自分でも、多少の無茶はしたと思う。だけど、それは仕方の無い事だった。他に良い手があれば、そっちを選んだのかもしれないけど。
「仕方がないでしょう?六代殿はともかく、山羊を抱いていくのは無理なんだから」
飛身を使えなければ、足を使うしかない。けれど私一人で逃げる事など出来ない状況だったし、助けを呼びに行っている間に何かあっても困る。私を加護していた神達は既に姿を消していたし、は闇守の里を守る為、あちらに残してきたのだから。
「……ったく。あれだけ無茶するなって言っただろうが」
睨み付けるような眼差しも、引き結ばれた唇も、不機嫌そのもの。その気持ちは――解らなくもない。当事者である私でさえ、少しは不安を感じていたくらいなんだから。みんなが駆け付けてくれた事で、やっと安心出来た。
「お二人とも……どうか。どうかおやめ下さい。全て私が……」
震える声を振り絞るように発するその姿は何かを覚悟しているようで、私達はこの子まで追い詰めてしまったのだと理解した時。兄上との関係のようにはしたくないと、強く思った。どうすれば良いのか判らないまま六代殿に両手を伸ばせば――怯えていたのだろう。大きく震えたその身体は、小さく温かで……ただ愛しかった。
「私は――あなたの事が好きですよ、六代殿」
たとえそうとは見えなくても、確かに私はこの子を大切だと思っている。兄上もそうであったように。六代殿の小さな呟きを遮ったのは、帰るぞという諦めにも似た将臣の声だった。
◆◇◆◇◆
優しい温かさに包み込まれ、私は酷く動揺していました。
「……えっ?殿――、それは…」
「帰るぞ。話は邸に戻ってからだ」
殿に抱き締められて、これは夢なのではないかと……。平家が都を追われた時。幼い私は何の役にも立てず、母上と共に残された。先を慮ってこちらへ連れて来られてからも、ずっと役に立てないままで。私が平穏に暮らせるのは平家一門の落ち延びた所以外に無いのだと母上に諭されたというのに、何をするにも勝手が判らず失敗を繰り返すばかり。それを還内府殿や殿に呆れられているのではないかと思うと、身体が強張って……殊更に失礼な事をしてしまって。これでは父上に置いていかれてしまったのも道理。私は――不要な者なのだと思っていました。そんな私の手を取り、帰ろうと微笑んだ殿とどれほど歩いた頃か。
「随分気を張っていたから、疲れたんでしょう」
「ほら、こっちに来い。負ぶってってやるよ」
その後お二人の声は聞こえなくなり、私は温もりの中に身を委ねたのです。
◆◇◆◇◆
「殿!六代も無事だったのだな」
邸に戻った途端。飛び付きそうな勢いで出迎えてくれたのは先の安徳帝、言仁殿。この島に落ち延びてから一年足らずで、随分と子供らしく振舞うようになった。六代殿とは年も近い所為か、互いに一番の理解者――いや。遊び相手と言うのが相応しい間柄になっている。
「子供は寝る時間だろ。――ほら、お前もさっさと休め」
「うむ、判った」
枕を並べて眠る二人を背に戸を閉めた将臣は、暫く何も喋ろうとしなかった。ただ、子供の頃からの癖……耳の後ろを掻くようにして上げられている手が、何かを考えているという事を示しているだけ。既に私から話すべき事は無く、その手が下りる時を待つ。あの場で私が太刀を抜いたのは他に手段が無かったからだと、将臣に判らない筈がないのだから。
「……、本当に――」
「ん?」
小さく零れた息の後に、聞き取れないくらいの声。壊れ物を扱うようにして回された腕は、ただ柔らかく包み込むようにして……ギリギリのところで抱き締める事をしない。
「大丈夫なんだな?」
「そう言われてたでしょう?」
自分の事は、自分が一番よく判るものだ。そんな状況を私自身が味わう事があるなんて、これまで思ってもいなかった。それでも、今はそう思っている。強がりでは無く、極自然に――そう感じる。実際、身体に異常は無いのだし、薬師の見解も同じだった。それなのに、これほど将臣が動揺するなんて。
「頼むから…、もう無茶はするな」
「そうだね、努力する」
搾り出すような声は、還内府と呼ばれ恐れられていた頃のそれとはあまりにも違い、微かに震えている。こんな風に自分を思ってくれる人が居たなら、兄上もあんな事にはならなかったのだろうか。そう思っている事を伝えられたなら、六代殿は平穏に暮らせるのだろうか。思わず声にした言葉は、いとも簡単に肯定される。
「ああ、そうかもな。だが大丈夫だ。少なくとも、六代はな」
◆◇◆◇◆
惟盛を追い詰めたのは、確かに俺達の存在だったんだろう。だが、それが全ての原因じゃなかったのも確かだ。
「おはよう、将臣殿」
「あ、あの……おはようございます。私達にお話があると伺って…」
何日か前、六代が惟盛と同じように自分に力が無いと嘆いている事に気付いた時。お前は自分から歩み寄る事を決め、俺は下手に手を出さない事を決めた。女ってのは変わるもんだと、つくづく思う。羅刹童子と呼ばれ、敵味方関係無く恐怖の対象になってた奴がこのだなんて誰が思う?
「将臣が呼んだの?」
「ああ。ちょっとこいつらに頼みたい事があってな」
昨日の事で説教でもされると思っていたのか、小首を傾げる六代と。言仁だけがいつものように良い返事をして、俺は――腰を落とす。
「これから先、そうだな――冬までで良い。の護衛をしてくれ」
二人に視線を合わせたまま、後ろに居るにも言い聞かせるように。が無茶をしないように、お前達が護衛してくれと話す。
「うむ。殿を守れば良いのだな」
「私が殿を……、守るのですか?」
昨日みたいな事がまたあるとは思えねえが、用心に越した事は無い。多分、こいつらは知らないだろう。自分達の持つ力を。その力が、に与えた変化を。太刀以外の物で守れる物があり、それが今、必要だという事を。
「ああ。まあ、俺が居ない間だけだ。頼むぜ?何せ腹の中に大事なもんが入ってるからな」
「将臣!それはもう少し落ち着くまで話さないって…」
目を輝かせてにじり寄る二人の前で微妙な顔になったを抱き寄せれば、耳元で溜息交じりの苦笑いと感謝の言葉が聞こえた。

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(壁紙:WhiteWind/星田さま)
残月最終話。
ラストは明るく締めたかったのです。
相変わらずパソが不調で参るなぁ。
しかし、新調したいが金は無し。
橘朋美
FileNo.114_05 2010/2/22 ※2010/10/10修正加筆 |