自分の願いを見付ける為には好奇心を持つべきだ。
           そう教えてくれたのは、父だった。

見付けた願いは口にする事で真実味を帯びるのだ。
           そう教えてくれたのは、母だった。

真実味を帯びた願いを実現させるのは弛まぬ努力だ。
           それを教えてくれたのは、あなただ。



overture
金澤紘人



「あーあ、こんな所で寝ちゃって……」

私の見付けた一番最初の願いは叶わなかった。多分それは、これから先も叶わないんだと思う。それでも、私は教わった事を忘れられずに過ごしている。いつもこれくらいの季節になると思い出す、あの曲も一緒に。

自習時間を有効に使おうと思って森の広場に来てみれば、お腹の上にハナさんを乗せたまま眠っている原点の人。

「まいっか、寝てるんだし。……起きてるなら、少しは上手くなったって言ってくれるかな」

一人と一匹の寝ている木の根元に立って、深く息を吸う。新緑の眩しいこの季節。ここの光は優しくて、風が心地良いから好き。何を歌おうかと迷いながら、ふと気付く。あまり大きな声を出して起こしてしまったら、拙いような気がする。もし起こしてしまったとしても誤魔化せるような歌にしておこう。童謡っぽい曲なら大丈夫かな?

■□■□■

まったく……人の近くに立つ時はもっと気を付けるもんだぞ?とは言っても、今更忠告してやるわけにもいかないんだが。

授業も無ければ急ぎの用件も無い、晴れた日の午後。偶にはのんびりしたいもんだと森の広場に来てみれば、憎たらしいほど気持ち良さそうに眠る先客が一匹。

「おお、気持ち良さそうに寝てるな〜ハナさん」

そのまま木陰に寝転んで空を見上げれば、これまた憎たらしいほどに青いときたもんだ。俺の目には眩しいくらいの清々しい青、か。そんな事を思いながらウトウトしてたら、人の気配がしたんだよな。そのまま狸寝入りを決め込んだのが運の尽きと言うか、何と言うか。

小さく呟いた後、耳に流れ込む声。華やかさのある声じゃないが、それはそれで……しかしなぁ。なんでその選曲なのか……、俺には判らんよ。

――My grandfather's clock Was too large for the shelf……

流暢な英語で歌い上げるアルト。誰もが一度は聞いた事があるだろう曲。だが、過去を懐かしむように悲しく歌うのは何故なんだろうな。まだ……。お前の時計は、まだ止まっちゃいないだろうに。だがまあ、そうだな。確かに上手くなったよ。あの頃に比べればな。少なくとも、今のお前の声は歌になってるんだからさ。

■□■□■

私が初めて音楽に興味を持ったのは、まだ幼稚園にすら通っていない頃。それはまだ夏と言うには早いくらいの季節で、春と言うには遅過ぎるくらい遅い季節の事だった。

『懐かしいわ。この像を見るのも何年振りかしら』

大きな門を入って直ぐ。キラキラと光の粉を振り撒いているような像を前にして、母は暫く目を閉じていた。そしてその間、私はそれをずっと目で追っていたんだ。羽の生えた、陽気で人懐こそうに見える小さな生き物を。それは一頻り母の顔の前でくるくると回ったり手を広げたりした後、私の目の前にまで下りてきた。と思ったら、突然満足気に微笑んで……。そのまま引っくり返ってしまうんじゃないかと思うくらいに胸を張って、大きな声で言ったんだ。

『お?おおお!お前、我輩が見えているのだな?よし、お前にも音楽の祝福を授けよう!!』

その直後、まるで光を凝縮させたような音が響いて……。では、さらばだ!とか何とか?お侍さんみたいな挨拶を残して、陽気な生き物は像へ吸い込まれるようにして消えてしまった。私は、目の前に居た生き物が消えてしまった事と母があの生き物に何の反応も示さない事が不思議で、尋ねたんだ。

『ねぇお母さん、あれなあに?』

その時には、もう光る粉を振り撒かなくなっていた像を指差して。母は少しだけ子供っぽい笑顔で答えてくれた。

『あれはね、この学院に住むと言われている音楽の妖精なのよ。自分勝手で強引で……でもね?陽気で優しくて、音楽の大好きな妖精なの』

『妖精?』

そして、その数時間後。私は妖精よりも素敵なものに出会った。歌という魔法と、音楽という幸せに。

■□■□■

「っはははは!だから言っただろ?お前にゃ負けない、ってな」

学内音楽コンクールの出場者とやらに抜擢されて数ヶ月。最終セレクションが終わって、その時の俺は上機嫌だった。それは上位入賞を果たした所為もあっただろうが、自分で納得のいく歌を歌い上げたという自信があったからだ。

「まったく……金澤先輩には敵いませんよ。でも、……あれ?」

セレクション後の総合順位発表も終わり、喧しい妖精共も姿を消し、報道部のインタビューも終わった。これで漸く普段通りの生活が戻ってくる。あいつ等をからかって遊べなくなるって事に一抹の淋しさを感じながらも、そんな風に思っていたんだが。

「うん?なんだ、どうかしたの……うわっ?!」

同じコンクール出場者だった吉羅と控え室に向かう途中、また小さな……いや、ファータ達に比べりゃ相当でかいチビが素っ飛んできた。何て言うか……犬みたいな感じだな。こんなトコに居るって事は、関係者の連れてきた子供か?

