本質



「これほど探しても見付からないなんて……。思っていたより手強いですね」

降り始めた雨は小さな飛沫を放って染みを作り、落ちてゆく。次第に大きくなる染みは、募る焦りと不信感にも似ている。どれだけ調べようとも得体の知れない君は、僕の駒にはならず。かといって僕に牙を剥く事もないまま、ここに居る。

「引っ張り出された方の身にも、なって欲しいね」

冷めた視線を向けて言い放つのはいつもの事だけれど、そうしながらも怨霊を薙ぎ払う事は止めない。源氏、平家、熊野。平泉にも与せず、諸国の関与も無い。どんな束縛も受けず、どんな助けも受けられない。酷く自由でいて、酷く不自由な立場。怨霊を消し去るその能力があれば、思いのままに出来るものは幾等でもあるというのに。

「すみません。でも、これで帰れそうですよ」

「だと良いけど」

やっと見付けた根源は、小さな荒れ果てた邸の中。庭と邸を犠牲に咲いているかのような紫陽花が、人と神を犠牲にして生き続けている自分のようで。美しく咲き誇るその姿を、少しだけ羨ましい……なんて思ったのがいけなかったんでしょうか。

「弁慶!」

「?!……つ、ぅ――」

気付いた時には既に遅く、その一撃を避けられず。その場へと崩れ落ちていた。

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何を油断していたのか。最後の悪足掻きを喰らってその場に伸びた弁慶は、怪我は無いけど意識も無い。弁慶の住処を知らない以上運ぶ訳にも置き去りにする訳にもいかないし、仕方なくそのボロ邸に運び込んだ。黴臭い湿気だらけの邸には似合わない雨粒を撒き散らされた大きな紫陽花を眺めながら、今日が七夕だった事を思い出す。

「どっちの世界でも、七夕は雨ばかりなんだなぁ」

織姫と彦星が二人きりの時間を誰にも邪魔されない為に、天の川の氾濫を治めた後の水を使って雨を降らせる。自分達の愛し合う姿を人に見られないように。ありのままの気持ちを気付かれないように。それは、少しだけ紫陽花と似てるかもしれない。本質を隠して人の目を欺く為に咲き誇るそれは、花弁じゃない。なのにそれでも、人はそれを花と呼ぶ。

「騙しているのか、騙されているのか……微妙なトコだよねぇ」

騙しているつもりは無いけど、全てを話す訳にはいかない。騙されているというほどでは無いけど、本心を知っている訳でもない。利用しているのか、されているのか。この関係を崩す事は出来ない。それが、お互いの本音。

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いつの間にか暗くなっていて、月も星も見えない空の下。雨音だけが聞こえるその庭で、ぼんやりと浮かぶ紫陽花との髪。

「七夕の…雨と雲とは御簾代わり――か」

「どなたの歌ですか?」

晴れている筈の空を覆い、月と星とを隠す雨雲。光る銀糸を作る雫と、それを受けて更に人目を引く偽の花。

「誰の歌でもないよ。私がそう思っただけ」

「そうだったんですか。随分待たせてしまったようですね、すみませんでした。そろそろ戻りましょうか」

身体はもう平気なのかと聞く君も、怨霊を消し去ってしまう君も、どちらも本当の君なのに。決して自分の事を話さない君と誰かを探している君は、まるで別人のように思えて。

                          なんでしょうね?
君の本質を知る事が出来るのは、一体いつ             
                          なんだろうね?





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(壁紙:十五夜/ちゃちゃ様)

梅雨時の紫陽花と七夕伝説。
どちらも捨てきれずに書いてみたらば、珍しく短い話に。
時間的には、弁慶と過ごした初めての梅雨ですね。





橘朋美







FileNo.104 2007/7/7 ※2010/10/4修正加筆