小さい頃、初めて一人で作ったチョコレート。三人の幼馴染の分だけは、綺麗な千代紙で包んで渡したっけ。一生懸命作って、一生懸命包んで。それは……今思うととても出来の良い物じゃなかったけど、あの時は本当に上手に出来たと思っていたんだ。そんな懐かしい夢を見た、次の朝。
「――先輩?春日先輩!……顔色が悪いみたいですけど、もしかして熱でもあるんじゃないですか?」
「え、……そうかなあ?」
宇治川で九郎さん達に会って、そのまま京へ。景時さんの家に着くまで何日か掛かるから、体調を崩さないように気を付けてって、弁慶さんに言われたばかりなのに。
「先輩、ちょっと失礼しますね」
「えっ……あ、うん」
額に当てられた譲君の手が、冷たくてとても気持ち良い。まだ雪の降る季節なんだから当たり前だと思ったんだけど、実際にはそうじゃなかったみたい。
「やっぱり……先輩、ちゃんと横になって休んでいて下さい」
「もしかして、熱があったの?」
苦笑いしながら心配してくれる譲君には逆らえなくて、天幕から出てくる人達とは逆の方に歩いて行く。朔と一緒に使っている天幕へ戻る頃には、足元がふらついているのが判った。その後の事はよく覚えていなくて、気が付いた時には朔と譲君が小さな声で話しているのが聞こえてた。熱のある寝惚けた頭には、良い子守歌にしかならなかったけれど。
◆◇◆◇◆
『おい…これ、めちゃくちゃ硬いぞ?』
『えっ?!ご、ごめん』
『でも…おいしいよ、望美ちゃん』
『おいしくても硬すぎるよ』
分厚くて不恰好なハート型のチョコレートは歯では割れなくて、何かで切れば良いだろって言ってくれた将臣君が鏡餅みたいに包丁で割ってくれたんだっけ。
『ほら、これで良いだろ?』
『うん。でも、やっぱり……ごめんなさい』
『でも……これなら、のぞみちゃんもいっしょに食べられるし』
『こんど作る時、うまく作れば良いんだよ』
あの時私はちゃんに何か言って、何かを言われた筈。何を言って、何を言われたんだっけ?何とか思い出そうとしている内に、小さな私達は思い出せない記憶と一緒に霞んでいった。
◆◇◆◇◆
「先輩だって、好きで熱を出した訳じゃないんですよ?!」
「そんな事は判っている。だが、足並みを乱しているのは事実だ」
「二人とも、落ち着いて下さい。言い争ったところで、状況は何も変わりませんよ」
龍神の神子だという望美さんと、天の白虎だという譲君。二人はこの世界とは違う、別の世界から来たと言っていた。環境の変化によって体調を崩してしまうのは、女性や子供、老人などにはよくある事。一刻も早く京へ戻らなければという気持ちは解りますけど。
「ここで無理をして、後で寝込んでしまうよりは良いでしょう?」
「当たり前だ。だが、俺にもやらなければならない事がある」
「では九郎、こうしてはどうです?」
望美さんを休ませてあげたくとも、九郎には九郎の立場がある。その事は、僕もよく解っているから。僕達は、足元を掬われるような状況を作ってはいけない。どんな些細な事だとしても、時には命取りとなってしまうのだから。
「じゃあ、俺は先輩と一緒に残ります」
「判った。弁慶、後の事は頼んだぞ」
「ええ。望美さんの事は僕が責任を持って看ますから、安心して下さい」
◆◇◆◇◆
いつも私達より冷静で、何かあった時には頼りになる。年は同じなのに、お姉さんみたいな存在。それがちゃんだった。
『私には……助けられないのかな』
だらんと腕を伸ばして机に突っ伏して、気が付いた。ここは教室だ。誰も居ないのに将臣君と会える夢と同じ教室。
『どうして?今まではこんな事無かったのに』
いくら見回しても将臣君は居なくて、どうせ出られないって判ってるのに外へ出てみようと扉を開けた所で、見覚えのある鎧姿にぶつかった。
『――久し振りだね、望美』
あまり表情を崩さないままで、ちょっとだけ笑う。昔から変わらない、静かで優しい笑顔と一緒に。
『そんなに慌ててると転ぶよ?』
いつもみたいに短い言葉を告げるのに、その姿はあの頃とは違う。平家の猛将、平重盛。今は還内府と呼ばれる、その人の子――羅刹童子。それが今のちゃんなんだ。
◆◇◆◇◆
予感はあった。将臣が耳に違和感があると言った時から。怨霊武者を率いて行った兄上を追い掛けて来て、懐かしい――もう何年も見付けられなかった気配を感じた。
