まったく……若い奴等ってのは、どうしてこうも元気なんだかねぇ。昼休みのエントランスなんて教師が入り込む気にすらなれないってのに、カフェテリアでさえこの有様ときた。半ば呆れながら辺りを見渡せば、よく知った顔が一つ。
「お、じゃないか。お前さん一人なら、そこ良いか?」
背中から声をかければ、一瞬間を置いて返事が返ってきた。生徒に相席を頼んだのは初めてじゃないが、今日は少しばかり意味合いが違う。先週末――土曜だったか。の演奏を聞いて以来、気になる事があったからな。態々呼び出してまで聞くような事じゃないんだが、機会があればと思っていたんだ。
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「お前さん、洒落たもん食ってるな〜」
まあ特に気にする様子も無いんだろうが、直接本題に入る気にもなれない。当たり障りの無い話をしながら食べ始めれば、嬉しそうに笑う。
「結構美味しいんですよ、ここのクラブハウスサンド」
確かにその言葉どおりなんだろうな。嬉しそうな表情を残したまま食べるのを見りゃ、誰でも判る。バスケ部に在籍しているからか、他の女子と比べては体格が良い。それで足りるのかと聞きたくなるんだが――ま、それは野暮ってもんだろう。スティックシュガーの袋が無いところを見ると、コーヒーはブラックか。両手で包み込むようにカップを持ってゆっくりと確かめるように飲んでいるのは、猫舌の所為なのかもしれないな。
互いに大して経たない内に食べ終わった後。湯飲みを持ったまま、そんな事を考えてた。態々ここに座った理由も忘れて、お前さんに指摘されるまで自分が何をしているのか気付かないまま――。
「先生もコーヒーが飲みたかったんですか?」
かなり気にしているように見えたから。と小さく笑うに本当の事を言える訳も無く、まあなと誤魔化して本題に入ろうとした。
「そういやお前さん、調子はどうだ?」
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何でここでそんな表情をするかねぇ?――ま、日頃の行いをよく見てるって事か。俺の質問に一瞬不思議そうな顔をしたのはさて置き、良い調子だというのは間違いじゃないだろう。これが調子が悪い奴なら、言い澱むか動揺するか……何かしらの反応が見られるだろうからな。初めの予定とは違ってしまったらしいが、第1セレクションの曲は順調に仕上がっていると言う。
「もしかして私、何かおかしな事でもしてましたか?」
本当に解らないのか、気付かない振りをしているのか。それとも……解っていて、それでも敢えてあの曲を弾いたのか。本来なら、ここまで立ち入った事をする必要も無いんだろうが。
「なあ、。お前さん、このあいだ弾いたフォーレのバラード。あの曲、好きか?」
の答えは、簡潔且つ迷いが無かった。俺が気にするほど、こいつの視野は狭くなかったって事だ。それなら良いんだと、話を切って席を立とうとしたんだが……。
「どうして今頃そんな事を聞いたんですか?」
好奇心旺盛で勉強熱心な若人ってのは、疑問があれば簡単に引き下がらないという事をすっかり忘れてたんだよな。コンクールってのは技術を競う場でもあるが、弾き手が如何に聴衆を感動させる演奏をするかというのも大切だ。お前さん自身が好きでもない曲を弾いたところで、どれだけ聴衆を感動させられるかなんて知れてるって事さ。真面目な話をせざるを得なくなった俺がカフェテリアを出たのは、予鈴が鳴った後だった。
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好きじゃありません。けど、嫌いでもありません。あの人達に侮られないだけの技術をアピール出来て、尚且つセレクションで弾く楽曲以外という条件から選んだ結果です。
「……当然の事をしただけだと言わんばかりだったな」
セレクションで弾く楽曲は、技術的な事やテーマに合わせて自分好みのものを選んでます。好きな楽曲なら、そうじゃないものよりも気持ちが乗りますから。それに――少しは緊張感も和らぎそうな気がするし。
「まったく――大した成長っぷりだ」
その姿を頼もしいと思いながらも、どこか寂しいような気持ちもある。これが教師の性ってヤツかね。俺の手を必要として欲しいっていう保護欲にも似た感情をもっている自分に気付くのは、まだ先の季節の事だった。

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(壁紙:篝火幻燈/篁 龍沙さま)
金やんと昼休みの一時。
聞かないトコが大人なのだよ、うん。
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主人公が食べている物は
本編でも名前がありますが、
イメージはこんな感じ。
本場のアメリカン
クラブハウスサンドとは
違い、二段構成。
さっと焼いたベーコン、
スライスチーズ、トマト,
フリルレタスが挟まれている。 |
橘朋美
FileNo.108_03 2009/11/25 ※2010/10/13修正加筆 |