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蓮君や土浦君は、合同で練習なんて必要無いって感じだった。確かにコンクールでは個人で競い合うんだから、それは尤もな意見だと思う。日野さんと冬海さんは、色んな人と音を合わせて練習しながら勉強したいらしい。志水君の一人で練習しているだけでは気付けない事があるという意見には、私も賛成だ。和樹君と梓馬君のように、参加者同士が協力し合って良いコンクールにしようというのも理解出来ないわけじゃないし、きっと一番平和的な提案なんだろう。

カフェテリアでのお茶会は親睦を深められたとは思えないような気もするけれど……。少なくとも、参加者全員の意見を聞けた事には意義があったと思う。けど、それは……言い換えれば、それぞれの考え方の違いを再認識しただけとも言えるのに。

「じゃあ、そういう事で!」

何て言うか……屈託無い笑顔でその場を締め括った和樹君の考えが解らない。気の向いた時に、都合が合えば一緒に練習しよう。逆に言えば、気が向かない時や都合が合わない時は断れば良いっていう事。それに、他の人達はともかく、私と土浦君は練習出来る場所が限られてしまう。キーボードを使えば外でも弾けるけれど、それでは私達の練習には物足りない。だから私は、共同練習しようという考えに賛成していた訳じゃなかった。でも――。これまでいつも一人で弾いていて、誰かと音を合わせた事なんて数えるほどしかなかった。しかも相手は従姉妹か王崎さんという、それなりに気心の知れた相手。他人と合奏するのに多少興味があった事と和樹君の熱心さに釣られて、私も頷いていたんだ。

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次のセレクションについての情報が与えられる前に練習室を予約している訳も無く、今直ぐ一緒に練習するのは無理だと言った時。幸い今日のオケ部の練習は講堂で行われているという情報をくれたのは、和樹君だった。だからって――ねぇ?

「じゃあ、何から弾きましょうか」

「何からって言われてもな。流石に初見で合わせるんじゃキツイだろ」

普段は驚くくらいスローペースなのに、音楽の事に関しては積極的で探究心旺盛な志水君が『じゃあ早速』と練習を持ち掛けたのは当然と言えば当然なんだろうけど……。私の目の前に居るのは、お互いに今弾ける曲は何かと楽譜を漁る後輩二人。と、やれやれといった表情で頭を掻く音楽準備室の主。

「楽譜を使うのは構わんが、後で元あった所に戻しておいてくれよ〜?」

一応の職務を果たしている金澤先生に質問したのは、志水君だった。それはきっと、過去の学内コンクール出場者の意見を知りたいという純粋な気持ちから出た言葉だったんだと思う。

「金やんが学内コンクール入賞者?って……本当なのか?」

どうやら土浦君にとっては初耳だったらしい。でもまあ、それも当然の事かもしれない。王崎さんみたいに前回の優勝者だとかなら、それに関係する記録は簡単に手に入る。コンクールの様子を撮影したビデオや学内新聞は、資料として学院に保管されているんだから。勿論金澤先生に関する物も例外ではないだろうけど、十何年も昔の資料ともなると探すのは難しい。

「そんな昔話聞いてどうするんだよ。若人には、もっと他にやるべき事があるだろ?」

「志水君、土浦君も。早くしないと合わせる時間がなくなるよ?」

きっと聞かれたくないんだ。直感でそう思った。合奏という餌に喰い付いてくれた後輩達の後を追って扉を潜った時、金澤先生の居る方を振り返ったのは、挨拶をして扉を閉める為だったのに。夕陽に照らされた顔が、いつか見た母さんの表情と重なって……胸が苦しくて、何も言えなかった。

■□■□■

同じコンクール参加者同士仲良くしよう、助け合おう。火原先輩や柚木先輩の言う事は間違っちゃいないし、別に俺だっていがみ合いたいと思ってるわけじゃない。だが、その意見に全面的に賛成するつもりも無かったってのが正直な所だ。最初は……。あいつが賛成するまでは、まあ、気が向かなけりゃ断れば良いと思っていた。

「……そうだね。合奏には興味があるし、和樹君がそこまで言うなら」

「ホント?やったー!ありがとうちゃん!!」

良い演奏を聴くのは勉強になるし、参加者同士での合奏は刺激になるかもしれない。そう言っておいて、身内以外の人間と合奏するのはほぼ未経験だとか言ってたな。前回のセレクション前に二度、あいつの演奏を聴いた。ああいうのを、ライバル心を擽られるって言うんだろう。本当なら、お互いの演奏を聴く機会なんて滅多に無いんだ。合奏という名目で練習をするとしたら、それは俺にとって良い刺激になる。