「ねぇお兄ちゃん。さっきの歌、歌って?」

…………これだからガキは苦手なんだ。何の前置きも無く、自分の思った事を思ったままに口にする。やりたいと思った事を、やりたいと思った時にやる。まあ、それが子供の特権だって事は判っちゃいるが。

「知り合いですか?金澤先輩」

判ってて聞く吉羅にも手伝わせて親を探してみたが見付からず、仕方なく二手に分かれることにしたんだよな。妙に懐いたこのチビを連れ回す訳にもいかないし、吉羅の方が適任だってのは判るが。

「……俺はベビーシッターじゃないっての」

「ららーら、るーら、る〜ららーーー」

まあ、一人で面倒を見るって言ったって吉羅が戻って来るまでの事だ。泣かれでもしない限りは何とかなるだろう。頼むから泣かないでくれよ?なんて言いながら制服に着替えていると、聞き覚えのある歌が――いや、音が聞こえてきた。

「お前、それをどこで……」

聞くまでも無いじゃないか。そのチビが口ずさんでいる旋律は、ついさっき俺が歌っていたものと同じなんだから。だが……そんな事、信じられないだろ?普通。

「ん?……こうじゃなかった??」

俺が編曲したままのフレーズ……しかも男声音を、こいつが?勿論それは、唯の一つも歌詞になっちゃいなかった。ただのハミングでしかない、歌だなんて言えない代物だ。それなのに、ただ単に音をなぞっただけのこいつの声が耳に付く。

「いや、そうじゃなくてだな……。あー……お前、歌は好きか?」

即答するチビの顔は、これ以上無いくらいに嬉しそうだ。まあ、そりゃそうだろう。こんな年なら、音楽から与えられるモノが楽しかったり嬉しかったりする以外にもあるなんて思いもしないだろうからな。

「あのね、これまでも好きだったけど、さっきもっと好きになったんだ。お兄ちゃんの歌、凄く綺麗だったから」

多分、俺が今日受けた賛辞の中で――いや、違うな。もしかしたら、これまでに受けた全ての賛辞の中でも最高のものだろう。何のてらいも無く、お世辞や社交辞令なんて欠片も無い。純粋な褒め言葉。

「そりゃ、ありがとな。その礼と言っちゃなんだが、お前の親が迎えに来るまで俺が遊んでやろう」

面白半分、興味半分、単なる時間潰し。の、つもり……だったんだがな。短いフレーズを聞かせ、それを真似てみろと言って始めたお遊びは、俺に音楽の幅と可能性を思い知らせてくれたよ。

■□■□■

「は?あれが……お前の母親だって?」

うん、そうだよ。って、おいおい冗談だろう?俺の目に映ってるのは、数年前に引退したソプラノ歌手だぞ?学院のOGで、当時から右に出る者は居ないとまで言われた人で、本人の明るい性格とは違ってサロメやカルメンが得意だったらしいが。この学院で声楽をかじっているヤツなら……いや、彼女のデビュー前後に声楽に関わった事のある人間なら、誰でも知っているような有名人だ。そういえば、結婚して出産直後に引退したんだったか。原因は――出産によるホルモンバランスの崩壊だと、随分騒がれていたな。あの人は、このチビを産んだ事で声変わりしたって訳か……。自分の意思以外で歌えなくなっちまうってのは、一体どんな気持ちなんだろうな。

「……ははっ。道理で上手い訳だ」

一瞬そんな事を思ったのは……若さと、傲慢さと、先にある可能性の成せる業だったんだろう。

「ねぇ、私もお兄ちゃんみたいに上手に歌えるようになれるかな?」

ああ、なれるさ。あの人の血を引いていて、歌う事が好きで、これだけの声と感覚をもっているんだ。歌手を目指して努力し続ければ、きっとな。だが……歌えなくなった彼女の前で、それを口にする事は出来なかった。たとえこのチビが望む答えを、俺が言いたかったんだとしても。俺達には、まだ先の可能性がある。しかし彼女には……。

それでも――駆け寄ってきた彼女の顔は、迷子になった子供を心配していた母親以外の何ものでもなかった。ねぇ。と耳を擽るチビの声は、さっきの答えを欲しがっているんだろう。だったらせめて、俺の答えをお前にやろう。

「それは、誰にも判らないだろうさ。じゃあな、頑張れよ?petite diva」

■□■□■

私にとっての音楽は、あの時から始まったんだと思う。そんな事、今は絶対に言えないけど。もし、いつか言える時がきたなら……あの時の願いは、叶えられるのだろうか?母さんも、先生も、私も。今ではもう、誰一人として人前では歌わなくなってしまった。でも、この頃無性に……あの歌が聞きたくなるんだ。

歌い終わってそのまましゃがみ込む私と、まだ気持ち良さそうに寝ている人と猫。風薫る木陰、静かな午後。知らない振りを装って昼寝するのも、贅沢で有意義な自習時間の潰し方かもしれない。

■□■□■

終業のチャイムが鳴るまで、もう少し。ここでこうしているのも良い。


ねぇお兄ちゃん。さっきの歌、歌って?


       俺
___________
森の広場で  が見ている夢の事は、誰も知らない。
       私
___________


________________  _猫神様
知っているのは、きっとお互いと……     くらいのものだろう。
________________  _妖精達





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(壁紙:NEO HIMEISM/雪姫さま)

ストーリーのメインは金やんが出場したコンクールの最終セレクションで、本編より16前の話。
主人公=2〜3才、金やん=17才で高校3年生。季節は本編に合わせて勝手に初夏設定。
が…!昔話ついでに主人公母の経歴もバラしてみたり、どうせなら現在の状況も交えてみようかと書き加えてみたり。
最初に思っていたより長い話になってしまいました。…ま、いつもの事ですな。





橘朋美







FileNo.101 2009/5/13 ※2010/10/12修正加筆