『ちゃんと周りを見て動かないと。怪我をしてからじゃ遅いんだから』
でもそれは、とても遠い場所にあった。そこよりも地球の裏側の方が近いんじゃないかと思えるほど。弟と幼馴染が敵陣に居るなんて、勘違いであって欲しかった。
『ちゃんと周りを……か。ちゃん。私、何かを見落としてるのかな?』
望美が何を言っているのか、イマイチ解らない。それは昔からよくある事だけど、それでも何か真剣に悩んでいる事は判る。
『取り返しの付く事なら、初めからやり直せば良い』
譲が一緒だとはいえ、勝手の判らないこの世界で望美みたいな優しい子が暢気に暮らしていける訳が無い。現に望美は……源氏の陣営に居て、戦装束を身に纏っているのだから。
『うん。でも、もう何度もやり直しているのに……上手く行かなくて』
いつも人の目を見て話す望美が目を逸らすなんて、珍しい。俯いたままで、欲張りなのかな?と小さく呟く。この世界へ来てそう経っていない内に、一体何があったのか。
『どうしても諦められないのなら、欲張るのも仕方無いよ』
昔の私ならきっと――欲張っていると思うものを諦めれば良い。そう言っただろう。でも今は、私自身が望美と同じような考えを持っているから。
『ちゃん……うん。私、絶対に諦めたくないんだ』
顔を上げて真剣な表情で言う望美は昔よりも随分成長しているように感じて、思わず苦笑いを浮かべた。私にとっては六年以上経っている今でも、望美にとっては数日でしかないのに。
『見落とした可能性のある箇所を探して、違う方法でやってみれば良い』
昔も似たような事を言ったな。そう思いながら軽く頭を撫でると、嬉しそうに上目遣いで笑う。やっぱり昔のままだと少しほっとした直後、見慣れた天井が目に入った。
◆◇◆◇◆
学校で激流に呑まれたというだけでも訳が判らない。おまけに姉さんや兄さんと逸れて、こんな世界に流されてしまった。なのに先輩はとても落ち着いていて、九郎さんや弁慶さんと同行する事になった後も物怖じ一つせず、怨霊を相手に剣を振るっている。
「譲…君?」
野営や戦闘。慣れない生活と環境の変化には、男の俺でさえ疲れてしまう事もあるというのに。先輩が無理をしなければ良いと思っていた矢先に、熱を出して倒れてしまった。俺も、もっとしっかりしなくては。先輩を守る為に。
「譲君、どうかしたの?」
「えっ?ああ、すみません。ちょっとぼうっとしていて……。気が付いたんですね、先輩。気分はどうですか?」
俺と話して天幕に戻った後、先輩は倒れてしまったらしい。朔が呼びに来てくれて――先輩の様子を見に行った後、九郎さんと言い合いをして……。結局弁慶さんが助け舟を出してくれた。九郎さんとほぼ全軍は先に京へ戻り、俺達は先輩の様子を見ながら後を追えば良いと言って。
「うん。でもまだちょっと、ぼーっとするかな」
「無理はしないで、ゆっくり休んで下さい。」
九郎さんが先に京へ戻った事を伝えて弁慶さんから預かっていた薬湯を飲むように言うと、苦そうだねと言って顰めっ面になって。しょうがない人だなと思いながらも先輩は先輩のままなんだとどこか安心したけれど、その後の話は、嫌な夢を思い出させた。
「ねえ譲君、さっきちゃんの夢を見たんだよ」
「姉さんの夢、ですか」
「うん。小さい頃の夢と、今の夢。二人とも……今頃どうしてるのかな」
「きっと大丈夫ですよ。二人とも、適応力が高くて応用が利きますからね」
姉さんは人と馴染めないところが心配だけれど……。それでも自分でなんとかしていそうな気がするし、兄さんは……逆に周りの人達を心配させていそう気がする。どちらにしても、あの二人はきっと大丈夫だと思う。二人一緒に居たのだとしても、一人だったとしても。
「うん、そうだね。私も頑張らなくちゃ」
「ええ、俺も……。先輩、一緒に頑張りましょう」
もし俺の見た夢が正夢だったとしても、姉さんや兄さんは躊躇わないのかもしれない。先輩や俺に剣を向けてでも守りたいものがあるとすれば、きっと。だとしたら――俺は、どうすれば良いんだ?
「間違いが判れば、その内正解も解るようになる。だよね?」
「え?ええ。ああ、そういえば、昔姉さんが言っていましたね」
子供の頃からずっと、俺の前を行く兄弟。口数が少なくて周囲に無頓着だけど、しっかりした姉さん。一人で行動する事が多いのに、周りから慕われる兄さん。二人とも、この世界のどこかに居るんだろうか?
