真昼の夢



「いつまで押し黙っておるつもりだ」

「父上…、もう良いではありませんか」

まったく、何故そこまで拘る必要があるのか解らない。無言のまま睨み付けるその先で、指南役の目だけが右往左往していた。この世界に来て二ヵ月もした頃。年の瀬が迫り、儀礼事に追われる父上や兄上。とはいえ、養い子には何ら関係無い事だった。

覚えなければならない事が多くて、邸から出る事すら儘ならない。それは仕方の無い事だとしても、四六時中どこからか感じる気配までもを仕方が無いとは思えずに過ごす毎日。それでも…。客の出入りが激しくなり、人目に付かない事を重んずる奴等が鳴りを潜めたお陰で少しばかり気楽な日々を送っていられたというのに。身近で、しかも子供の言い争いのような事が起こっては…。

まあ、傍から見ている分には面白いのだけど。こんな事に時間を費やしている余裕は無い筈。

「……父上、こちらへはどのような御用でいらしたのです?」

「おお、そうであった。よ、新年の祝いに望む物は無いか?」


◆◇◆◇◆

今では懐かしいとさえ思える日を夢に見たのは、薬を受け取りに来た邸での事だった。父上が倒れてからというもの、その後釜に座ろうとする奴等は手段を選ばなくなった。それに追随する奴等も、羅刹童子を亡き者にしようとする。その悉くが私の睡眠時間を削っているからだろう。穏やかな場所で気を抜けば、浅い眠りにつくようになってしまっていた。

「お待たせ〜」

夢の中では身の置き所が無いといった感じだった景時が、何とも暢気な様子で戻ってくる。それほど時間が経っていたのかと思い空を見上げると、太陽はここに着いた時から二十度ほど傾いていた。どうやら私は一時間近くも寝ていたらしい。じゃあ邸へと立ち上がろうとすると、景時が顔を覗き込んでどこか不安げな表情に変わって…。

「あれ?どうしたの。何だか疲れてるみたいだけど…」

人の機微に敏く、それを隠そうともしない。どれだけ気を遣われていても、これだから侮れない。得体の知れない人間に仕える指南役なんて表向きだけ。指南役兼、偵察役で……何かあれば暗殺者にもなるんだろう。それで観察力に劣るような人間が居る筈も無い、か。別に隠す必要も無いから、無遠慮な客人が増えて寝不足なだけだと答えた。

◆◇◆◇◆

「景時……ここで何をしろと?」

普段あまり感情を表に出さない君が、少し辛そうな顔をしていたから…。邸へ戻る前に、少しだけでも休ませてあげたかったんだ。まだ陽も高いんだし少し休んでいこうって言ったら、君は困ったような微笑みを浮かべてそれを拒んだ。どこで誰に見られているのか知れないような状況で、安易に気を抜く訳にはいかないって。疲れていても、それを表に出さない。いや、出せないのかもしれない。嫌味を言われても、命を狙われても、邸に居る時も、そうじゃない時も。……君はいつも、そうしているみたいだから。

「うーん……じゃあ、ちょっとだけ待っててくれるかな」

別に構わないと言うに背を向けて、符を出して…。この野原を囲うようにして、結界を。オレに出来る事は、これぐらいしか無いから。

「ほら、これなら誰にも気付かれないでしょ?」

だから少し休んでいこうよ。不思議そうな顔をしてオレを見る君は、それでも漸く頷いてくれて。身体が触れるくらい近くに腰を下ろしてくれたのが、嬉しかった。

何か話して欲しいと言う君に、年の離れた妹がいる事や陰陽術の修行をしていた頃の事、発明をするのが好きだという事を話していた。いつの間にか、君が小さな寝息を立てるようになるまで。明るい陽射しと気持ち良い木陰、吹き渡る初夏の風。流れるのは穏やかな時。だけど…。今の君は、それを感じられないくらい疲れているんだろうね。

オレの役目は君にこの世界の事を教えるだけじゃないって事を、君は知らない。いや、知らされていない。でも……は頭の良い子だから、きっと気付いてるんだろうね。それでも君はオレを嫌わないでいてくれて、オレが傍に居る事を受け入れてくれる。自分の身を守る為にそうしているんだとしても、君に辛い思いをさせているんだとしても、それが嬉しくて…。

「――――」

そんな事を考えていたら、眠っている筈の君がオレの名を呼んだような気がした。それが何となく気まずくて……少しだけ、その場を離れたくなってしまったんだ。

「あ、これって…。へえ、懐かしいな〜」

朔を連れて出かけた時によく見かけた、足元に咲く白い花。それを繋げて花冠を作ったりもしたっけ。歪んだ花冠だったけれど、凄く喜んでくれて…。

「こんな物じゃ喜んでくれないかな?」

朔ほど小さな子じゃないって事は知ってるけど、女の子と呼べるような毎日を過ごせていない事も知っているから。でも本当は、自分の罪悪感を和らげたいだけなのかもしれない。

白い花を集めて、並べて、繋げて。…そうそう、こんな風にするんだっけ。の頭に合わせて作った花冠は、朔に作った時よりも大きくて重い物になってしまったけれど…。緩く撓るそれは、丸くて綺麗な円を描いていた。眠っている君を起こさないように静かに近付いて、何だか違和感を感じる。どうやらオレは、君を起こさないように近付けなかったみたいだ。

「どうかした?景時」

◆◇◆◇◆

目が覚めた時。隣にあった筈の温もりが消えていて、一瞬不安になった。それは直ぐ見付ける事が出来たけれど、近付いてくる景時の表情が……偶に見せるあの笑顔だという事に気付いた。懐かしい物を見付けたんだと言って見せるのは、白と緑の花冠。その数瞬で極普通の笑顔に変わる。私には、それがどうしてなのか判らない。だけど…、本当にこれを……作ったんだろうか。私が眠っている間に、この小さな花を摘んで?大の男――それも、こんなに大きな身体をした景時が?

