「随分、冷たい態度を取るんですね」
騒ぎから離れて一人歩いていた私を呼び止めたのは、譲だった。とてもじゃないけど、好意的な雰囲気とは言えない。さっきまでの遣り取りを見ていたのなら、それも当然の事だろうけど。
「君には関係無いでしょう?」
少しだけ声を詰まらせたような息をして、睨み付ける。その目が、その気性が、私には羨ましい。ただ素直に、真っ直ぐに一人だけを思い続けている君が。
「そうかもしれませんけど、だからといって…」
「仲間内で揉めているのを見過ごせない、正義感とか?」
八つ当たりなのは判っていても、止められなかった。自分の言動の結果を見咎められて苛立っている。こんな情けない自分を見られるのが、嫌だった。
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別にこの人がどんな態度を取ろうと、俺には関係無い。先輩の害になるような事でもなければ、俺の害になるような事でもないんだから。なのに、何故か黙っていられなかった。
「別に、そういう訳じゃありません」
「だったら放っておいてくれる?」
普段の……いや、初めて会った頃みたいな冷たい表情に嫌味っぽい微笑みを浮かべているこの人は、この世界に来たばかりの俺と先輩を助けてくれた。
「あなたは、みんなからどう思われようと構わないって言うんですか?」
いつも無表情なのに飄々としていて、時に笑い、時に怒る。先輩の事を頼むと言っていた時は真剣な表情で、俺が手を汚すのを承知した時には苦々しい表情だった。少なくとも最近は、こんな風に冷たい顔で俺達を見る事は無くなっていたのに。
「私は…君達とは違う。……朝には戻るよ」
これまで見た事の無いような表情で返された言葉に、腹が立った。あの人が消えた方向を見ながら、どれくらい経った頃だろう。殆どの人が食事を済ませたのに、さんの姿が見えない。そう言って先輩が探しに来た時には、静かに雨が降り始めていた。
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「譲くん…何かあったの?」
きっと先輩は、ここに立っているのが誰だったとしても、同じように声を掛けるんだろう。たとえそれが、俺じゃなくても――。それが先輩の良い所でもあり、残酷な所でもある。
「いえ、何も。さんなら、朝には戻ると言っていました」
決して人の感情に疎い訳じゃないのに、子供の頃から先輩の事を想い続けている俺には気付きもしないで。この世界に来たばかりの頃には兄さんを、今はさんを心配している。
「そうだったんだ。でも雨が降ってきちゃったのに……さん、大丈夫かな」
先輩の手の向こうに見える青い紫陽花が、去り際に見たあの人の表情と重なった。冷たく綺麗で…寂しそうに小さく笑ったさんと。
「大丈夫だと思いますよ。あの人も、子供じゃないんですから」
俺の想いに気付かないでいる先輩と、何人もの想いを踏み躙るような真似をしたさん。横に居る先輩を想いながら、あの人の事を気にする俺。
「そうだね。朝には帰ってくるなら……でも、やっぱり心配だなあ」
本当に残酷なのは、一体誰なのか。そんな事を思いながら、先輩を促して中に入ろうとしていた。次の朝になるまで――俺は、何も気付かないまま。

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桜散る二章六節内の抜き出しです。
順番が前後しているので、本編が更新された時に「ああ、ここに当て嵌まるのか」と思って頂ければ幸い。
紫陽花の別名は七変化。
花言葉は良くない感じのものが多く、青い紫陽花の花言葉は「あなたは冷たい」だとか。
橘朋美
FileNo.110 2008/6/28 ※2010/10/6修正加筆 |