晴れた空、心地良い風。美味しい食事と、よく冷えた飲み物。昔馴染みの人達が集い、歓談が繰り広げられる。そこでお客様を持て成すのは両親の仕事であり、僕の仕事でもあった。勿論それは、駆け引きの為に作られた虚飾に塗れたものじゃなくて……。何て言ったら良いんだろう?うーん――心から楽しむ事の出来る、限られた貴重な時間だった。彼女と出会ったのは、それを何度か経験した時。それまでにもパーティーに招かれていた、高校、大学時代の同期だという両親の友人夫妻に連れられて来た君は、僕よりたった一つ年上だというだけなのに――どこか大人びて見えたっけ。その頃僕はヴァイオリンを習い始めたばかりで、君はピアノを習い始めたばかりだったから。自然と音楽の話をして、仲良くなって……あんな約束をしてしまった。
「じゃあ、もっと上手になったら。いつか、僕と一緒にソナタを弾いてくれる?」
それは僕の我が儘で、果たせないまま……。それでも君は、ずっと僕の友達で居てくれる。今ではこうしてパーティーの時くらいにしか会えなくなってしまったけれど、その度に君は、綺麗になっていく。
子供の頃から仲の良い、同じ年頃の――気になる女の子。年に数回の遣り取りで、彼女のからの返信が届くと……無性に音楽が恋しくなった。それは――僕がまだ、音楽から離れられずにいるからなのかもしれない。子供の頃に憧れていたヴィオラを手に、今曲を奏でれば、それなりの音が響いていく。でもそれは、僕の求める音じゃなくて……。決定的な、何かが足りない音で。君のように、自分の音を好きになれたら良かったんだけどね。ついそんな事を言ってしまった僕に、君は難題を持ちかけた。あの時の約束を果たして欲しいと言って。とても残酷で、魅力的な微笑みを浮かべてみせたんだ。
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「弾けない曲じゃないでしょう?」
彼女がそう言った曲は、ブラームスのヴィオラソナタ。2番の弟2楽章を指定したのは、原曲には無いヴィオラパートを生かした演奏の為だと思うけれど……。僕はもう、人前では演奏したくなかった。それでも君は、許してくれなくて――つい、感情的になってしまったんだ。
「さん。僕はもう、人前では演奏しないと決めたんだ。君の言った通り、趣味としてしか弾かないって」
けれど……君はまるで「それがどうしたの?」って顔で僕を見ていた。人に聴かせる必要は無いし、上手く弾く必要も無い。ただ一度だけ、一緒にソナタを弾いてみようよ。そして君は、イエスと答えられない質問をする。
「たった一度だけでも、私にすら聴かせたくない?」
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たとえ彼女の頼みでも、気が乗らないのは変わらない。それでも僕は、さんの指定した楽譜を手にしていた。
「コンクール期間中は流石に無理だから、夏休みにでも電話して?」
そう言って、彼女は話を打ち切った。その後――僕はただ、その曲を弾いていた。彼女との約束を果たす為に。弾きたいと思わない訳じゃない。けれど、聴かせたいとは思わない。違う。聴かれたくないと……願ってしまう。技術だけじゃなく、何かが足りない僕の音を。そして春が過ぎ、眩しい初夏の陽射しを感じるようになった頃。僕は、運命の音に出会ったんだ。
「あれ?葵君、どうしたの?こんな所で遇うなんて……」
彼女が言い終える前に、僕は尋ねていた。この曲を弾いているのは誰なのか、って。
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高校二年の夏休み。僕は一大決心をした。あの音を、もっと近くで聞きたくて。少しでも彼女の近くに行きたくて。まるで……御伽噺に登場する、恋に焦がれた愚かな青年のように。それが僕の運命を変える出会いだったと気付くまで、そう長くはかからなかった。彼女との約束を果たして、彼女の奏でる音に出会った。夏の間に、僕はきっと――――恋を知ったんだ。

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(壁紙:篝火幻燈/篁 龍沙さま)
※ブラームスのヴィオラソナタ
1894年、ヨハネス・ブラームスによって作曲された「2つのクラリネットソナタop.120」(第1番ヘ短調、第2番変ホ長調)のヴィオラ編曲版。
ここでは第2番 op.120-2 変ホ長調 第2楽章を指す。
端的に言ってしまえば、春から夏にかけての加地ですね。
彼の登場はコルダ2ですから、どう絡ませていこうかと悩んだ結果こうなりました。
正直、日野ちゃん大好きな加地が好きという方にはparaphraseはお勧め出来ませんねぇ。
ま、夢小説サイトですから、そういった方はまず居られませんでしょうが。
橘朋美
FileNo.108_01 2009/11/25 ※2010/10/13修正加筆 |