲み物買って来るって出てったコウが戻る前に、が来た。ちょっと早かった?って言いながら、見慣れたランチボックスを持って。
「ううん。いらっしゃい、。ここが俺たちの秘密基地」
「ふふっ。秘密基地に招待しても良いの?」
「良いんだ。はブルーだから」
正義の味方なんて居ない。ちょっと仲良くなった頃、は怖い顔してそう言った。だったらもなれば良い。女の子だし、ピンクだ。そう言った時は、不満そうな顔して言ってた。女だからって決め付けないで、って。どうして不満そうなのかなんて判んなかったけど、じゃあ何が良い?って聞いたら黙っちゃって。
そんで――そうだ、コウが言ったんだ。ならブルーで良いんじゃねぇかって、そっぽ向いたまま。その話はその時だけで終わっちゃったけど、俺はちゃんと覚えてた。まだ有効だったのね、その話。そう言ってちょっと驚いた顔したも、ずっと覚えてたんだ。
「意外だわ」
「ん?何が?」
「何年も放置されてたんでしょう?ここ」
中に入って辺りを見回してるを見て、やっぱり鋭いなって思う。ちゃんと生活出来るようにしてくれたんだって言うと、そう≠チて短い返事だけ。顔も身体も大人っぽくなってんのに、そういうトコは昔から変わんない。だから安心してた。
は人を追及しない。自分から関わろうとしない。小さい頃イジメられてた所為なのか元々そういう性格だからなのかは判んなかったけど、そんなのどうでも良かった。そういうと一緒に居るのが好きだから、その関係を壊したくなかったんだ。
俺にとって特別な女の子。女の子としてってだけじゃなくて、何となく――自分と似た感じがするからかもしれない。だけど傷を舐め合うような関係じゃなくて、極普通に、当たり前に、傍に居ても居心地悪くならない関係が、俺にとって特別だった。
「そうだ。、俺の部屋行かない?」
「おいルカ、ちっと手伝え。あ?何だ、もう来てたのか」
すげぇタイミングで帰って来たコウに邪魔されて、色んなペットボトルを冷蔵庫に入れる。随分買って来たのね、って笑う。ついでだから買い込んで来た、って素っ気ないコウ。俺にとって特別な二人と過ごす、日曜日の始まりだ。
◇◆◇◆◇
天気は良いけど風が強いから中でお昼にしようって決めてから、色んな事を話した。一緒に帰った時には話せなかった会えなかった間の事が殆どで、聞けばは何でも答えてくれた。だけど一つだけ、話したくないって言われた。
「にしてもよ、何でそんな大怪我したんだ?」
「コウ――」
「ごめん。話したくないの」
悪い。って気まずそうに謝ったコウも、の様子を見てた俺も、それ以上追及しなかった。父さんは、詳しい事は話せないって言ってたから。多分それは、凄く辛い事なんだろうって思ってた。それだけ解ってれば充分だ。もしかしたら、いつか知る時が来るのかもしれないけど……今はこれ以上、知らなくて良い。
自分でも消化し切れない思いを、人に話す事なんて出来ない。そんな事しても、相手を困らせるだけだから。
「けどさ、そのお蔭で一緒に高校通える。三年間、ずっとだ」
「――そうね。あの高校で留年してたら、一生二人と会えなかったかも」
「…………お前らなぁ。ハァ、まあ良い」
コウはちょっと不機嫌になってたけど、がいっこ上だって事、俺たちは知ってるんだから心配要らない。知ったのは、俺たちが中学生になってからだったけど。別に気にするような事じゃなかったし、が自分で喋った事なんだから、話題にしたって大丈夫だ。他の奴が居る時なら俺だって話さないけど、今なら平気だって判ってる。
「そうだ。ねぇ二人とも、妙な事されたりしてない?」
「何だそりゃ?」
「妙な事って――何?」
珍しく言い辛そうにしてたけど、は何か勘違いしてたっぽい。入学式の帰りに注目集めてたのは自分が物珍しいからで、嫌な思いをしたんじゃないかって聞かれてコウと目を合わせた後、声までハモらせた。
「そりゃ俺らの所為だ」
「それ俺たちの所為」
ピアスの桜井兄弟って聞いた事無い?って聞いたらちょっと考えてたけど、見当はずれな答えが返って来て驚いた。俺たち、そんなにマイナーだったっけ?って。コウなんかポカンとしてたもんな。
「そういえば、昔聞いたわね。二人に」
改めて説明するような事じゃないと思ってたけど、一応説明したらあなた達も不良だったの?≠チて……何か悪者扱い?不良じゃなくてヒーローだよって言ったらコウは溜息吐いてた。
変な連中に絡まれてない?って聞かれても、そんなのしょっちゅうだ。外ほどじゃないけど、はば学にだってそういうヤツらは居る。今んトコ喧嘩売って来たヤツはいないけど――もしかしたら、心当たりあるのかな?
「別に絡まれちゃいねぇ」
「そう。なら安心ね」
「なんで?心配するような事、あった?」
別にって誤魔化そうとしてたを、コウと二人で問い詰めた。だってしょうがないだろ?俺たちに喧嘩売ろうとしてるヤツが居たとしても変じゃないけど、その事でに迷惑かけるなんて、そんなの最低だ。
「お前、そりゃ……はぁ」
「本気で潰しちゃえば良かったんだ、そんなヤツ。鼻も玉も」
「そうしたら過剰防衛になるでしょう?父さんに心配させたくないの」
「あ、そっか。ってやっぱ頭良い。それに優しい」
「――ダブルかよ。どっから突っ込みゃ良いんだ?俺は」
洗い浚い話したって笑ってたには言わなかったけど、結構本気で怒ってた。こんな風になるって考えてもなかった自分と、に手出したそいつ等に。同じクラスだっていう三人組の特徴は、俺の気付いた五人の内の奴等とソックリだったから。
「じゃあ、またね。お休みなさい」
今度は家にも遊びに来てって言われた。そしたらの小父さんも喜ぶって。暗くなった道を遠くなってくテールランプが見えなくなるまで、そこで見てた。再会して縮まったと思ってた距離が、また離れてくんじゃないかって思えて――それが少しだけ、辛いような気がしてた。

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わはー、また長なった。ホントはもうちょい収めときたかったのになぁ。ま、次で書き終えられるよう努力しよう。うん。
橘朋美
FileNo.AS.R-02 2012/9/24 |