野原にしゃがみこんで白い花を摘む姿。摘んだ花を膝の上に乗せて花冠を編む姿。それを想像してしまったのがいけなかったんだろうか。花冠を持って目の前に立っている景時の姿を見ている内に、つい笑っていた。自分の立場や、それに対する景時の立場を忘れて。本当に、久し振りに。動揺しながら何がおかしいのかと尋ねる景時も、酷いと言いながら苦笑する景時も、私を監視し続ける景時も、全て同じ人間だというのに。常に気を張り、隙を見せずにいる事が必要な空間ではないからか、それとも他に原因があるのか。そういえば……以前、同じような事があった。父上が来た、あの時に。

◆◇◆◇◆

それは、本当に小さな笑い声だった。だけど、オレにとっては大きな変化だったんだ。君は…冷たい笑みを浮かべる事はあっても、柔らかな微笑みを浮かべる事は無かった。オレは…困ったような苦笑いを見た事はあったけれど、幸せそうに笑うところを見た事は無かった。目の前でくすくすと笑うのは、オレが見た事の無い君。普通の女の子が笑っている姿そのもので…。

「景時、覚えてる?年の瀬に、父上が突然訪ねてきた時の事」

不意に聞かれたのは、年が明ける前の事。あの時は本当に驚いちゃったな〜。重盛様が訪ねてきた時、オレはに色々な事を教えていたんだっけ。この世界の情勢や、戦で必要になる知識。一つを知れば、それを更に深く知りたがる。呑み込みの速さに驚きながらも、教える事が楽しくて。は凄いね。オレなんかじゃ、直ぐに教える事が無くなっちゃいそうだよ。なんて暢気に話していたところへ重盛様が……。

「あの時はどうなる事かと思ったけど、のお陰で助かったよ」

安易にという名を使うでない。そもそも、養い子とはいえ主の子を呼び捨てるとは何事か!って。その剣幕に、オレはもう…言葉を返す事も出来なかった。床に頭をこすり付けるようにして謝り続けるオレを、が庇ってくれて……ああ、そうだ。あの時も、オレは君に花を贈ろうとしたんだった。重盛様が戻られた後、一瞬辛そうな顔になった君を喜ばせたくて。だけど、必要無いって断られてしまったんだよね。その時は、やっぱりオレなんか嫌われていて当然なんだって思った。指南役だなんて表向きだけで、間者みたいに君を見張っているんだから。きっと君はそれに気付いていて、俺を警戒しているんだろう。だから、この花も拒まれてしまうんだろうって…。

◆◇◆◇◆

互いに似ている所なんて一つもありはしない。でもそれは、悲しい事でも嬉しい事でもない。

「そういう所が景時の美徳なんだろうね」
            ……私の事など気遣わなければ、気が楽なんだろうに。

「えっ?やだな〜。美徳だなんて、そんな凄い事じゃないよ」
            ――オレは、もうずっと。長い間君を騙しているんだから。

互いに核心を衝くような事を口にしないのは同じで…。
             それをお互い、少しだけ寂しと感じてるような気がする。

これは…、きっと真昼の夢なんだろう。現実とは隔絶されたこの場所でだけ、真実味を帯びる幻想。だからこそ、こんな事も出来るのかもしれない。

「うーん……ちょっと似合わなかったみたいだね」

失礼な。って言いながら、頭に置いた花冠はそのまま。だから、本気で怒っている訳じゃないんだって判る。でも、今度は花の似合うような可愛い子に贈れば良いなんて……。慌ててそういう意味じゃないんだよって答えれば、君は素直に聞き返す。じゃあ、どういう意味なのかって。上手く言えないけど…可愛い花じゃ、君には似合わない。そんな気がする。もっと凛とした、近寄り難いような……ああ、そうか。異性にも、同姓にも高嶺の花って言われるような君だから。きっと、誰もが手に出来る花じゃ駄目なんだ。

「うーん…。オレにもよく判らないんだけどね…」

もしいつか、君に似合うと思う花を見付ける事が出来たら…その時はまた、受け取ってくれるかな?はっきりとした答えを出せないまま尋ねたオレに、少しだけ驚いたような顔をして……君は答えてくれた。その時も結界を張ってくれるのなら、って。

まだきっと、オレ達はお互いを知らない。それが今日、ほんの少しだけなんだろうけど、知る事が出来たんだろう。だってほら――今の君は、こんなにも楽しそうにしてる。冷たさも、硬さも感じない微笑みを浮かべて。

オレの、目の前で。





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キリ番22222:由梨那さま
リクエスト:相生序章番外・景時

実は今回のキリ番の設定、景時の短編、リクエスト、そしてなんと由梨那さまがこちらにいらしたのも初めてだったという初尽くしでした。
作風はお任せでとの事でしたので、さらっと読めるような恋愛未満の状況で書いてみたつもりですが、如何でしたしょう?
少しでもお気に召して頂けたのなら幸いです。



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橘朋美







FileNo.111 2009/5/8 ※2010/10/9修正加筆