もう嫌だ。これ以上、ちゃんの死ぬところを見たくない。
「姉さん…っ」
膝を着いて抱き抱えている譲君の声が、耳に痛い。
空を見詰めるちゃんから流れる血の赤が、目に痛い。
「――嫌だよ。ねえ、返事をして?……ちゃん!」
譲君を庇って黒龍の逆鱗の力を受けた時も、知盛を倒したあと平家の船団を追おうとした私達を足止めした時も、将臣君を逃がす為に囮になった時も。
「君、死にたも……こ…、無かれ」
最後の言葉は、いつも同じ。お父さん達に謝って、私達に謝って。最後に詩を読むみたいにして、目を閉じてしまう。
「すみません、先輩。……一人にして下さい」
ちゃんの埋葬された……ううん、違う。源氏の仇敵――平家の還内府、平重盛の子。羅刹童子の首が晒されて…埋められた場所で。
「譲君……ごめんね」
私はいつも、時空を越える。
◆◇◆◇◆
「おはよう、望美。……どうかした?」
今度こそ…。そう願って時空を越える先は、いつも夏の熊野。ちゃんと将臣君が本宮まで一緒に来てくれるって言った、次の日の朝。
「ううん、何でもないよ。それより私、お腹減っちゃった。朝御飯まだかな」
そしてまた、時は流れ出す。これまでと同じように、見たくない……未来に向かって。動揺する譲君と、決断しなさいと言う先生。容赦はするつもりも、される必要も無いって言うちゃん。
「父さん…母、さん……許して―――」
私はまた、死なせてしまった。何回この運命を見たんだろう。そしてまた、泣く暇もない内に政子さんが来るんだ。ちゃんの首を……鎌倉で切る為に。
「放して下さい九郎さん!!やめろ!姉さんを返してくれ!!」
◆◇◆◇◆
「おはよう、望美。……どうかした?」
またここ……。夏の熊野に戻って来ちゃったんだ。どうして…。ちゃんが死んでしまう運命は、変えられない運命なのかな……。白龍の逆鱗を使って時空を越えても、何度やり直しても、変えられない運命がある。先生はそう言っていた。吉野の里が野盗に襲われるのも、知盛が死んでしまうのも、ずっと変えられない運命だった。それでも。たった一つだけ道はあった。だから、ちゃんが死でしまう運命だって変えられる筈。何か、今までした事が無い事をすれば…。でも、何を?
「抜き打ちテスト直前みたいな顔してるけど、何があったの?」
慌てて答えたのは、ちゃんの言葉。いつも絶対に言い残す、あの言葉。何となく判るんだけど、はっきり解らない言葉があるの。そう言って、一言一句を思い出しながら…。
キミ シニタモウコト ナカレ
ワガイノチ ハテルトモ トコシエニ
カイゴノ ジ ョウヲ イダカヌ ママ
キミ シニ タモウ コト ナカレ
私がこの言葉を口にしたのは、これが初めてだった。どれだけ我慢しようとしても、涙が溢れて……止まらなくて。こんな風に泣いたら、きっとおかしいと思われちゃう。そう思って、慌てて袖で涙を拭こうとしたんだけど…。
「私は……その言葉を残せた人が羨ましいよ」
手拭いを差し出してくれるちゃんの穏やかな顔を見たら、その言葉の意味も判らなくなって……そうなのって答えるしか無かった。
君よ、死なないでおくれ。
私が死んでしまっても永久に、
過ちを悔い改めようなどど思わないままでいておくれ。
君よ、どうか死なずにいておくれ。
どんな状況だったか知らないから確かな事は言えないけど、意味はこんな感じだろうって教えてくれた。その人は、その死に方に満足していたんだろうとも。でも、私にはそれが納得出来なかったんだ。泣きながら、必死に訴えてた。その人は死んじゃいけない人なのに。その人を助けたいのに、って。
「望美、嘆いたところでその人は生き返らない。絶対にね」
◆◇◆◇◆
いくらこの世界に慣れたと言っていても、人の死に際に立ち会うのはキツイだろう。望美のような性格をしていれば、尚更。でも――望美に最後の言葉を残して死んだ人は、自分の死に方に満足していたんだろう。私には羨ましい……いや、嫉ましいくらいの死に様だ。逝く事を嘆くでもなく、残す人に執着するでもなく。自分が死ぬ事を悲しむなとも言わず、ただ自然に生きていて欲しいと望む人が在ったのだから。恐らくその人は、残す人に後悔させるような手段で何かを成し遂げたんだろう。自分の命を対価にしても惜しくないほどの、何かを。
泣きじゃくる望美を抱きながら、そんな事を思っていた。私も、無事に平家の連中を落ち延びさせられたなら。その時は、きっと満足して死ねるんじゃないかと。
◆◇◆◇◆
今度こそ、違う運命が待ってるんだって信じてた。時空を越えて直ぐ、初めて私があの言葉を口にしたから。吉野の里で別れる時、初めてちゃんと話を出来たから。なのに……また。私達が駆け付けた時には、いつも遅いんだ。
頼朝さんと政子さんの周りに倒れている平家の人達。
抱き抱えていたちゃんを放して走り去る将臣君。
血塗れになったちゃんを抱き起こそうとする譲君。
君…死に給う事、無かれ。我が命……果てるとも…、永久に。悔悟の…情を、抱かぬ……まま。君……死に、たも…う……こ…と……無か、れ――。
ねえ、お願い。もうその言葉を聞きたくないの。ちゃんを助けたいのに……。
望美…、譲。生きて……帰って――。
いつもなら、穏やかな顔をして虚ろな目で空を見詰めたまま……死んでしまう。だけど今、私達を見て……笑った?ううん、見間違いじゃない。いつもなら口にしなかった、最後の言葉。その一言が、どれだけ影響するのか判らない。だけど、もしかしたら……。その一言だからこそ…?きっとそうなんだ。
筵を被せられた板が運ばれて行く。九郎さんに抗議する譲君が、泣いている。それを宥める景時さんまでが今にも泣き出しそうで、ヒノエ君や敦盛さんは一言も喋らないまま俯いている。白龍と朔はとても暗い表情で、弁慶さんと先生は、みんなを気遣いながらも今後どうするのかを話し合うべきだって言ってる。だけど……私はもう、ここには居られない。ここにはもう、私の出来る事は残っていないから。ちゃんを助けたい。みんなで現代に帰りたい。私は絶対に……諦められない。
「今度こそ間違えない」
だからまた、私は時空を越える。

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豪く暗い話になってしまいました。
それでもせめて先を明るく感じられるようなものを書きたいとは思っているのですが。
橘朋美
FileNo.112 2009/5/9 ※2010/10/9修正加筆 |