平家との戦が終わり、次に鎌倉殿が目を向けたのは奥州。そして、それまでの戦で数々の戦功を挙げた……九郎。役目を終えた望美さんと譲くんは元の世界へ戻り、力を取り戻した白龍は応龍へと戻る為に姿を消した。そして、八葉としての役目を終えた僕達も…。直ぐに行動を別にしていたのは、きっと正解だったんでしょう。
それからの僕たちは、かつての戦友に追い詰められ、雪深い平泉の地で昔馴染みに裏切られ…。僕自身の果たすべき役目は終わったけれど、九郎を裏切り、放り出す事なんて出来なかった。たとえ本人がそれに気付いていなかったのだとしても、せめて利用しただけの恩を返さなければと。
一人、また一人。時には何人もの兵が倒れ、次第に僕たちは追い詰められていった。そして今、こうして北を目指すのは十にも満たない腹心のみ。――その筈だったのに。何故か、ここに居る必要の無い君が居る。
彼女に初めて会ったのは、高館。あの時は、まるで夢の中にでも迷い込んだかのようにしていた。訳の解らない事を呟いていたと思ったら、自分を仲間にしてくれと言って。訝しがる九郎を説き伏せて彼女を受け入れたのは、彼女が有益な情報を持っていたからにすぎなかった。
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「弁慶さん……本当に、それで良いんですか?」
九郎を逃がす為、囮となるつもりの僕にそう問いかけた君。僕に残された手は、それしかありませんから。そう答えた僕を真剣な目で見詰めて彼女が出した結論は、冗談としか思えないようなものだった。
「追っ手を撒いたら直ぐに追い付きますから」
それは、九郎を先に行かせる為の嘘。海へ出てしまえば、御家人達も簡単には追って来られない。だから…、君達は一刻も早く北へ。
九郎の郎党である者を見付ければ、必ず捕らえようとする。もし捕らえられなければ……。咽喉まで出かかった言葉を呑み込んで先を急ぐように告げれば、真っ先に彼女が口を開いていた。
「じゃあ、私が弁慶さんと一緒に行きます。それなら九郎さんも安心でしょう?」
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来た道とは違う山道を静かに下りていけば、どれだけ追っ手が迫っていたかが判る。木々の揺れる音とは別のざわつき。そこには、本来あった筈の生き物の気配すら無い
「さっきも言ったじゃないですか!私は、弁慶さんの命綱になるんです」
僕を独りにしなかった訳を聞けば、そんな言葉が返ってくる。解らないな。望美さんも不思議な人だった。白龍の……いや。源氏の神子として剣を振るい、平家を追い詰め、源氏を……九郎を勝利に導いた比売神。
彼女に初めて会ったのは、宇治川。それまでは剣を持った事すら無かったという彼女は…常に迷い、そして結果的にそれを打ち払う強さを身に付けていった。けれど、君には彼女のような迷いが無い。景時が追捕の手を回している事や、泰衡殿が裏切るだろう事を告げた時もそうだった。誰も君を信用していないというのに、君は僕達に言い切った。僕達に、生き延びて欲しいのだと。
「私、絶対に弁慶さんの後ろに居ますから。近付いてくる人は全員敵だと思って良いですよ」
このまま進めば九郎達に追い付いてしまうだろう軍勢を前に、少し青褪めた顔色の君が小さな声で呟く。それを合図に降り出したかのような雨が、僕達の気配を消して…。そこから先は無我夢中で……君が倒れたのを知ったのは、随分と経ってからの事。君の投げた煙幕は、僕達にとっては幸い。雨と煙に守られて、味方との相打ちに尻込みする兵を倒す。少しずつ、でも確実に。僕達の生き延びられる可能性は大きくなっていった。なのに……。
僕の腕の中で、君の命が雨に流されていく。血を止められれば……。せめて、追っ手を振り払えれば。そう思っていた僕にも、それほどの余裕は無くて。君の浅い息と、降り続く雨の音しか聞こえなかった。
「弁慶さんが…囮になる事までは知ってたから」
僕の頬に手を伸ばし、ぽつりぽつり――君が言う。死の間際、恐怖によって意識が混濁しているのかもしれない。夢物語に入り込んででも、僕を助けたかった。それが叶ったからこそ、君がここに居るのだと。望美さんは君で、君が望美さんで……。これは夢にしかすぎないのだから、悲しむ必要は無いのだと。もし自分が死んだとしても、僕に生きてくれと言う。僕が幸せだと思える場所で、生きてくれと。
幸せだと思える場所なんて、僕には存在しないんです。自分の犯した罪を償えれば、それで良かった。全てを償った後に死ぬ事が出来れば、それで満足だったのに。それでも君は、それを否定するんですね。
「ふふ。けど、やっぱり夢でも怖…っく、ぅ……」
小さく震える身体が冷たいのは、雨に打たれている所為じゃない。無理に作った微笑みを崩すのは苦痛の表情。それを見ているのが辛くて、苦しくて……ただ君を助けたくて。僕は、知らず叫んでいた。
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「う……ん…」
あの時とは違う、温かな身体。ここへ来た時には、もう助からないんじゃないかと思っていたけれど……。
「おや、もう起きてしまったんですか?」
あの世界で僕のした事が償えたのかは、もう知る術が無いけれど。……この世界でなら、僕は幸せだと感じられるから。
「えっ?…………ちょ、弁慶さん!?」
「なんですか?心配しなくても、夜が明けるまでには充分時間がありますよ」
今はただ、暁の慈雨に包まれて。このまま君の温もりを感じていたいから。
「いや、だからほら!まだ寝ておいた方が…って、ちゃんと聞いて下さいよ!」
「さん……放しませんよ、絶対に」
幸せだと感じる事なんて無い。
幸せになんてなれない。
幸せになる事など、許されはしない。
ずっとそう考えていた僕に、幸せだと感じられる場所で生きて欲しいと言ったのは君なんですから。どうか、その場所を奪ったりしないで下さい。
「放すも放さないも……っ、ん…」
憎まれ口を叩くばかりの口を塞いでしまえば、蕩けるような目と、少しだけぼんやりとした顔で僕を見る君。
「僕はもう、君無しではいられないんです。だから……責任を取ってくれますよね」
ほんの少しだけ唇を離して、くすぐったさを感じるような位置でそう告げる。そんな僕に返されたのは、温かく柔らかな……神の祝福にも勝る抱擁。

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(壁紙:Kigen/kazuさま)
実は2008年の3月頭に書き始めていたこの短編、とある事情で一旦手を止めたまま記憶の彼方へと葬り去ってしまうところでした。
が、ファイルを整理中に発見し、慌てて仕上げたという次第。
一応、パラレルという事になるんでしょうか?主人公はプレイヤーとしての記憶を持ったまま異世界へ行き、弁慶と共に現代へ戻ったという状況です。
因みに、彼女が投げた煙幕は煙玉だという変な裏設定もあったり。
駄菓子屋さんで売っている、カラフルなアレです。
橘朋美
FileNo.001 2009/4/27 ※2010/10/10修正加筆 |