「じゃあ早速……お願いしても良いですか?先輩」

「えっ、私?」

いきなり練習しようと言い出した志水にはそう驚きもしなかったが、意外だったのは冬海だな。まあ、相変わらず怯えながらっていう感じだったが。志水が先輩に話しかけたと思ったら、その横で――。

「あ、あの、日野先輩。その――お時間があれば、私と練習して頂けませんか?」

「あ、じゃあおれも!そうだ、土浦はちゃん達と一緒に練習しなよ」

ピアノ弾きが二人が一緒じゃバランスが悪いんじゃないかという先輩の意見は……。

「だっておれ達先輩だし、この方が良くない?ほら、一年生から三年生まで一人ずつ揃ってるしさ」

という火原先輩なりの理論と、連弾って手もあるし、交代で演奏しても良いんじゃないですか?という俺の提案で有耶無耶にされた。

結局。話は終わったとばかりに帰った月森と、その場を纏めた後、用があると言って帰った柚木先輩を除いた全員が残って。

「じゃあ、誰か練習室の予約……してたら今ここに居ないよね〜」

「うーん、おれも練習室は予約してないしなあ――あ、そうだ!音楽室に行ってみたら?」

楽譜探しも兼ねて音楽準備室へ使用許可をとりに行けば、金やんが過去の学内コンクール入賞者だという意外な事実を知った。だが、過去の学内コンクールに多少興味があったとはいえ、今は時間が惜しい。金やんに食い下がっていた志水もそれは同じだったみたいだな。俺達は、先輩の一言で音楽室へ移動する。

それぞれ手にした楽譜を確認して音を合わせれば、一人で奏でる時とは違う旋律が流れていく。驚くほど調子に乗ったその日の練習は、下校時刻ギリギリまで続いた。

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土曜日。セレクションで弾く曲を決めかねていた私は、手持ちの楽譜を睨み付けていた。

「秘めたるもの、って言われてもなぁ」

秘めている、隠していると言えるものは、きっと誰にでもあると思う。何かに対する思いや感情、それは私にも言える事で――。そこまで考えると、いつも母さんや金澤先生の顔が浮かんだ。悲しそうで、悔しそうで……痛みを堪えているような、あの顔が。

過去の悲しみが眠る、踏み込んではいけない領域。それを秘めたるものとして表すのなら、深くて重い曲を選ぶ必要がある。痛みを堪え、苦悩に苛まされているようなイメージの曲を。だけど、それだけじゃ足りない。私はそれを知らないし、そうなる前にピアノを選んだ。全てを諦めなければならない苦痛を、幼い私は選びたくなかったから。

「駄目だなぁ……私には弾けないや」

それなら別の感情は?人の秘める感情で真逆のものといえば――その最たるものは、恋心。誰かを好きになって、その思いを伝えられずにいる時の感情なら。とは言っても、私にはそれも理解出来ない感情。物語で得た知識ならそれなりにあるけれど、実際に恋をした事の無い人間が恋愛感情を打ち出すのは難しい。事実、先生にも言われた事がある。

「確かにこの曲は、あなたにはまだ難しいでしょうけれど……恋を知れば、きっと音も変わるわ」

それ以来、私はその曲を滅多に弾かなくなった。諦めたわけじゃなく、先生の言った……音の変わる時期を待つ為に。

「今はまだ、その時期じゃないって事だよね」

技術的には進歩していても、奏でられた旋律は最後の一音までが以前と変わらないまま。そうして鍵盤から指を離した私を待ち構えていたように、内線の呼び出し音が響いた。

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電話で話すのなんて初めてだったし、声を聞くのだって何年か振りだ。あいつは相手が俺だって事、判んないかもしれないとは思ってたけどさ。相変わらず独特のテンポには、流石に拍子抜けした。

「……よう、久し振り。――もしかして立て込んでた?」

「もしもし?え?あ、さっきまでピアノを弾いてたから……って、誰??」

呆れ半分で名乗れば、嘘だの本当だのって言って嬉しそうに話し出す。俺は親の電話に便乗しただけだってのに、こうして話せるのが嬉しいなんて言ってくれちゃって。けど、その直ぐ後に――何か急な用件があったの?だもんな。

「別に。大した用じゃない」

本当に、大した用なんて無い。ただ、この間こっちのヴァイオリンコンクールで優勝したってだけ。メールしようと思ったら親が電話でさん云々って話してる声が聞こえて、が居れば代わってくれって頼んだんだ。ついでだし、久し振りに声を聞くのも良いんじゃないかって思ってさ。そうやってただ用件を伝えただけの俺に何かあったの?なんて返事が返ってくるなんて思ってなかったし、苛立ってる事を気付かれるほど態度に出したつもりも無かった。

