「ったく……なんでこんな目に遭うんだか」
「ま、運が悪かったと諦めるしかないね」
文句があるのなら、望美に勝てない自分に言って欲しい。私や譲もなんだけど、どうも望美の「ね?お願い!」には勝てない。元々は去年の約束だった花火見物の約束を今年になっても覚えていた望美は、結構諦めの悪い性質だとも言えるだろう。
「姉さん、まだなのか?」
「もう終るよ。――はい、将臣もOK」
「動き辛いな、やっぱり」
リビングでは望美が待ち構えているだろう。四人揃って浴衣で花火なんて、十一年振りだ。
「着崩れたらチンピラにしか見えないだろうから気を付けて」
毎年八月の第二日曜日。午後九時から始まって一時間も経たずに終ってしまう小さな花火大会は、偶に誕生日と重なった。昔の……本気とは思えないような小さな約束を、今日果たす。あの時、悔しそうにしていた事を覚えているだろうか?
「チンピラで悪かったな」
「兄さん、早くしろよ」
譲に急かされた将臣が出て行った後、私は私で手早く浴衣を着付ける。お婆様が亡くなる前、両親を着付ける時に教えてもらった。あの頃はまだ小さくて、帯を締められないのが悔しかったのを覚えてる。それを中学に上がってから母さんに手伝ってもらって、自分で着付けられるようになって。こうやって家族の中で受け継がれていくものがあるんだと思えて、嬉しかった。今はもう、滅多に着る事がなくなってしまったけれど。
「さて、と。準備完了」
リビングでは、やっぱり望美がそわそわしながら待ち構えていた。あんまり着崩れるような動作はするなって言ったのに。そんな風に思いながら、苦笑いを浮かべて声をかける。
「二人とも早く早く!ほら、これ」
「何なんだよ、一体?」
「下駄?」
玄関に並べられた真新しい下駄は見覚えの無い物。嬉しそうに指差す望美とそれに釣られる譲を見れば、この下駄が二人からの誕生日プレゼントだという事は一目瞭然だった。
「望美、譲、ありがとう」
「あんまり高価な物じゃないけど、柄は姉さん達の好みだろう?」
「ああ、サンキュー」
「ほらほら、早く履いてみて?」
それで浴衣に拘ったのか。合点が行ったと将臣を見遣ると、同じ事を思っていたらしい。苦笑いを浮かべながら、下駄を履いていた。陽が落ちて月が昇り、星に彩られた闇の中を歩く。聞こえるのは、蝉の声と楽しそうなざわめき。
「あ!ほら、あっちにも…」
犇めき合う屋台に気を取られる望美。
それを周りから庇うように歩く譲。
二人を眺めるように後ろを行く将臣。
三人から逸れないように足を進める私。
「こういうの、何年振りだ?」
あの時は二人しか居なくて、浴衣なんて着ていなくて。互いの手を握り締めて、並んで歩いていた。
◆◇◆◇◆
『、何か買うのか?』
『買わない』
小さな身体は簡単に人の波に呑まれて行きそうで、そのまま独りになりそうだから手をはなしたくない。私の周りから人がいなくなってしまうのが、こわい。
『お金、足りないのか?少しなら出してやるぞ?』
『んーん、何もほしくない』
今のまま、父さんと母さんと将臣と譲がいれば良い。いなくならないでほしい。お爺様も、父様も母様も、お婆様もいなくなってしまったから。
『望美みたいなゆびわは?』
『見付かったら、また母さんにおこられるよ』
去年みんなでこっそり花火を見に行った時。私と譲は何も持っていなかったら、母さんたちにおこられなかった。将臣と望美が、二人だけで行った事にしてくれたから。
『見付からないようにすりゃいいだろ?』
『べつに……何もほしくない』
譲はまだ望美とテレビを見ているだろうし、母さんたちはおしゃべりに夢中になっていたから気付いてない。花火の音につられて外に出た私に気付いたのは、将臣だけだった。小さな神社のけいだいは人がたくさんいて花火が見えなくて、うらの林に行って高い木に登ろうと言った将臣とはぐれないように歩くだけでもたいへん。
『これなら登れるだろ?』
『将臣は登れるの?』
『当たり前だ。ちょっと待ってろ、引っぱってやるからさ』
