木曽義仲討伐を命じられた平家では幾人もの要人を失い、その度に……また新たな怨霊が生み出されている。これまでに、経盛、経正、兄上、教盛が戦場に送られ、敗れた結果……。今では生きていると言える人間は、経正のみになってしまった。恐らく大局は、私達の知る歴史と然程の違いも無いのだろう。
このまま進めば、いずれ平家は追われる立場になる。それを遠ざけられるかもしれないと思っていたあの雨乞いも、結局は失敗に終わった。後白河を筆頭とする朝廷と、帝を有し奉る平家。双方の腹の探り合いは昔ほど静かなものではなく、この危うい均衡が崩れるのはもう間近。それを、ひしひしと感じる。
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こいつが酒に誘う時ってのは、大概決まってる。だからそれほど期待しちゃいなかったんだが。
「……いい加減、その辛気臭い顔やめろって」
昔からこの顔だと言って苦笑いを浮かべるが、も判ってるんだろう。戦続きと凶作で減る作物の影響を受けるのは、もう農民だけじゃなくなった。死んじまった惟盛は怨霊として蘇ったが、以前とはまるで人が変わっちまった。そして平家、いや。清盛を始めとする主だった奴等か。帝を立て、都に無ければ平家である意味は無い。その意思を持つ人間の悉くが、お前を狙う。清盛の庇護を受けていれば、狙われる心配は無い。お前がそう言って俺を突き放そうとしてから、もう一年以上。
「味わう気が無いなら水でも飲んでろよ」
取り上げようとした盃を、お前の手は放そうとしなかった。俺を見据えたお前の目と俺の力は、どっちも同じ強さって事か。
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盃の中で揺れる月。零れた酒と、愚にも付かない言葉。それを言ったところでどうしようもないと判っていても、止められなかった。
「周到な用意があれば、落ち延びられる可能性はあるのに」
それを信じず、諦めている人間ばかりが多く居る。それを良しとしない人間が多過ぎる。それを実行出来るだけの器が、私には備わっていない。
まともに話を聞いてくれたのは、経正や敦盛。重衡と……以前の兄上くらいだ。知盛には鼻で笑われ、清盛に至っては耳を傾ける事すら無かった。尼御前はそれを望みつつも清盛の意思を曲げる事は出来ないと言い、忠度殿は武士として背を向けることは出来ないと言う。それがこの世界の武家であり、常識なのだとしても。
守りたいと思う。
その願いを遂げられないまま逝ってしまった人の代わりに。戦えぬ者だけ、平穏を望む者だけでも構わないと残して逝った…。
「父上の遺志を継いだのに――何故こうも私は!!」
闇守の里でも収穫高は減る一方で、現状を保つのが精一杯だというのに。栄華を忘れられないままの天上人達は、何故未だ都に返り咲けると信じていられるのか。
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「解ってる。私には、父上のように人を惹き付ける才は無い。それでも!せめて戦を望まない人間だけでもと思うのに!!」
お前が胸倉を掴んで喚くなんて、初めてかもな。間近にある顔は真剣そのもので、それでも本気で答えを望んでいないお前に何が言えるってんだ
「父上が残したのは、物と人と心の三つ。物を手にしても人は消えて、心は果たせないまま……」
突然我に返ったみたいに手を離して謝り、頭を冷やしてくると背を向ける。多分、お前は――。
「それでも……諦めたくないんだろ?」
止まった足は、何よりの返事って事だろうな。そのまま何も言わずに歩き出すお前の肩を掴めば、思っていたより落ち着いた声がした。
「諦められる筈が無い。これは父上の遺志というだけじゃなく、私自身の望みでもあるんだから」
ただでさえ人付き合いを嫌うの事だ。重盛に拾われてからずっと、一人で考えてたんだろうな。これまでの俺じゃ、それに気付く余裕すら無かったが。
「将臣も大人になったんだね。昔より、ずっと」
「当たり前だ。人ってのは成長するもんなんだぜ?」
お前の表情が翳って見えるのは、明け始めた空を背にしているからだろう。俺とは違う位置に居るんだから当然だ。
「夜が明けるね。誕生日の」
眩しそうに空を見上げたお前が、無茶を言い出すまで。
今日だったかと問う将臣が、還内府と呼ばれ始めるまで。
もう幾月も無い朝の事だった。

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HappyBirthday、将臣!
後15分でUP出来そうにもないが。
橘朋美
FileNo.113 2009/8/12 ※2010/10/10修正加筆 |