疲れた、としか表現出来ない今の心境。コンクールに出場するのは、こんなにも疲れる事なんだろうか。結果発表が終わって、控え室に戻って。やっと帰れるんだと安心していたのも束の間。
「失礼しまーす!第1セレクション、お疲れ様でしたー」
元気溌剌って言うのがピッタリな天羽さんが飛び込んできた。まあ、それは予測していたんだけど。問題は――その後。目敏いと言うか、何と言うか……。彼女は日野さんの様子がおかしいと指摘して、何があったのかと追求し始めた。先に男子の控え室へ行って来たら?という提案はもうインタビュー出来る人は誰も残っていないと返されて、家が遠いからと急いで帰宅した冬海さんを少し羨ましく思いながら、彼女達の遣り取りを聞いて。身支度を整えたら私も直ぐに帰った方が良い。そう思った時には、もう遅かった。
日野さんを気遣っていた天羽さんがノックに気付いて扉を開け、どうぞどうぞと招き入れたのは庄司さん。目が赤く腫れているのは、泣いていたからなんだろう。そうと判っても、とても同情する気にはなれない。寧ろ、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「あれ、どうしちゃったのさー?せっかく第1セレクションが――ん?ちょっと待って……」
取材しないわけにはいかないという、報道部の天羽さんがここへ来た事には納得出来る。だけど――――何故ここに彼女が顔を出せるのか、理解出来ない。伴奏者が入れ替わっていたと気付いた天羽さんの怒りようが私を上回っていなかったら、きっと私は、彼女を罵っていたと思う。
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「ごめんなさい」
泣き腫らした目で謝る庄司さんに、何て言葉をかけたら良いのか判らなかった。確かに……彼女がした事は、色んな人達に迷惑をかけてしまったのかもしれない。だけど、私がコンクールに出なければ……。彼女をあんな気持ちにさせずに済んだんじゃないかと思うと、責める事も出来なかった。
どうして怒らないのかって聞いてくる天羽さんも、ただ黙って冷たい視線を向けている先輩も、俯いたまま謝っている庄司さんも――ううん。ここに居る人だけじゃない。他のコンクール参加者の人達も、誰も知らないから。私がコンクールで演奏しているのは、普通の楽器じゃない。リリのくれた、魔法のヴァイオリンだっていう事を……。
「本当に……すみませんでした」
深々と頭を下げる彼女を見て、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。考えれば考えるほど、私の方こそ謝るべきなんじゃないかと思えて。
「――ごめんね」
リリに魔法のヴァイオリンを渡された時は、どうして私が?としか思えなかった。嫌々練習を始めてからだって、何度も辞めたいと思った。他に出たがっている人が大勢居るんだから、代わってもらえたら良いのにって。ヴァイオリンを置き去りにした事もあった。先輩は、音楽に対して真剣なのかどうか判らない。あの時庄司さんの言っていた事は、全てが間違ってたわけじゃない。だから、他に言うべき言葉が見付からなかったんだ。
「……えっ?」
音楽科の人達に良く思われてないって事は知っていたし、同じ普通科の人達にだってそういう人は多かった。けど、勿論そうじゃない人だって居て……色んな人に助けられてきたから。
「これから、もっと頑張るから。だから――許してもらえないかな」
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そりゃさ、この一件を表沙汰にしない方が良いって事くらい私だって判るよ?けど、どうして日野ちゃんが頭を下げる必要があるのさ。謝るって事は、己の非を認めるって事だよね。普通科からコンクールに出場するのって、そんなに下手に出なきゃいけない事?私は、これまでだって日野ちゃんが頑張ってきた事を知ってる。
「今更――どうでも良いじゃない。もう済んだ事なんだから」
ずっと黙ってた先輩がそう言うまで、次から次へと。誰も返事を出来ないような一方的な非難なんて格好悪いって知ってても、どうしたって口が止まらなかった。
「そんな!日野ちゃんもそれで良いっていうの?!」
庄司さんが出て行って少ししてから。金やんが来るまでは、誰も、何も言わなかった。第2セレクションが控えているんだから、早く帰った方が良い。逸早く控え室を出た先輩を追いかけて講堂を出た時には、もう陽が暮れかかってた。
星奏学院学内コンクール。
それは、不定期で数年に一回開かれる。
音楽科と普通科に分かれているこの学院でも部活は統一されてるから、報道部が学院の一大イベントとも言われているコンクールを取材しないわけにはいかない。普通科から。それも二人もコンクール出場者が出るなんて異例中の異例らしいし、このコンクールには妖精が関わっているんじゃないか――なんて噂もあるんだから。でも……。普通科の参加者が居るなら、取材も少しは楽かもしれない。そんな考えは、ちょっと甘かったのかもしれないなあ。
黙りこくったまま歩くのに重苦しさを感じながら、坂の下の交差点まで来た時だった。私達より数歩前を歩いていた先輩が、ふと立ち止まって……。バスケ部の取材で何度も話した事のある人だとは思えないような事を言ったんだ。そりゃまあ、元から優しい人っていう印象は無かったけど。
「日野さん、私はもう二度と助けないよ。少なくとも、コンクールが終わるまでは」
どう見たって、先輩は怒ってた。でも、何で?怒りをぶつけられるのは、日野ちゃんじゃなくて庄司さんの筈。なのに、はいって返事をする日野ちゃんも解らない。
「今日は……すみませんでした」
頭を下げた日野ちゃんに向けられた視線は冷たいままで、溜息混じりに謝る必要は無いとだけ言う。しかも直ぐに、じゃあさよならって背中を向けて歩き出した。その時の先輩に感じたのは、ちょっとした嫌悪感。全員とは言わないけど、音楽科の生徒達が普通科の生徒達に向けるような――。何て言うの?侮蔑の眼差しを向けられた時みたいな感じがしたんだよね。
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日野さんにとって、庄司さんのした事は許し難い行為じゃなかったんだ。だとしたら……。私は、余計な事をしただけなのかもしれない。あんな風に立ち回る人が許せなかったのも、居ないよりはマシだと思っていた事も、ただの独り善がり。
「やあ。今帰り?」
余計な事は、もうしない。そう決めて、彼女にもそう言って別れた。それでもやっぱり、日野さんが謝罪した事には納得出来ないまま。どこかイラついた気分を宥めてくれたのは、春の陽だまりのような笑顔の人だった。

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(壁紙:篝火幻燈/篁 龍沙さま)
impromptuは本編に書き切らなかった読まなくてもあまり差し障りの無いエピソードなので、「サクッと短く」が基本。
橘朋美
FileNo.108_04 2010/3/28 ※2010/10/13修正加筆 |