◆◇◆◇◆
白龍の神子だかなんだか知らないが、所詮は女人。行軍に堪えられないほど身体が弱っていたのなら、俺達に同行する必要など無かっただろうに。
「御苦労だったな九郎。次の戦まで、暫く英気を養うが良い」
「はっ、有難う御座います」
宇治川での戦は源氏の勝利に終ったが、京へ戻るまでの間に後白河法皇から平家追討の宣旨が下っていた。無論兄上はそれを受諾し、俺は兄上の名代として軍を率いる事となったのだ。
「次は法住寺か」
「九郎、ちょっと宜しいかしら」
謁見を終え、一度邸へ戻ろうと馬に跨った時。政子様に呼び止められた。此度の戦、怨霊を操る平家相手ならば黒龍の神子である朔殿を伴うようにと、兄上に進言された方。
「政子様!」
「そのままで構いませんわ。これを渡したかっただけですの」
馬を降りようとした俺を止め、手渡されたのは小さな包みだった。尼僧の身である朔殿を戦場へと赴かせてしまった事を気遣い、甘い物でも食べてゆっくりと休むようにとの言伝まで頂くとは。
「有難う御座います、政子様」
「ふふっ。九郎、これからも期待していますわ。私も、鎌倉殿も」
平家打倒は兄上の――そして、俺の悲願でもある。父上の仇である事を除こうとも、このまま平家をのさばらせていては世の乱れは収まらない。兄上の治める国を造る為に、俺は平家を倒す。
◆◇◆◇◆
夜更けに訪れた九郎殿を見送った後、望美と白龍の所へ。せっかくだし、病み上がりの望美の身体にも良いでしょうしね。
「望美、ちょっと良いかしら」
「うん。どうしたの?」
九郎殿から頂いた包みを開けて一緒に食べないかと尋ねると、白龍が眠ってしまっている事を残念がって。まるで姉弟のよう。
「あなたと一緒にって、九郎殿から頂いたの。政子様からの賜り物なのだそうよ」
「九郎さんが?」
望美の体調が優れない事を気遣っていたんでしょうね。そう告げると、迷惑を掛けていると言って謝る私の対。
「気にしなくて良いのよ。誰だって、病に罹る事は避けられないのだから」
「朔……ありがとう」
子供の頃から熱を出すと冷たくて甘いものが欲しくなるのだと話す望美は、どこか懐かしげな顔だったのだけれど。
「私、みんなで元の世界に戻れるように頑張る」
「あなたの二人幼馴染と、譲殿の四人という事?」
そうだと答えた時、ほんの一瞬。とても思い詰めているような表情をしたのは、何故だったのかしら。
「最初からやり直せば…、間違いに気付けば。……きっと正解に辿り着ける」
「望美?」
幼馴染が教えてくれたのと言って微笑むあなたは、元の世界へ戻る為……先へ進む為の力に溢れていた。
「でね。元の世界に戻ったら、私一人でチョコレートを作るの」
「ちょこ、れーとう?」
聞いた事の無い不思議な言の葉の説明に聞かされたのは、望美達の世界にあるという、甘くて蕩けるような菓子に纏わる祭事の話。
「――でね。それを将臣君と譲君にあげたんだよ」
「まあ、そんな悪戯を?」
譲殿の姉である幼馴染と、一緒に作った菓子の話。機会があれば、譲殿に聞いてみようかしら。
「またあんな風に、みんなで笑いたいんだ」
「望美……。そろそろ休みましょう?あなたは病み上がりなのだから、無理はしない方が良いわ」
突然辛そうな表情になって、小さな声で呟く。私には、祈る事しか出来ない。離れ離れになってしまった大切な人達とあなたが、再び巡り会えるように。
◆◇◆◇◆
一度諦めたものは二度と手に入らない。諦められないのなら、手に入るよう努力すれば良い。何度も繰り返す内に、間違いは正解へと変えられるようになる筈だから。
「……望美」
「ちゃん……」
私は絶対に
「諦めない」
「諦められない」

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(壁紙:Kigen/kazuさま)
フリー配布終了後、微修正後番外編へ復活。
この下は、フリー配布時のコメントです。
バレンタインっぽくない話ですが、昨年と少々リンクしたバレンタインフリーSSです。
御気に召しましたら、テキストのみをコピー&ペーストでお持ち帰り下さいませ。
2008/2/14・朔良宴:橘朋美
FileNo.109 2008/2/14 ※2010/10/9修正加筆 |