「は?――あんた、そんなに勘が良かったっけ」

「いつもコンクール直後にメールしてくれてたし、電話なんて初めてじゃない?だから何かあったのかと思ったんだけど」

失礼だなぁ。なんて言いながら、それでも聞いてくる。意外とも鋭いんだな。口に出せばまた失礼だと言われそうな事を思いながら、少し悩んだ。誰かに相談しようなんて思ってなかったし、相談したからって解決するとも思えない。そもそも俺はヴァイオリンの腕を磨く為に練習してきたんだし、これまで出場したコンクールでも良い成績を残してきた。優勝したのだって、今回が初めてって訳じゃない。

桐也、音楽は征服する為の手段じゃない。力の差を見せ付け、相手を捻じ伏せて勝利を手にするだけじゃ駄目なんだ。

――じゃあ他に、何が必要なんだ?――

それは君自身が考え、探し出さなければならない事なんだよ。君の実力は申し分の無いものだ。けれど……そうだね、彼等を見てごらん。

先生が見ろって言った連中は、俺よりも下手な奴等ばかりだった。別にそいつ等を見下してた訳じゃなくて、本当に客観的に見て。コンクールに出る事自体が難しいくらいの実力しかない奴等で、俺に足りないものをあいつ等が持っているなんて思えなかった。自分に教えられる事はここまでだと言って少し笑った先生は、話はこれでお終いだと言うようにして背を向けて手を振った。残された俺は、それが何なのか判らないまま――。

「もしもし、大丈夫?……」

「あ?ああ、悪い。なあ、あんたさ……音楽に必要なものって、何だと思う?」

曲を弾きこなせるだけの技術、それを身に付ける為の練習。その曲を表現する為に必要な音楽理論を学び、理解を深める事。勿論、それらによって養われた読譜力も欠かせない。歴史的背景を知る事や解釈を深める事も重要になってくる。最初の内は、そんな当然の答えが返ってきた。音楽をやってる人間なら、誰だって思い付くだろう答えが。よく解らなかったのは、ただ……と、前置きされた最後の答えだけだ。

「目的に囚われ過ぎるのは良くないのかもしれないって、最近思うようになったかな」

どういう意味かと聞けば、以前メールに書いてあったコンクールの話らしい。これまでは好きだからという理由だけで弾いていたのが、初めてコンクールに出場して聴衆を意識するようになった事。良い結果を出す為には、自分の好みだけで弾いちゃ駄目だって事。

「色々考えて弾くようになったけど、その所為で弾く事が只の手段になりそうな感じがちょっとね」

「何だ、あんたも何かあったのか?」

子供の頃も今までも、こんな会話はした事無かった。多分、俺もも初めて壁にぶち当たってたんだろうな。結局どっちも答えが出ないままの長電話は、良い気晴らしで終わった。

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澄み渡る空、囀る小鳥、薫る風。第2セレクションまで後五日。日曜の朝は、意外と気持ちの良い目覚めを齎してくれた。まだ弾く曲さえ決められないままなのに――。それでも昨日みたいに悩まないのは、桐也君と話した時に気付いた事のお陰なのかもしれない。テーマに合わせて、難易度を考慮して、解釈を掴んで、それらを高めて。ずっと考えてきた事を全部否定するわけじゃないけれど、それだけに囚われる必要も無いんじゃないかって思えるようになったから。

今回のコンクール出場者は本当にバラエティに富んでいて、蓮君みたいに音楽家を目指すうえで当然の事として臨んでいる人も居れば、梓馬君や和樹君みたいに余り結果を気にしない人も居る。志水君や冬海さんみたいなコンクール自体に興味を持たない人も居るし、土浦君や日野さんみたいにそれなりの結果を出そうとしている人も。

じゃあ自分はどうなのか、なんて――考えても判らない。

それでも良いんだって思えるようになったのが進歩なのか開き直りなのかは判らないけれど、少しだけ確信めいた物が生まれたのは確かだったから。弾きたいと思う曲、弾き熟せないけれど弾いてみたい曲、弾くべきだと思える曲。そこから導かれる曲は然して多くはないし、選択肢は限られている。

いつもよりゆっくり食事をしてラフな格好で庭に出れば、リードを見たヤマトが喜んで駆け寄ってくる。暫く歩けば見えてくるのは海を見渡せる馴染みの公園で、私が音楽を好きだという事を思い知る切っ掛けをくれた場所。あの頃の私は疾うに歌う事を諦め、弾く事に没頭していた。歌えないのが寂しくて、それでも弾く事が楽しかった思いが蘇る。

私の秘めたるものは……未完という名の可能性と、願望という名の力。



     

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衛藤は無理矢理出してみる。
好きなキャラには結構無茶させるのがここの管理人ですから。





橘朋美







FileNo.011 2010/9/18 ※2010/10/15修正加筆