木をよじ登る将臣が落ちてきたのは、すごく上の方からだった。私はうまく受け止められなくて、うでの折れた音と将臣のさけぶ声が重なって――。将臣が人を呼びに行ってからすぐに呼び出したに、うでを治してもらいながらおこられた。
『花火、見られなかったな』
『そうだね』
父さんと母さんにもたっぷりおこられたけど、私のうでが折れたと言った将臣はもっとおこられていた。だってもう、その時には私の腕は何ともなってなかったから。
『ごめんな、。痛かったろ?』
『大丈夫。もう痛くない』
私は闇守だから。が治してくれたから、もう痛くない。将臣は悪くない。どうしてもあやまる将臣に、本当の事を言えないのが悲しかった。
『けど、さっきお前…』
『じゃあ約束しよ?』
『約束?』
『うん。大きくなったら…』
◆◇◆◇◆
「地元の花火大会も悪くないな」
「浜の祭りよりは人も少ないしね」
昔よりも小さく感じる神社の境内に腰を落ち着けて、のんびりとその時を待つ。
「先輩、これを使って下さい」
「え?あ、ありがとう、譲君」
大判のハンカチを渡す譲と、それを膝にカキ氷を食べる望美。将臣が団扇で扇ぐ風は、横に居る私にも流れて。開始の空砲と共に流れるアナウンスが次々とメッセージを伝え、大小のスターマインが打ち上げられる。
「次の花火は二件続けてとの事ですね。何とも良い御兄弟です!」
似たような事をする人が居るものだと、少しだけ複雑な気分だった。何かのお祝いにメッセージを添えた花火を。出資者を募る地元商工会の花火大会は、毎年様々な誰かを祝う。
「双子の姉から双子の弟へ。誕生日おめでとう!約束は守ったよ。
双子の弟から双子の姉へ。誕生日おめでとう!約束は守ったぜ。」
続け様に打ち上げられたスターマインは、忘れられなかった約束の証。あれ以来、一度も確かめられた事の無い約束。悪戯に成功したかのような笑みを浮かべる将臣が、少しだけあの頃と重なった。
◆◇◆◇◆
忘れる筈がない。忘れられる訳がない。あの時俺を助けたは、今にも泣き出しそうな顔をしてた。ガキの頃からいつも冷静で、人前では絶対に泣かなかったがだ。
『大きくって、何才だよ?』
『うーん……じゃあ、十年。十七才になる年』
『わかった。ちゃんと覚えてろよ?』
何も欲しがらなかったが初めて欲しがった物。それが花火だった。
『大きな花火を見せてくれたら、ゆるしてあげる』
それは詭弁だったんだろうが、これで約束は果たせた。
『私も将臣に大きな花火を見せてあげるからね』
『はあ?なんでお前が…』
『今年見られなかった分、いっしょに見るんだよ』
まさかこいつまで覚えているなんてな。嬉しい誤算ってヤツか。申し込みに行った時「同じようなメッセージがあるから変更してくれ」って言われたのに焦ったが、それがこいつだったお蔭で助かった。素っ頓狂な顔で俺達を見る望美と譲は、あの時の事を知らない。あれは俺達だけの秘密だから。誰も知らなくて良いんだ。……俺とお前以外は。顔を綻ばせて笑うお前が、あんな風に泣く事が無いように。泣いちまった時は、せめてそれを拭ってやれるように。お前が隠している事を、いつか話してくれるように。そう願いながら、消える花火を眺めていた。
「……綺麗だね」
「ああ。そうだな……」
あと少し、もう少し大人になってからでも良いさ。それまでは、このままで――。

************************************************************
微修正後、番外編へ復活。配布は終了しています。
下は配布期間時のコメントです。
将臣の誕生日&サイト一周年記念!という訳で、おめでとう!&ありがとうございます。
PCの置いてある自室、夏は暑過ぎて亀の如き歩みに。
そんな中で書き上げたフリーですが、宜しければどうぞお持ち帰り下さいな。
2007・8・12 朔良宴:橘朋美
FileNo.108 2007/8/12 ※2010/10/9修正加筆 |